5話「女性教師はロシア美女」
「ほら、なにしてんだよ! 急いで車に乗り込むぞ!」
勇気が二階から無茶な降り方を見せたせいで全員がその場で唖然として膠着していると、彼は急いで誰の物かも分からない車に乗るように声を掛ける。見たところエンジンが動いている事から、走行は可能な事が伺えるのだ。
「お、おうそうだな! 急がないと校舎から続々とゾンビが来ちまう!」
「……う、うん。酒川さん! これで全員です! 運転お願いします!」
勇気の言葉に二人が反応を示して膠着していた体を動かし始めると、玲士は希望の肩を支えつつ後部座席の扉を開けて乗り込み、康大は助手席へと周ると車の持ち主とも言える人物に声を掛けながら乗り込んだ。
「ん~、ちゃっちゃと乗っちゃって。あと詳しい話を聞かせてよね」
すると運転席側の窓が唐突に下がると、そこからシルバーグレイ色の長髪をした女性がコバルトグリーン色をしている瞳を向けて勇気に事情を話すように要求してきた。
「この車は先生の物だったのか……。だが今は藁にもすがる思いだ。有難い」
彼女の要求に彼は頷いて返すと必死な思いで後部座席へと乗り込んで扉を勢い良く閉めた。
「それはどういう意味かな? 二年の問題児、島風くん?」
全員が乗車して車が急発進し出すと後部座席に乗っている三人は体が僅かに浮いたあと前の方へと押し出されて一斉に前部座席の背もたれへと顔をぶつけた。
「ぐぁぁっ!?」
「い”い”い”っ”」
「な、なんで……車の方が危険なの……」
束の間の出来事に彼らは為すすべもなく鼻先から直撃すると、勇気は右手の甲で顔を押させて、玲士は歯を食いしばりながら痛みを堪えたいるようで、希望は両手で顔を押さえながら弱々しく呟いていた。
「だ、大丈夫かい? 三人とも?」
心配そうに前部座席から顔を覗かせてくると唯一無事だったのは助手席に乗っている康大だけであり、彼はきちんとシートベルトをしているようで飛ばされずに済んだようである。
「あ、ああ大丈夫だ……。しかし問題があるとすれば、この車を運転しているのが酒川先生という事だな」
鼻先から顔全体へと伝わるじわじわとした痛みを堪えつつ勇気は大丈夫だと強がりを見せるが、同時に言い知れない不安が込み上げてくると酒川という女性教師へと心配の目を向けていた。
「……あのね、私の運転はロシア式なの。だから文句があるのなら私に運転技術を教え込んだ叔父に言ってよね」
彼の言葉に僅かな苛立ちを覚えたのかバッグミラーに唇を尖らせた酒川の顔が映ると、どうやら彼女の荒い運転操作技術はロシア式らしく全ては叔父のせいだとして軽く言い切る。
――――そう、彼女は日本人とロシア人のハーフであり容姿は完全にロシア美女で尚且つ身長は日本の平均男性よりも上であるのだ。勇気は彼女が身長で負けているところは一度も見たことがなく、更に学校内の男性教員達に何度も告白されている場面を目撃しているのだ。
「それと一番肝心な事を聞くけど、この学校で一体何があったのかしら? 私がいつも通りに出勤したら生徒が生徒を襲ってるし……。なに? この学校は薬でも蔓延したの?」
酒川は話の本題を戻すと改めてこの学校で何が起こったのかと訊ねてくると、その内容は薬物が蔓延して生徒達が人を襲っているのだと勘違いを起こしている様子であった。
だがその発想が第一に出てくるあたり、先生は確かにロシア人の血を引いていると勇気は思う。
「あー……薬だったらまだマシだったかも知れないですね。ですがあれは――」
取り敢えず聞かれた事に答えようと彼は口を開くが肝心の部分を伝える前に、
「あ”あ”あ”あ”」
ゾンビのうめき声により中断させられた。そして小柄な女子生徒のゾンビは運転席側の扉辺りから姿を現すとフロントガラスへとよじ登り、そのまま張り付いて前方の視界を塞いだ。
「えっ!? なな、なによこれはっ!?」
その唐突な出来事にブレーキを咄嗟に踏んだのか車は急停車すると、酒川は驚愕の声を漏らして目の前の出来事に理解が追いついていないようである。
「先生! この女子は既に感染してゾンビになってます! ……ですから振り払って大丈夫です……たぶん」
