4話「教室から飛び降りる少年」

「い、生きてるよぉぉ!! 勇気も無事だよぉぉ! でも教室の周りにゾンビがいっぱい居て外に出られない!」


 外から聞こえる声に対して希望は急いで窓へと駆け寄ると身を乗り出して下を見ながら叫び声にも似た言葉を出して状況を伝えていた。


「マジかよ! だったら俺達が戻って助けに行くしか……」


 すると下からは玲士の助けに行くという危険極まりない発言が風に乗って聞こえてくる。


「大丈夫だ何も問題ない! お前達は下で待っていてくれ! 今からロープを使って希望が下に降りる!」


 そんな行為を絶対にさせてはならないと勇気は、防壁を背中で押さえながら脱出の方法を下で待機している康大や玲士に伝える。


「ろ、ロープってそんなものが……?」


 けれどそれを聞いて当然のように康大が不安を孕んだような声を僅かに上げた。


「さぁ希望、覚悟を決めるんだ。ここで食われて死ぬよりかは生きられる道を選ぶべきだ。……賢いお前になら分かるだろう?」


 勇気がロープという単語を使用してから希望は再び体が膠着してしまい表情は次第に強張っていくが、それでも彼は先に彼女だけはここから脱出させてあげたいと思い不安要素を和らげるように説得を行う。


「で、でも万が一に途中で結び目が解けたら……」


 希望は降りている途中にカーテンが解けて落下する事を恐れているようで足を震えさせながら弱々しい声を口にする。


「大丈夫だ、自分を信じろ希望。お前の手先の器用さは俺が保証する。だから安心して降りるんだ」


 しかし彼女とは対照的に勇気は精一杯の笑みを作りながら、落ち着いた声を出してこれ以上彼女に不安要素を与えないようにした。


「ゆ、勇気……あぁっ!?」


 希望は何かを決心したのか気の入った表情を見せると同時に彼の名前を言おうとしたようだが、


「「「あ”あ”あ”あ”」」」


 それは廊下側の窓が幾つか割れる音とゾンビのうめき声によって止められた。


「くそっ、もう持たないのか……」


 窓が割れた際の衝撃と破片の砕け散る音を聞いて、さらに身を食い込ませて入り込んできている背後のゾンビの気配を感じ取ると勇気は心底恐怖が込み上げてくる。


 だが今ここで自分が恐れてしまっては彼女はもう二度と下に降りられなくなると思い、徐に右手を上げて親指にぐっと力を込めて立たせて見せると心配ないという意思を勇気は主張した。


「さぁ……行け希望! 俺も後から必ず行く!」


 それから彼は先に行くように改めて言うと後半の言葉は自分自身に言い聞かせてもいた。


「う、うん絶対に来てよ! 嘘は駄目だかんな!」


 力強く希望が頷くとロープ状のカーテンを窓から放り投げて、両足を窓枠へと乗せると降下する姿勢を整えていた。


「お、おい……ロープってそれのことかよ!?」

「ちょっと! それは幾ら何でも危険なんじゃ!」


 彼女がロープ状にしたカーテンを放り投げて尚且つ窓枠に立ったことで全てを察したのか、玲士と康大が同時に驚愕の声を出して呆気に取られているようであった。


「私だって怖いよ! でもゾンビに食べられて死ぬよりかは生きられる可能性に賭けた方がいいッ! それに急がないと勇気が危ないからっ!」


 だが二人の声を聞いても希望は恐怖に体が支配されることはなく、ゆっくりとカーテンを掴みながら降り始めると、勇気の視界に移る彼女の姿は既に頭部が僅かに見えるだけとなっていた。


「そうなのか!? わ、分かった。仮にお前が落ちてきても康大の豊満ボディを駆使して受け止めてやる!」


 希望が恐怖に耐えつつ降下していることに玲士は気が付いたのか彼を使って軽い冗談を言う。


「えっ、僕はそこまで太ってないよ! 基準より少し大きいだけだよ!」


 すると康大は真に受けたのか声を荒らげて自身の体型を少しだけと強く主張して否定していた。

 

 けれどその一連のやり取りは彼女の恐怖と緊張感を少しでも和らげようとしているように勇気には感じられた。しかもその冗談は一人教室に取り残されている彼にも響いて、多少なりとも心細さが解消されると活力が湧いてきて最後の最後まで抵抗する意思を固めた。


