3話「校舎からの脱出する為に」

「……てか、今更なんだが他の皆は何処に行ったんだ? まさか希望が囮になった訳じゃないよな?」


 体格の良いゾンビを倒してから教室の出入り口を封鎖してこれ以上の侵入を防いでから、勇気はこの教室になぜ彼女が一人だけ取り残されていたのかと言う疑問を訊ねた。


「う、うん囮ではないけど……。最初にゾンビが教室に入ってきた時に廊下側の席の子が噛まれちゃって、そこから瞬く間に皆が教室を出て行っちゃって……」


 一人の男子が噛まれたのを発端に我先へと教室から出て行く全員を落ち着かせるように希望は声を掛けていたらしいのだが誰ひとりとしてそれを聞く者は居なかったとのこと。


「なるほどな。んで逃げ遅れた希望だけが教室でバリケードを築いて残っていたと」


 彼女の説明を聞いて勇気は相槌を打つと、どうやら話を聞くに彼女は同級生全員が逃げ出したあと教室に散乱した倒された椅子や机を見て急いで簡易的な防壁を築くと、そこで身を隠しながら助けが来るのをずっと待っていたらしい。


「うん、そうだよ。だから勇気が助けに来てくれて本当に嬉しかった! ありがとね!」


 教室に残っていた理由を話し終えて希望は助けに来た彼に対して感謝の言葉を口にすると、こんな状況下だと言うのに勇気は彼女のはにかんだような笑顔に視線を暫く釘付けにされていた。


「別に礼を言われるような事はしていないが……。まあとにかく今はこの教室から脱出して外で待っている玲士と康大に合流しないとな」


 そこから少しして正気を取り戻すと彼は人差し指で頬を掻きながら照れ隠しのような真似をするが、矢継ぎ早に今度はこの校舎から脱出して二人と合流することを目標とした。


「あっ、いつもの二人は大丈夫なんだね。良かった。でも外って合流って大丈夫なの? 校舎内ですら、こんなに凄惨な光景だと言うのに……」


 彼の言葉に玲士や康大と言った聴き慣れ親しんだ名前が入っている事に気が付いたのか希望は安堵の溜息を漏らしながらも、しっかりと外での危険性について冷静に考えているようであった。


「まあ危険と言えば危険だが外に出ないことには何も始まらないからな。それに教室の出入り口は今のところ大丈夫だが、これも破られるのは時間の問題と見ていいだろう」


 勇気は危険を承知で外に出なければ何れ教室の出入り口を突破されて、自分達も食われて歩く屍の仲間入りだという事実をじわじわと実感してきていた。


 それは幾度となく康大にゾンビ映画を見せられた影響であり、今この場でその映画が最も重要な知識として活かされている事にフィクションとは一体なんだったのかと……言う事を考えてしまい乾いた笑い声が彼から漏れ出た


「じゃ、じゃあ……どうやって脱出するの? も、もしかして廊下を走って一階まで行く気じゃないよね?」


 希望は校舎から出ることには賛成の様子だが肝心な脱出経路について不安を抱いているようで、冷や汗のようなものを額に滲ませながら廊下側を指で差していた。


「その手も考えたが現実的ではない。廊下は今やゾンビの溜まり場と化しているからな。……だから何か別の方法で……あっ、これなら使えるかも知れないな」


 彼女の不安をなるべく取り除こうと勇気は言葉を選びながら口を開くが、廊下を強引に突破する行為は誰がどう見ても一番危険であり、他に何か手はないかと教室内を見渡すと”ある物”に視線が止まった。


「……ゆ、勇気? どうしたの?」


 彼の動きと視線が止まった事で希望は不思議そうな声を出して訊ねてくる。


「希望、これしかないぞ。俺達が無傷でここから脱出する方法はな!」


 勇気は視線が止まった場所まで急いで向かうとそこはグラウンドが一望出来る窓際であって、そこに掛かっている白色のカーテンを手に取りながら脱出の案を自身の脳内で固めた。


「か、カーテン? 一体それを使ってどうや……はっ!? ま、まさかそれを繋げて下に降りるつもりなの!?」


 突然の事に彼女はカーテンを見ながら呆然としていたが急に何かを思いついた様子で目を丸くすると、まさにそれは今現在彼が脳内で考えた脱出案と同じであった。


 そう、カーテンの端と端を縛って繋げて垂らし、それを伝いながら下まで降りるというのが勇気が咄嗟に考えた脱出の方法である。


 まさに映画のようなこの状況がゆえに、こんなにも奇策な方法を突拍子もなく思いついて実行に移せるのは一瞬の幸運だと彼は心中で思うと同時に、普段ならば絶対に思いついても実行には移さないだろうとも確信出来た。