けれど助手に座っていた康大が冷静に声を掛けると、相手はゾンビで既に死人だから遠慮なく殺っていいというが最後の方は何故か自信が無さげであった。
「ちょっと! 多分って何よ!? ……でもこのままでは私達が危ないのは確かね。貴女には悪いけど無断乗車した罰よ。皆しっかりと捕まっていなさい! 顔や体をぶつけても先生は責任取らないからね!」
彼女は多分という言葉を聞いて声をあげて反応すると僅かな間で何かを考えてたのか、表情を強気なものに変えると急にハンドルとシフトレバーを握り締めて車を急発進させた。
「うぉっ!? な、何をしようとしているんだ、この先生は!!」
車が急発進したと同時に玲士が体制を崩すと再び後部座席組は前方へと投げ飛ばされそうになるが、今回は事前に物にしがみついていた事から誰も顔をぶつける事はなかった。
「くそ、ロシア式の運転は日本では禁止にするべきだっ!」
車が次第に加速していくとエンジンからは異音らしきものが聞こえてきて、勇気はロシアの運転技術をこんな狭い日本で使うのには無理があると言い切る。
「ふっ、喋らない方がいいわ。舌を噛んで死んでしまうわよ?」
酒川はそう言うと不敵な笑みを浮かべてハンドルを一気に横に切ると後部座席組は左側へと押し飛ばされるが、フロントガラスに張り付いていた女子ゾンビも一緒に吹き飛ばされていく。
「……す、すまん。大丈夫か希望?」
一番左側に希望が座っていることから玲士は両手を広げて無茶な体制を維持すると、体に触れないようにしているのか踏ん張りながら安否の声を掛けた。
「あっう、うん。大丈夫だ問題ない!」
彼女は突然の出来事に言葉を詰まらせながらも頬を若干赤く染めて答える。
「痛てぇ……。なんで外でもないのにこんな目に遭うんだ……」
そして勇気は大きく体制を崩したせいで足場の部分に体を落とすと肘に軽い痛みを感じていたが、何とか這い出ようと左手を座席に乗せて起き上がる。
「ふぅ、これで大丈夫ね。にしてもゾンビなんて生き物が本当に実在するのね。あれは映画の中だけかと思っていたわ」
ゾンビがフロントガラスから離れた事で安堵の息を漏らすと酒川はゾンビという生命体が現実に居るものだと理解したようで、血の付いたフロント部分をウォッシャーを使って綺麗に洗い落としていた。
「ぼ、僕も最初はそう思っていました。だけど何をきっかけに皆がゾンビになったのか、何処から感染したのか……皆目検討がつきません……」
彼女の話を横で聞いていたらしく康大は感染源を思案しているような口振りで話し始めたが、その大元となる部分は一向に答えが出ないようであった。
「……なあ、取り敢えず何処を目指すんだ? 学校がこんな状態ってことは恐らく校外も同じなんじゃ……」
彼が話し終えてから暫し車内が静寂に包まれたあと、それを破るように玲士が口を開くと目的地を何処にするかという疑問であった。確かに校内にゾンビが溢れているならば他の場所も同じことが起きていると思うのは当然な考えだとして勇気もそれに同感と言わんばかりに頷く。
「ああ、そうだな。だけど全員が今一番気にしているのは家族の安否だろ? だから一軒一軒まわ――って!? お、おい!」
それから彼は頭の中で何を最優先として動くべきかと考えると個人的に目的地と呼べる場所は特に思い浮かばず、それならば全員が気にしているであろう事を敢えて口にすることで目的地にしようとしたのだが――――
「ちょっと! あの子ゾンビに囲まれているけど大丈夫なの!?」
勇気が声を荒げたと同時に酒川も気が付いたようで車を停車させると、目の前には四方をゾンビに包囲されて逃げ道を完全に失っている女子が竹刀を両手に応戦している状況であった。
「あ、あれは生徒会長だ! だけど何で……こんな校門の前で一人だけ……」
すると前の様子が気になったのか後部座席から希望が顔を覗かせると大勢のゾンビに囲まれている女子の姿を見て、その人物は”生徒会長”だということを告げるが何故一人であの状態になっているのかと疑問を抱いているようであった。
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