第2話初見殺しに引っかかる


「じゃあルールを説明していこうか」


 巫先輩は椅子を僕の方に寄せて、赤い瞳を顔に近づけて話した。


「ルールはシンプルだ。前の人が言った名詞の文頭を語尾にする、それだけだ。

 例えば、私が『レタス』と言ったら君は『れ』が語尾の名詞を答える。『フカヒレ』とかね」


 かなり難しいな、そのルール。


「はい、てことは文頭が『ん』になってもオッケーですか?」


「ああ、もちろん。君が答えられたら……の話だがね」


 巫先輩が挑発的な口調で言った。


「で、罰ゲームは?」


 蓮先輩がボソッと呟いた。


「罰ゲーム!?」


「そういえば言ってなかったな、少年! 私とゲームをして負けたら千円を払ってもらう。私が負けたら、二千円を私が渡す。それがこのゲーム部の掟だ!」


 ただの悪徳領主じゃねーか!!


「了解……です。でも巫先輩が負けたら大損じゃないですか」


 僕がそう言うと、巫先輩はわざとらしく大声で笑い出す。


「君は紳士だなぁ、少年! だが安心しろ。そんな現象は『絶対』に訪れない。今日も今までもそして……これからもだ!」


 巫先輩はそう言って僕をチラッと見た。


「では始めようか、『しりつなぎ』! 少年、君から始めたまえ!」


「じゃあ遠慮なく………ラード」


「あしまくら」


「スコア」


 僕、巫先輩、蓮先輩という順番で次々に始まっていった。


「スイス」


「カシス」


「スイカ」


「椅子」


「スパイ」


「イシス」


 先輩二人は僕にす攻めを始めてきた。どうやら二人して僕のことを狙って来ているらしい。


 ふと隣の席の蓮先輩を見ると目がガチだった。


 さっき千円を取られたので自分はもう取られたくないという執念が垣間見えた。


 僕は先輩のくせに大人げねー、と思った。


「気合い」


「水圧機」


「ストレス」


 マジだ! ガチと書いてマジだ! 

 

 二人ともバッチバッチに僕のことを殺しにきている。


「す、す、す、す………お酢!」


 苦し紛れのお酢だ。そろそろネタが無くなってきている……。


「素顔」


「ステンレス」


 二人は難なく答え、再度僕にす攻めだ。


「す………な、茄子!」


「砂」


「ステータス」


「す……。うーーーん、スス」


「水素ガス」


「スパイス」


「……。空き巣……」


「スピア」


「スラックス」


 もーーー、止めろよ!!! す攻め!!


 僕がキッと睨んでも、巫先輩は口笛を吹きながらニヤニヤしており、蓮先輩は僕とサッと目線を外し窓から空を見ていた。


 蓮先輩………。あなたのような人をもう信用しないと決めました。


「ほらほら、どうした? ん? どうしたんだ? もしかして答えられないのか?」


 巫先輩が悩んでいる僕を煽ってきた。もちろん笑いながら。


「いや……大丈夫ですよ」


 僕は無理やり笑顔を作りながら巫先輩に返事をした。


「カス」


 まさに今目の前にいる二人の先輩のようだ。


「水中花」


「スライドガラス」


「キス……」


「水蒸気」


「スネークダンス」


「……。巣……」


「ストロベリージュース」


「スッタフサービス」


「………」


 過去これほど敗北感を感じたことがあっただろうか。将棋で飛車、角、金、銀、香、桂馬落ちでやっても勝てなかったときの……。いや、そんな生やさしいものじゃない。これからの人生、一生忘れることのできない苦い経験になった。


 ああ、今ここに誓おう! いつか絶対にこの二人を倒して見せると! だから今回は……。


「ギブアップです……」


 敗北を認めよう……。


「オーイェーーーー!!」


「すまん……」


 巫先輩は悪びれもなく喜び、蓮先輩は「すまん……」と言いつつ喜んでいるようにも見えた。


 ま、そりゃそうだよね。お金奪われたくないもんね。


「はい、よこせ!!」


 巫先輩は両手を広げて僕の目の前に差し出す。


 これ訴えたら勝てるかな? もうカツアゲでしょこれ。


 しかし僕はゲームに負けたのだ。敗北者は勝者に貢ぐまでが仕事なのだ。我慢しろ、僕。


 僕は手をプルプル振るわせながら、財布から二千円を取り出しそれぞれ二人に渡した。


「ご苦労、少年! 感想はどうだった?」


「ハハハハハハ、最ッッッ高の気分ですよ! そう今すぐ巫先輩の顔にパンチを打ち込みたいくらいには」


「やめておけ、その前に私が君の下半身のブツをノックアウトする」


「心に留めておきます」


 僕はサッと下半身のものを大事に隠し素早く巫先輩から距離をとった。


「ちなみにこのゲームの開発者はそこにいるぞ」


 巫先輩は笑いながらある方向を指差した。


 指の差した先には蓮先輩がいた。


 なるほど、自分の得意分野で後輩を叩き潰すというのはさぞ気分が良かろうなぁぁぁ!!


 僕はたっぷりの怒りを込めて蓮先輩を睨んだ。


 しかし蓮先輩はずっと黙りこくりながら空を見ており、その日僕と視線を合わせてくることは無かった。


「まぁまぁ少年、落ち着けよ。そもそもこのゲーム君がやる気があるかどうか確かめるためのものなんだ。この程度で心が折れるやつは親鸞学園のゲーム部にはいらないんだよ」


 よく言うよ。部員二人しかいなかったくせに。


「で、どうするよ少年? このまま退部するか、入部するか、どっちなんだ?」


 僕の答えは決まっている。


「入部しますよ、とりあえずあなた達を負かすまでは!」


「いい答えだ! 楽しみにしているよ! ちなみに今回の君の敗因を教えよう」


「なんですか?」


「ズバリ語彙力の無さだ!!」


 巫先輩はそう言うと、うずくまりながらケタケタと笑った。


 その日、僕は改めて誓ったのだ。


 いつか絶対にこの先輩を叩き潰すことを。







 

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