2話「幼馴染を助け、少年は確信ス」

「お、おい! ゾンビってあれか!? 人を食らって仲間を増やすという生きる屍のことか!?」


 屋上で全員が身を乗り出す勢いで三学年の人が一学年の人に食べられている光景を目の当たりにすると、玲士は目を丸くさせながらゾンビと言われる者達に指を向けて康大に訊ねていた。


「そ、そうだよ。間違いないよ! だって現に先輩達を襲っている一年達には全員噛み痕みたいなのがあるし……」


 彼も視線をゾンビ達から外すと冷や汗か脂汗か分からないものを顔全体に滲ませながら、玲士と顔を合わせて間違いなくあれはゾンビであると口にしていた。


 その証拠に確かに一学年達には肩や腕に噛みちぎられたような跡が数箇所あって、そこからは白色をした肉や脂肪らしきものが露出している。

 

「ッ……! だったらこんなところで悠長に見ている場合じゃないな! 急いで俺達もここを離れないと!」


 二人の会話を横で聞いて危機感というものが勇気の中で上昇していくと、柵から離れて玲士達に声を掛けながら校舎の中へと戻るべく立て付けの悪い扉を開ける。


「お、おうそうだな! おい、いくぞ康大!」

「ま、待ってよ! おいていかないでよ!」


 立て付けの悪さゆえに周囲に金切り音が鳴り響くと玲士も柵から離れて扉の方へと向かい、康大も焦りの表情を浮かべながら小走りで近づいてくると全員は一旦校舎の中へと入る。


「くそっ……。あれがゾンビなら、もう二学年の校舎にも居るんじゃないか?」

「お、恐らくいると思う……。はぁはぁ……」


 全員が急いで階段を駆け下りると玲士が一つの可能性を口にして、隣に居る康大は息を荒げながら既に二学年の校舎にもゾンビが少なからず居る事を考えているようであった。


「チッ、取り敢えず俺はアイツが無事か確かめる為に二組の教室を見にいく。康大と玲士は先に外に向かっといてくれ!」


 言い知れぬ恐怖感や危機感が込み上げてくると勇気は舌打ちをしてから二組に在籍している幼馴染の安否を確認しにいく事を言うと、矢継ぎ早に二人に対して先に校舎から脱出しろと言い放った。

 

「分かったぜ! 必ずあとで来いよ!」


 玲士は頷いてから親指を上げて力強い笑みを見せてくる。


「し、死なないでね……勇気くん!」


 康大は恐怖心を必死に抑えているのか両肩が小刻みに震えていたが、握り拳を作って突き出してきた。


「ああ、もちろんだ!」


 勇気は二人に必ず後で無事に合流する意味を込めて右手の親指を上げて左手は握り拳を作って突き出して返した。そして玲士と康大は口角を上げて何処か安心したような笑みを見せるとそのまま階段を下り始めて、その場に残った勇気は二組を目指して走り出した。


 ――――それから彼が走りながら廊下に出ようとすると、周囲からは禍々しいうめき声や男女共に悲鳴のような断末魔が校舎内に木霊していた。


「くぁっ!? や、やっぱりもう既に……」


 廊下に出て足を止めると勇気の目の前に広がる光景は、まるで某映画の終焉を映し出しているようで本当に現実に起こっている事なのだと思い知らされた。


「いやっ!! や、やめ……あ”ぁ”ぁ”あ”あ”ぁ!!」


 一人の女子生徒が逃げようとしていたのか彼の目の前で転ぶと、周りに居た数体のゾンビ達が一斉に群がるように襲い掛かり始めた。


「ッ!! なにか武器になるような物はないのか!?」


 勇気は急いで彼女を助けるべく何かしら武器になりそうなものを探す。

 すると彼の隣には掃除の時に使われる長箒が壁に立てかけられていて、それに気が付くと急いで箒を手にして女子の元へと向かって振りかざした。


「離しやがれぇぇぇぇ!!」


 振りかざした箒が一体のゾンビの頭部に命中すると皮膚が異常なほどに柔らかくなっているのか、直接頭蓋骨を叩いたような鈍い感触が勇気の手に伝わってきた。


 ……だがそんな事は些細なことであり彼は箒から手へと伝わる肉を抉り骨を砕く感触を受けつつ、一心不乱に彼女を助けるべく攻撃の手を止めなかった。


「はぁはぁ……。お、おい大丈夫か!」


 暫くして漸く群がっていたゾンビ達全員を動かなくさせると、勇気は女子に覆いかぶさっているゾンビを箒を使って退かすと無事かどうか確認する為に声を掛ける。


「お、お母さん……しにた……くな……い」


 彼女は虚ろな目をしながらそう呟くと全身を一瞬だけ痙攣させたあと動かなくなった。

 そして何となくだが彼女はもう死んだのだろうと彼は分かった気がした。


 何故なら複数の部位から出血と噛みちぎられた痕があり、その姿は誰がどう見ても手遅れというのが一瞬にして分かるほどの状況であったからだ。


「……すまない。助けてあげられなかった……」


 自分がもう少し早く行動していれば助けられた命かも知れないと思うと、やり切れないという感情しか湧かなくて勇気は頬についた返り血を制服を使って拭った。


「くそっ、一体なんでこんな事が急に起こるんだよ」


 彼は自身が倒したゾンビの制服を剥ぎ取って息絶えた女子の顔に掛けると、そのまま視線を二組の方へと向けて血や肉片が付いた箒を片手に走り出す。


 周りには現在進行形で食われている女子や男子が多数いるが、恐らく助けたとしても先程同様に手遅れだろうと勇気は思うと振り向かずに二組の教室へと駆け込んだ。


「大丈夫か!? 希望!!」


 扉が半開きとなっている隙間から彼は教室へと入っていくと直ぐに幼馴染の名を叫びながら生存の有無を確認をすると、右端の方で机を幾つか使用して簡易的な防壁を築いている彼女の姿が見えた。