 ――それから暫くしてカーテンのロープが重みによって引っ張られている感覚が無くなると、それは希望が下に降りられた事を意味していた。


「おぉーい!! 勇気ぃぃい!! 希望は無事に降りたぞぉぉ! あとはお前だけだ! 早く降りてこぉぉぉい!!」


 そして外から玲士の叫び声が木霊すると勇気が思っていた通りに、彼女は自らの恐怖に打ち勝つ事が出来たようで次は自分の番だと自らの心を鼓舞しながら時を見計らう。


「ああ! 直ぐに降りる待っていてくれ!」


 彼はそう言って玲士達を安心させるように声を出すが既に廊下側の窓を全て割られてゾンビが顔を覗かせている状態で、しかも最初に身をガラス片に食い込ませてながら入り込んできた女子ゾンビは積み上げた机の隙間から手を伸ばして制服を掴んでこようとしているのだ。


 幸いにも力はそれほどないのか防壁を崩壊させる事はなかったが、それでも背中で押さえているこの状況を一瞬でも緩めると机と椅子の防壁が音を立てて崩れていくのが目に見えて勇気は実感出来た。


 具体的な数は分からないが、かなりの数のゾンビがこの教室周辺に集まって来ていて意図せずに全員で協力する形で扉や窓を破壊して中に入ろうとしているのである。


「はぁ……ゾンビに知能ってなかった筈だよなぁ……。だがまあ、今はそれよりも脱出することが優先だ。少しでもタイミングを外せば俺はゾンビの集団に囲まれてランチにされちまうからな」


 だいぶ前に見たゾンビ映画を思い起こしながら独り言を呟いて精神を保とうとすると、彼は高鳴る心臓の鼓動を鼓膜の直ぐ傍で聞きながら走り出す体制を整えた。

 ……そして扉側の防壁が崩れる音が鳴り響いてゾンビ達が一斉に入り込んでくると、


「くそがっ! やるしかねぇぇええ!!」


 勇気はそれを合図として背中を防壁から離して一気に窓に向かって走り出す。既に左側からは扉を破ったゾンビ達が数体入り込んでいて手を伸ばしながら彼に近づいてくるが、それでも歩きと走りでは雲泥の差があり問題はなかった。


「なっ……ああ、くそ本当にすまない。許してくれ」


 しかしその数体のゾンビに勇気が視線を向けると、そこには廊下で彼が助けようとしていた女子の姿もあり、ゾンビとなった今の彼女は目を真っ赤にさせて至る所から血を流し続け更に裂けた腹からは腸が垂れ出ていた。

 

「ッ……うらぁぁぁ!!」


 自らが助けようと奮闘したが結局助けられなくて歩く亡者と化してしまった彼女から意識を無理矢理外して勇気は窓枠に飛び乗ると、背後に群がる大勢のゾンビ達のうめき声を聞きながら静かに飛び降りた。


「お、おい! あの馬鹿は一体なにしてんだよ!? 死ぬ気かよ!」


 その光景を下で見ていた玲士は希望の肩を支えながら落下していく彼を見て怒声混じりの言葉を強く言い放つ。


「い、いや違うよ……。あれはきっと少しでも早く降りる為に敢えて飛び降りたんだ。だけど失敗したら地面にダイブして即死……」


 怒りを顕にしている彼の隣では康大がずれたメガネを人差し指で戻してから重々しい口調で、一見自殺にも見られるような行動を取った勇気の真の目的を推測で語ると最後は心配しているのか目が泳いでいた。


「持ちこたえてくれよぉぉぉ!!」


 勢い良く落下していく勇気は視界が妙にゆっくりと進んで見えて、これが人が死ぬ間際に見る光景なのかと思うと自分はまだこんな所で死ぬつもりは毛頭ないと両手を伸ばしてカーテンを掴む。

 

 ――だが物凄い速さで落下していた体を両手だけで止めるには相当の負荷が掛かり、彼の手がカーテンに触れた瞬間に摩擦が生じると火傷のような感覚を受けた。


「はっ、生きたまま食われるよりかは火傷の方がましだなッ!」


 強りがを見せてはいるが勇気は手の皮が全て剥けているのでは思えるほどの痛みを感じていて、それでもカーテンを掴みながら落ちていくと最後は手を離して再び飛び降りて地面に両足を付けた。

  

「よう、お前たち待たせたな。さっさとこの学校から出るぞ!」


 彼は着地と同時に顔を上げると目の前には青色の普通車がエンジンの掛かった状態で止まっていて、その近くには玲士と希望や康大が目を丸くして呆然と立ち尽くしているのであった。

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