第4話知らぬ存ぜぬ先輩です
あなたは三大欲求の中でどれを選びますか?
そう聞かれたら真っ先に僕は一つの結論を選べるだろう。
それは………食欲だ!
睡眠欲を選んだお前。お前はクソ陰キャだ。
そして性欲を選んだお前。お前はあれだ。もうあれだ。あれだよ。あれ……。うん、もうとりあえずビッチってことで。
「あ、おばちゃん今日は麻婆春雨で」
優しそうな定食のおばちゃんと会話しながらそんなことを考える。
「はいよ〜〜、これはおまけね〜」
ゆったりとした声のおばちゃんから小松菜の和え物をもらった。
「あざす」
これが平穏だ、少年。
僕は今ここに巫先輩がいたらこんなことを言っていただろうな、と思った。
四百五十円の旨辛麻婆春雨定食を持ちながらキョロキョロと周りを見渡す。
早めに来たので席がかなり空いていた。
僕は適当に空いているボックス席に座り手を合わせる。
「いたーきます」
あぁ、もう今日ゲーム部行きたくない〜〜
僕は春雨を口に入れながら思った。
三日目にしてもうすでに心折れそうである。
どうにか何ないもんかね〜〜
その時、静かな定食の場がザワザワし始めた。僕の席から少し離れたところに人だかりができていた。
耳を澄まして聞いてみるとーーーー
(おい、あの人ってもしかして……)
(今日も美しいわね……)
(あ〜踏まれたい!)
などという声が聞こえてくる。
そこまで言われたら気になるのが男の性というもの。気になった僕は体をぬって人だかりの隙間から顔を出す。
人だかりの真ん中にいたのは一人の女の子。
彼女は周りの生徒たちに少し微笑みながら手を振っている。
彼女の姿には見覚えがあった……ような気がした。
とても可愛らしい顔立ち、白と黒のツートンカラーのセミロングに、制服は着崩して…………いない、黄色のパーカーを着て…………いない。
うん、他人の空似だな。そんなわけないよね。
そう思い、僕が席に戻ろうとした途端、右隣にいた男モブの声が聞こえてきた。
「巫さん、今日も美しいなぁ」
聞き間違いだろ……? そうだよな、きっとそうに決まってる。
僕が勝手に納得していると、今度は左隣にいる女モブの声が聞こえてきた。
「さすが巫さんって感じよね。今日も綺麗」
僕は両隣にいるモブどもと肩を組みゆっくりと質問した。
「巫さんって……巫 嶺がフルネームですか?」
「当然じゃない。何を言ってるの?」
「さてはお前、新入生か? この学校に巫さんを知らない奴がいるなんて信じられない」
間違いない。ウチの部長だ………。
「え……っとですね……。巫さんについて詳しく教えていただくことって……」
「「もちろん」」
モブ二人が声を合わせる。
「巫さん……。彼女は全女子の憧れにして、男子からは高嶺の花と言われている! 彼女に堕とされた男は数知れず。女性男性、性別問わず超人気のアイドルで学園美女御三家の一角!!」
「次は私に言わせて! 学園美女御三家の中でもトップの美貌の持ち主で去年の『彼女にしたい女性ランキング』と『親鸞学園の美少女選抜コンテスト』では一位を飾っているのよ!」
「そうなんですか……。ありがとうございます」
話を聞き終わり、僕はそそくさと席に戻る。
知らん人だな……。
僕は先ほどのモブ二人が言った言葉を思い返す。
高嶺の花? 学園美女御三家の一角? 巫先輩が?
ゲーム部での服装や態度を思い返し、やはりないなと心を落ち着かせた。
うん、知らない人ですね。同姓同名の別人……か。珍しいこともあるもんだ。
そう思い、僕は春雨を食べた。
スタスタスタ
乾いた足音が僕の席の前で止まる。
「ここ、よろしいでしょうか?」
巫先輩(仮)が僕に質問してきた。
「あ、どうぞ」
断れるわけもなく僕は了承した。
「辛いものがお好きなんですか?」
「あ、はいまぁ……」
春雨を啜りながら答えた。
「なにか……質問したそうな顔ですね」
「そりゃ質問したくもなりますよ」
「なにをですか?」
「全部です」
ほんとに誰だよ!? と突っ込みたくなるレベルだ。立ち振る舞いと口調を変えるだけでこんなに変わるものかと内心すごく驚いている。
「ふふ」
巫先輩(仮)は何を話すわけでもなく笑った。
それと同時に周りの視線と暴言が僕を集中攻撃してきた。
(何だよ、あいつ…….! 下校で殺すか?)
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!)
(女神に近づくんじゃないわよ、害虫め!!)
(ねぇ、あの子なんなの? 巫さんがあんなに嬉しそうに笑うなんて……)
(笑ってる!!! 笑ってる!!! 笑ってる!!! 天使が笑ってるぅぅぅぅぅぅぅうううううううう!!! )
今この瞬間、平穏な食堂がスラム街に変わったのが分かった。
オイオイオイオイ、死んだわ僕。もう視線と暴言で僕を殺そうとしてきてる。僕、今日死ぬかもな……。
僕は流れる冷や汗を拭きながら冷静さを保った。
「巫先輩ですよね? 合ってますよね?」
僕は内心冷や汗だっくだく、蚊の鳴くような声で質問した。
巫先輩(仮)は髪を耳にかけ、静かにつぶやいた。その一瞬だけ彼女の顔が歪んだ。
「だったらどうするよ? 少年」
やっぱりね!!!!
「なにしてんですか?」
「なにが?」
「めちゃくちゃ裏表あるじゃないですか! なんですか高嶺の花って!」
「知りません、周りが勝手につけてきたので」
巫先輩はすぐに高嶺の花状態に戻り、ニコッと微笑んだ。
まるで僕とゲームをしているかのようにーーーーーー
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