「勇気……あっ駄目だ! そこから離れて!!」

 

 希望は彼の声に反応して名を叫ぶが急に表情が強張ると、その場から退くように強めの口調で言い放つ。


「えっ――――ぐあぁつ!? な、なんだコイツ!」


 一体何事かと勇気は疑問に思うがそれと同時に横から巨体のゾンビが襲い掛かると、彼はそのまま床に倒れ込んで箒を使って噛まれないように抵抗する。


「勇気!?」


 彼が床に倒れ込むのを見て驚愕の声を上げると、机が積み重なって作られた防壁から身を捻りながら彼女は出てこようとしていた。


「う”あ”あ”あ”あ”」

 

 うめき声をあげながら巨体のゾンビは噛み付こうとするが、まるで柔道や空手をやっていたのか体格が良くて力も凄まじい。


「何なんだよコイツ! 馬鹿力過ぎんだろ……っ!」


 ゾンビの方が自分よりも力が上だということに勇気は自覚すると、噛まれないように必死に抵抗するのみで中々引き剥がす事が出来ずにいる。


「ま、待っていろ勇気! 直ぐに助けるから!」


 隣の方から希望の焦り混じりの声が聞こえると、彼はその言葉を信じて只管に耐え忍ぶ事を選ぶが徐々に両手が痺れを起こし始めていた。


「ぬあぁぁぁ! こんな所で死んでたまるかよぉぉぉ!」


 絶対に食われてなるものかと言う意志の元に勇気は全力を絞りだし抵抗を続ける。


「う”あ”あ”あ”あ”」


 だが目の前のゾンビは血の混じった涎を垂らしながら尚も押してきて、あと数センチの所で彼は首を噛まれそうになる。

 ――――だがその時、


「おらぁっ!!」

「う”あ”」


 その声と共に彼の視界に映っていたゾンビは小さくうめき声を上げて横に吹き飛ぶ。

 そして勇気は急いで立ち上がると箒の先端をゾンビへと向けて何度も頭部を殴り続けた。


「死ね! 死ね! 死ね!」


 明確に圧倒的な殺意を持って息の根を止めるように箒を振りかざし、そして暫くして動く素振りがなくなると漸く彼は殴るのを止めた。


「はぁはぁ……大丈夫か希望!」


 息を荒げながら勇気は妙に高ぶる神経を抑えつつ、顔を彼女へと向けて何処も傷を負っていないか確認する。


「あ、ああうん。何とか大丈夫だけど……」


 すると希望は彼の行動を見てか少し戸惑っているように伺えるが、何処も傷を負っている箇所はなく無事だと言うことを主張していた。


「それよりも、あれは一体何なんだよ? 明らかに異常な事が起こっているのは分かるけど……人が人を食べるっておかしいよ!」


 彼女は色々と質問を訊ねながらも教室の扉を全て閉めると、掃除用具入れから箒を二本取り出して突っ張り棒として使うと扉を開けられなように固定していた。


 こんな状況下でも冷静に行動が取れるのは流石としか言いようがなく、希望が生徒会長補佐という役職に就けるのも勇気は頷けた。


 そして彼女の名は【鈴谷希望すずたにのぞみ】と言い、綺麗な漆黒色の短髪をしていて身長は彼よりも若干小さく巨乳であり、普段から男勝りな言動が影響して周囲からはボーイッシュ系と言われている。


 彼女は勇気と家が隣同士であり保育園の頃からの付き合いであると同時に、彼の親が海外で暮らしていることから夕食は希望がいつも作りに来てくれているのである。


 ――それから彼は色々とな事を考えてしまい思考が一旦全て止まると、現実逃避だけはしてはいけないと自身の頬を数回叩いて気持ちを引き締めた。


「あれは……康大曰く”ゾンビ”と言われる者らしい。希望も映画とかで見たことあるだろ?」


 気持ちを落ち着かせた所で勇気は康大が言っていた事を、ありのまま正直に話す。


「あ、あるけど……あれは映画の中でのことでフィクションじゃないのか!?」


 ゾンビというのは架空上の生き物だとしか思えないらしく希望は酷く同様していた。


「俺もついさっきまでそう思っていたよ。……だが現実にこんな光景を見せられちゃ信じるしかない。この学校では何かしらが原因で今現在バイオハザードが起こっているという事実をな」


 未だに廊下からは人の悲鳴やゾンビのうめき声が響き聞こえるが、彼は真剣な口調でこの学校では何か異質な問題が起こっていると告げるのであった。

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