Japan of the Dead〜 生存者たちの旅路〜
R666
1話「それは終末の始まりである」
「あー……退屈だなぁ。これだったらアメリカでシューティングマッチの練習を続けていた方がマシだったかもなぁ」
二学期の始まりでもある八月。まだ夏の暑さが残る時期に学校の屋上にて一人の少年【
そして彼が暫く景色を眺めてアメリカでの思い出を振り返っていると、
「お、やっぱここに居たかサボり魔の勇気くん~」
「やめときなよ玲士くん。その言葉は僕達にも返ってくるんだからさ」
立て付けの悪い扉を開けたらしく背後からは金属の擦れる甲高い音が響くと共に二人の少年の声も同時に屋上に木霊していた。
「おっと、それもそうだな。わりぃわりぃ」
体格がふくよかな少年に玲士と言われた少年は半笑いで謝るとそのまま勇気の元へと近づいて来る。
彼の名は【
「……あ、そうだ。それよりも二人とも朝のニュースは見たかい?」
そして彼が謝るところを何とも言えない表情で見ていた体格がふくよかな少年【
彼は黒色のメガネを掛けていて体型は大柄であり、顔は犬や猫に好かれそうな優しい印象である。
「ニュース? なんだ芸能人がまた何か問題でも起こしたのか?」
彼からの唐突な質問に勇気はアメリカから帰国して以降テレビは一回も見ていなくて、だいぶ前に見た芸能人関連の事を思い起こしながら聞き返した。
「いや、違うだろ。普通に考えて康大はオタクだ。ゆえにコイツが好きな声優が結婚したとかのニュースだろうな。だが案ずるな康大! 今日は俺がラーメンを奢ってやるぜ」
隣から玲士が冷静な声色で彼の考えを否定すると、矢継ぎ早に彼は自身の顎に手を当てながら康大の特徴を呟いて勝手に結論を出すと親指をぐっと上げていた。
「ぜぇんぜぇん違うよっ!! まったく……そんな感じじゃぁ見てはなさそうだね」
すると当の本人でもある康大は両手を左右に小さく振って全てが間違っている事を言うと、僅かに下がったメガネを人差し指で上げて位置を戻してから二人がテレビを見ていないことを悟ったようである。
「あははっ……すまん。だけど、お前の口からニュースって言葉が出るという事は余程のことなのか?」
勇気が後ろ髪を掻きながら苦い笑みを作って誤魔化すと康大とは小学生の頃からの付き合いであって、そんな彼からニュースという言葉が飛び出した事に少々疑問を抱いていた。
しかし厳密に言えば彼とは小学生五年の頃に勇気は出会っているのだが、その時には既に深夜アニメを見ることが生き甲斐の男であったのだ。
だがそのことが影響しているのか彼は友達が一人も居ないらしく、席替えの時に偶然隣同士になると勇気はその時見ていたマイナーなアニメを知っているかと何気なく聞いて見たのだ。
そうすると康大は見後に知っていて、そこから勇気は休み時間や授業の合間に熱く語り合うと親友となったのだ。
「ああ、そうなんだ! 実はクラスでもこの話題でもちきりだったんだけど、昨日の夜に隕石が落ちてきたらしいんだ! しかもその隕石は僕達が住むこの地元の近くに落下したらしいんだよ!」
妙に興奮した様子で鼻息を荒げながら康大は身振り手振りを使用して隕石の事を伝えてくると、よほど気分が向上していたのか額に汗までもが滲んでいた。
「へぇー、隕石ねぇ? あーでも確かに昨日の夜は妙な揺れが一回あったなぁ」
興味無さげに玲士が相槌を打ちながら呟く。
「そうそう! まさしくその揺れは隕石が地面と衝突した際に発生した揺れなんだよ!」
それを聞き逃すことはなく康大が小走りで駆け寄ってくると、彼に勢い良く顔を近づけていた。
「お、おう……そうか。でも意外だな。アニメとゾンビ映画にしか興味のないお前が隕石について熱くなるとは」
彼が珍しく二次元や映画系以外の事で熱くなっているのを目の当たりにすると、玲士は両腕を組みながら近すぎる顔から離れるようにして一歩後ろに下がった。
「ふっ、そりゃあ当然だよ! だって僕は小学生の頃から宇宙についての事柄がアニメの次に好きだからね!」
なにやら得意気にメガネを持ち上げると康大はオタク系以外の趣味も持ち合わせているらしく、通りで隕石のことについて熱心に語ってくる訳だと勇気は思った。
「なるほどなぁ。……にしても、もう随分とお前とは一緒に居るが初めて知ったよ」
柵にもたれ掛かりながら勇気は新たに知った親友の一面に大きく頷いて反応を示す。
「俺もだ。もしかしたら俺達はダチをも越えたダチだが、互いにまだ知らない事が多くあるのかもな」
同じ事を思ったらしく玲士も視線を康大に向けたり彼に向けたりとして交互に見ては真面目な口調で言っていた。けれど勇気は高校に入ってから玲士と出会っていて、一学年の時に偶然同じクラスであったのだ。
二人の出会い方としては昼の休憩時間になると勇気は毎日購買へと足を運んで手軽で栄養価のある焼きそばパンを購入するのだが、その購買には彼の他にもほぼ毎日必ずと言っていいほどに玲士も焼きそばパンを購入していくのだ。
そしてとある日。購買の店員が仕入れを間違えたらしく焼きそばパンが一個しか置いてない時があって、勇気がパンを購入しようと手を伸ばすと横から玲士が大声で待ったを掛けてきたのだ。
そこで初めて二人は面と向かいあって話をすると、ジャンケンによってパンを購入する権利を得ようという結論に至ったのだ。そうして二人は昼飯を賭けたジャンケンを行うと勇気が勝利を収めてパンを購入したのだが、何となく後味が微妙なこともありパンを半分にして玲士に渡したのだ。
