6話「二刀流、生徒会長を救出ス」
「くそっ、考えるのは後だぜ希望。直ぐに助けに行かねぇとな」
「俺も行くぜ勇気! 先生、この車に何か武器になりそうな物はあるか?」
生徒会長が一人でゾンビの群れを相手している理由を希望は考えているのか歯切れが悪そうに呟くと、後部座席に座っていた二人は彼女を助ける為に動き出そうとして玲士は酒川に武器の代わりになる物を尋ねていた。
「えっ、えーっと確かトランクの中に傘とバールが入っていたはず……」
唐突な問いかけに彼女は少々困惑していた様子だが左手の指先を自身の顎に当てながら考えるような素振りを見せると、武器になりそうな物を幾つか車に積んでいる事を伝えた。
「なんでそんな物騒なものを……。まあ今はそれが何よりも嬉しい訳だが」
バールが積まれていることに勇気は若干引き気味に言葉を口にする。
「そんじゃぁ、その二つを借りていくぜ!」
しかし対照的に玲士は指を鳴らして意気揚々としているようで、直ぐに振り返るとトランクの中を漁り始めた。
「よっし、俺がバールを使うから勇気は傘だな!」
トランク部分に身をよじりながら上半身だけ入れて物色を開始すると玲士は直ぐに武器を見つけたようで、右手に黒色の高級そうな金色の刺繍が入った傘を取り出して彼の目の前へと差し出した。
「ああ、別に構わないが……戦力としては期待しないでくれよ? 恐らくサポートぐらいしかできそうにない」
勇気は差し出された傘を受け取ると傘でゾンビを倒すことは余りにも現実的ではないとし、現状で可能な事と言えば相手の気を引いて玲士に頭を潰して貰うことのみだと悟る。
「なに、何の問題もないぜ! この霧島玲士様が全て倒して生徒会長を救ってやるからよ!」
バールを取り出して自慢気に向けてくると玲士は白い歯を見せつつ余裕な態度を披露していた。
「……そうか。なら行くぞ玲士!」
これならば恐らく大丈夫だろうと勇気は扉を一気に開け放つと、ゾンビのうめき声が響く校庭へと降り立つ。
それに続いて玲士も後から車から降りてくると彼らの背後からは……、
「き、気をつけてね! 二人とも!」
「教師の前で血なまぐさい事をしても、今回だけは特別に目を瞑ってあげるわ!」
「決して噛まれてはいけないぞ! いいな! 約束しろ!」
康大や酒川や希望が順々に声を掛けてくる。しかし酒川だけは能天気というべきか些か、この非常事態を楽観視しているのではと何とも言えない感情を勇気は抱く。
「おうよ! 俺達は噛まれないように気をつけるし、生徒会長も助けてみせるさ!」
だがそんな先生の言葉には敢えて触れないようにして、勇気は徐に左手の親指を力強く上げて返した。
「俺達二人に任せておけ! はっはは!」
彼の隣では玲士が自信満々の様子で自身の胸を左手で大きく叩いて三人に不安を与えないようにしているようであった。
――それから二人は急いで四方八方をゾンビに囲まれている生徒会長のもとへと駆け寄ると、
「おらぁぁ! ゾンビどもこっちを向けけぇぇ!」
玲士が雄叫びの如く張り裂けそうな声を出してゾンビの気を引こうとする。
すると、ある程度のゾンビが二人の存在に気がついたようで腸を垂れさせながら近付いてきた。
「なっ! あ、貴方達は……!?」
ゾンビの群れが分散したことや玲士の大声を訊いて漸く認識できたのか、両手に竹刀を持った生徒会長が視線を勇気達の方へと向けると目を見張る勢いで驚愕の声を漏らしていた。
しかし彼女は既に何人かのゾンビを殺めているのか髪飾りで上手く纏められている紺色の長髪はかなり乱れていたり、凛々しく整った顔にも比較的に新しい赤色の液体が付着していたりと全体的に物々しさを醸し出していた。
「生徒会長! 助けに来ました! ……ですが思ったよりゾンビの数が多いので、周りのゾンビを少し続く片付けていきます! だからその間は何とか生き延びて下さい!」
けれど勇気はそんな彼女を目の当たりにしても臆することなく声を掛けると、自分達がゾンビの数を減らすことを伝えて暫くの間は是が非でも生きる事を諦めないようにと言う。