「ああ、ご明察通りだ。だから全てのカーテンを外して結んどいてくれ。俺は教室の扉や窓を破られないように補強してくる」


 全ての事情を把握した彼女になら任せておいても大丈夫だろうと勇気はそれだけ伝えると、机を抱えて扉の前や廊下側の窓際に置き始めた。


 その理由は教室内にゾンビを入れない為であるのだが、妙な事に先程から校内に聞こえる悲鳴の数が段々と少なくなっていることに彼は気が付いたのだ。


 ならば単純に考えて生きている人間の大多数がゾンビによって殺されていて、残りの生存者を喰らうために徘徊を始めるのではないかと勇気はその事を瞬時に考えて行動に移したのだ。


「あっちょ、ちょっと! そんな急に非現実的なことを言われても……」


 未だにカーテンを使って脱出することに希望は不安を抱えているのか手が一切動いてなく布の端が握られているだけであった。


「頼むぞ希望!」


 だが彼は手先が器用な彼女を信じて、自身は椅子を両手に持ちながら防壁を作る事に意識を向けた。


「もぉぉ!! やれば良いんでしょ! や・れ・ばッ!」


 暫くすると彼女は声を荒らげて文句を言いつつも、しっかりと手を動かし始めて素早くカーテンを結んでいくと長いロープ状のような物が見る見るうちに完成されていった。

 ――――だがそれと時を同じくして勇気が机を重ねて防壁を作っていると、


「「「「あ”あ”あ”あ”あ”」」」」


 という複数のうめき声が聞こえた途端に廊下側の窓が一斉に音を立てながら叩かれ始めた。

 

 その一瞬、あまりの音の大きさに彼は全身が石像のように膠着したが顔を背けずに窓を凝視していると、そこには血がべったりと付着した手や、噛みちぎられたのか何本か指が欠損している者まで見えた。


「くっ……やはりこうなったか……」


 勇気が予想していた通りにゾンビ達が生存者を探して徘徊し始めると、目標をこの教室に定めたらしくこれは偶然なのかと自らの運の無さを呪った。


 だが窓を叩く音は次第に大きくなっているようで次々とゾンビ達が音に引かれて集まっているようであり、このままでは五分と持たないと彼は思うと先に希望だけでも脱出させようと指示を出す。


「結び終ったか? なら次はそれを近くの棒に頑丈に巻き付けて縛るんだッ! そうしたらあとは怖がらずに下に降りろ!」


 積み上げた椅子や机に背中を付けてゾンビ達に突破されないように押しとどめながら勇気は彼女の方に顔を向けた。

 背中からはゾンビ達が扉や窓を叩く振動が伝わってきて、いつ破られるかと気が気ではない。

 

「そ、そんなこと言ったって……これ本当に……」


 だが希望は自分が結んだ物が本当に大丈夫なのだろうかと恐怖している様子で、カーテンの端を掴んだまま中々足が動かないようである。


「あ”あ”あ”あ”あ”」


 けれどその刹那、窓が割れるような音と共に一体の女子ゾンビが顔を覗かせてくると割れ残ったガラス片に身を食い込ませながら上半身を入れてきた。


「ひィっ!?」


 その異様な行動を目の当たりにして彼女は青い顔をして短く驚愕の声を漏らす。


「くそっ、ここも限界だな……。俺が残って食い止めるから先に行ってくれ!」


 首を横に向けて勇気も事態の確認をすると、最早時間の問題だとして早く降りるように言い放った。しかしそこでグラウンド側の窓から車が停車する排気音と共に、


「おーい! 勇気ぃぃ!! 希望ぃぃぃ!! 生きてるかぁぁあ!?」

「おーいぃぃ!!」


 という腹の底から出しているような玲士と康大の叫び声が聞こえてきた。


「この声は……アイツらのか!? という事は無事に校舎から出れたんだな。良かった……」


 二人の声を聞いて勇気は安心感に包まれると僅かな気の緩みが生じてゾンビ達の押す勢いに背中を弾かれそうになるが、なんとか咄嗟に足を踏み出して体重を乗せる事で踏み止まる事が出来るのであった。

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