すると彼はまるで砂漠の真ん中で水源を見つけたかのように表情を明るくさせて半分の焼きそばパンを頬張りながら手を握ってくると、悪い気がしなかった勇気はそこから昼休憩の時間を使って色々と話し合うと意外と気が合う部分も多くてそのまま今の状態まで仲良くなったのだ。
だが康大に玲士を紹介した時はその見た目がゆえに不良と勘違いしたらしく、終始怯えていて打ち解けるまでに三週間ほど要していた事は今でも勇気の記憶に残っている。
「まぁ……言ったところで僕には似合わないって言われそうだったからさ。でも僕としては勇気がシューティングマッチの世界大会で優勝していた事の方が驚きだったけどね」
玲士の言葉に康大は苦笑いしながら頬を人差し指で掻いて反応すると、話題を変えようとしたのか急に彼の方へと顔を向けて世界大会という言葉を放った。
「お、そうだそうだ! 俺達に黙ってアメリカに行ったと思ったら、なんか偉い大会で優勝して日本に戻ってきやがってよぉ。そういうことはダチの俺らに一言いうものだぜ?」
彼の言葉を聞いて玲士が思い出したかのようにそう言ってくると、勇気の元へと近づいて肩に腕を乗せると若干睨み付けるようにして視線を合わせてきた。
「あ、ああすまない。あの時は色々とあって連絡が遅れたんだ許してくれ。今度からちゃんと報告するからさ」
たまに彼の風貌から発せられる不良少年独特の覇気のようなものを感じると今自分はヤンキーに絡まれているのではと思えてくるほどで、勇気は申し訳ないという気持ちを込めながら両手を合わせて二人に謝罪した。
「……んまぁ、そういうのなら今回は焼きそばパン五個で勘弁したる」
「あっ、僕は二郎系ラーメンで」
彼の謝罪を渋々といった感じで受け入れると玲士は好物のパンを要求してきて、それを見ていた康大は右手を小さく上げて主張すると自身の好物を奢って貰うことで許そうとしているようである。
「はぁ……。お前ら少しは遠慮ってのを――」
「「なにか?」」
勇気は溜息を吐きながら頭を抱えて愚痴を零すと最後まで言わせる気はないのか二人は同時に同じ声を出して遮ってきた。
「……分かったよ。奢ればいいんだろ奢ればな」
そんな二人を見て勇気はこれ以上何か言っても無駄だと思うと、諦めて親友二人に好物を奢る事を約束した。
「そいうことだぜ!」
「うんうんっ!」
玲士と康大は彼の返事に満足気に頷くと、このあとの出費の事を考えて勇気は気が重くなり徐に振り返ると再び屋上から景色を眺めて堪能することにした。
「……ん? なんだあれは?」
だが彼が景色を眺めようとすると不意に視線は校門の方へと向いて、そこには体育担当の先生が門越しに深緑色をしたリクルート用のスーツを着た男性と何かを話している様子であった。
そして本当に何となくだが勇気がその二人の様子を見続けていると、急にスーツを着た男性が体育教師の腕に噛み付くという荒々しい行動に出たのだ。
そのまま暫く校門では二人の男が揉みあい状態となっていたが教師の男が噛み付いた男を振り払うと、スマホらしき物を取り出して何処かに電話を掛けようとしていた。
「うぉ……まじかよ。あの教師なにか恨まれることでもしたのか?」
その一連の出来事を見ていた勇気は野次馬のように声を出すが、教師の腕は思いのほか重症なのか遠目でも赤い液体が地面に流れ落ちているのが確認出来た。
「おおぅ……あれは痛そうだな。まったく、日本の治安ってのはどうなってんだ?」
腕を押さえながらスマホを耳に当てて何を叫び散らしていてる体育教師を見て、彼は下手したらアメリカよりも治安が悪いのではと思えてしまった。
「お、おい! あれなんだよ!?」
「う、嘘でしょ……」
だが勇気のそんな些細な考えは突如として聞こえてきた玲士と康大の声によって掻き消されると、一体何事かと顔を声のする方へと向ける。
「どうした二人とも? なにかあったのか?」
そう言いながら彼は二人の元へと近づくが何故か反応が無くて、しかも彼らはこの屋上から丁度見える三学年の校舎に顔を向けまま膠着しているようであったのだ。
「んだよ、無視は普通に悲しい……っあ!? な、なん……だよ。あ、ああ、あれは!!」
そして二人が見ている場所に何か答えがあるのかと勇気も視線を向けると、そこにはにわかには信じ難い光景が広がっていて三学年達が先程のスーツ男同様に無差別に周りに居る人達を噛み始めていたのだ。
加えて窓には血の飛沫や血の手形がべったりと付いていたりして、更に三学年の校舎から数名が飛び出してくると甲高い悲鳴を上げながら別の校舎へと逃げようとしていたが、曲がり角で血まみれになった一学年達に襲われると全員が首や腕や足といった部位を噛まれて血を流しながら動かなくなったのだ。
「……お、おい康大。もしかしてあれって……」
三学年の校舎で起こった事や一学年が上級生に噛み付く場面を目撃して、勇気の頭の中では可能性としてある事が駆け巡ると震える声で彼に声を掛ける。
「う、うん。僕も実物は初めて見たけど……多分あれは”ゾンビ”だ」
隣で冷や汗なのか脂汗なのか分からないが額に大量に滲ませてしっかりとした口調で言うと、どうやら彼は勇気の言いたい事が分かっていたらしく、この一連の光景を見て迷わずに”ゾンビ”だと口にするのであった。
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