「ゆ、勇気……。まったく、何とか生き延びてって無茶を言ってくれますね。……しかし分かりました。生き延びられる道があるのなら、今はそれに全力を持って縋りましょう! はぁぁぁっ!」
生徒会長は目を丸くして彼の話を聞いていたが、まだ生きられる道が残されていることを自覚したのか肉片が付いている竹刀を構え直すと近づいてくるゾンビ達に攻撃を仕掛けるのであった。
「あれなら暫くは大丈夫そうだな。今のうちに俺達も急いで数を減らすぞ!」
彼女が次々とゾンビの頭部に目掛けて竹刀を貫通させたり振り下ろして兜割りを打ち込んだりすると、その光景を見ていた玲士は影響されたのかバールを握り締めると近付いてきたゾンビの顔に釘抜きの部分をめり込ませ一気に引き抜いて殺した。
「……あ、ああそうだな」
何の躊躇いもなく歳の近いゾンビを殺す彼を見て勇気の中で一瞬戸惑いが生まれるが、ゾンビを殺したあと彼が悲しげな表情を見せて哀れむような瞳を向けていた事に気が付く。
玲士は既にこの非情な現状を生き抜くために腹を据えたのだろうと、勇気はそう思うと自分も既に何人かは自らの手で殺していることを思い出し、今ここで腹を括る共に傘をゾンビの両足の間に入れて絡ませると地面に転ばせた。
「取り敢えず俺は傘を使って奴らを転ばせるから、そのあとはお前のバールで止めを頼む!」
地に転んだゾンビがうめき声をあげて這いずりながら近付いてくるが、勇気は自身の役割を明確に彼に伝えたあと次々にゾンビを転ばせていく。
「おう! 俺に任せておけ!」
バールを携えて返事をすると玲士は地面に転がるゾンビへと近付いて噛まれないように一定の距離を保つと、鋭利に尖る先端を頭部に目掛けて振りかざし頭蓋骨が割れる奇妙で鈍い音を周囲に木霊させていた。
――そのあとも二人の息の合う連携と役割により生徒会長を囲んでいたゾンビの数が減り出して僅かに隙間が生まれると、
「生徒会長、今です! こっちに早くッ!」
勇気はその一瞬を見逃すことはなく彼女にこちら側に来るように手を振る。
「分かりました。……ええい、そこを退きなさい!」
そして生徒会長は視線を周囲に向けて警戒しながら僅かに空いた隙間に駆け込むと、それを阻止するかのようにゾンビ達が至る所から手を伸ばしていくが、彼女はその尽くを竹刀で叩き落すと彼らの元へと無事に到着した。
「よし、あとは車に急いで乗ってここから脱出するだけだな!」
一先ず安心したのか玲士が浮ついた声を出して車が停車している場所へとバールを向ける。
「く、車ですか……?」
それに釣られて彼女も顔を向けるが何故か首を傾げて目を細めていた。
「はい、あそこに止まっている車に――――っ”!?」
彼の案に賛成するべく勇気が軽く事情を説明しようとするが突如として両手に劈く痛みが広がり苦悶とした声が漏れる。だが彼はその痛みの正体を知っていて、教室から脱出する際にカーテンを掴んで降下したことによる火傷というものである。
だが最初から火傷のことについては自覚していたのだが勇気は要らない心配を皆に掛けるつもりはなく、鈍く熱の篭った痛み程度ならば堪えられるものだとして黙っているつもりであった。
しかし傘を使用しての行動により火傷が更に悪化して、彼の両手は限界を迎えつつあり等々声が漏れてしまったのだ。
「お、おい!? どうした勇気!?」
余りにも突然な事に玲士は心配したのか彼の背中に手を当てながら声を掛けると、その隣では先程まで首を傾げていた生徒会長がゾンビを近づけないようにと警戒の目を光らせていた。
「な、なんでもない……。それよりも急ぐぞ。直ぐにゾンビ達が集まってくる筈だ」
両手の痛みに耐えながら心配を掛けないように平然を装いつつ車へと向かう為に走り出すと、ゾンビ達に習性というものがあるのかわからないが、次期に校舎内を徘徊しているゾンビが表に出てくることを勇気は懸念していた。
「お、おう。わかった」
「あの車……一体誰が運転を……」
勇気の後に続いて二人も走り出すと、彼の言動に違和感を覚えたのか玲士は声色が少し暗いものであり、生徒会長は車を見ながら終始疑問が尽きない様子であった。
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