第69話

「朝、か」


 目を開けたら、見覚えのある天井だった。


 そして今日は、隣に鷹宮がいた。

 ていうか、俺の顔のすぐそばに彼女の顔があった。

 甘い優しい香りがする。

 朝からドキドキさせられながら、横目で彼女を見る、


「……まだ寝てる」


 すやすやと、とても気持ち良さそうに眠っている。

 無邪気な、というか無垢な寝顔だ。

 そして寝るまで繋いでいた手はまだ、繋がったままだ。


「うん……ん? あ、おはよう」

「お、おはよう鷹宮」

「ふあー。今何時?」

「もう六時だよ」

「いけない、朝ごはんの支度しないと。先にキッチン行ってるから」


 あくびをしたあと、昨日までの空気とは一変したサバサバした様子で鷹宮はすぐに布団を出て部屋を出ていった。


 俺は少しの間、鷹宮の余韻に浸りながら寝ぼけた頭を覚ましてした。



「……ば、バレてないよね」


 目が覚めたら涼風君が隣にいて。

 繋いだ手はそのままで。

 ピッタリと体がくっついていて。


 無邪気な寝顔が可愛くて、つい。

 キス、しようとしてしまった。


 でも、起きちゃったから慌てて寝てるフリしたけど。

 バレてない、よね?

 昨日、あんな話をして涼風君に我慢させておいて、

 私だけこっそりキスだなんて、絶対淫乱だと思われちゃう。


 で、でもわかってほしいの。

 されるのは怖いけど、寝てる彼の寝顔にするのは気持ちよさそうだなって。

 

 ……うう、恥ずかしい。

 また、涼風君の顔が見れなくなってきちゃった。



「……うん、大丈夫そうだな」


 鷹宮の家を出る時も、一度我が家に戻って着替えてから外に出た時もずっと誰もいないか警戒していたが。


 神宮寺も円城さんも、今日は現れる気配はなかった。


「鷹宮、学校行こっか」

「……うん」

「なんだよ、さすがに今日は大丈夫だって」

「そ、そうじゃなくて……ううん、大丈夫」


 そして鷹宮はなぜかずっとよそよそしい。

 そういや、前にもこんなことあったよな?

 機嫌が悪いのか?

 でも、なんで?

 もしかして、昨日の俺の寝相が悪かったとか……。


「なあ、怒ってる?」

「お、怒ってないし。いいからこっち見んなし」

「……」


 なんか言葉も変になっていた。

 ただ、原因が何かは言ってくれる様子もなく、そのまま学校へ向かった。

 

 久しぶりに静かな通学路だった。

 でも、せっかく誰も邪魔が入らないのに、肝心の鷹宮まで静かになってしまってはどうしようもない。


「なあ、いい加減何か話してくれよ」

「べ、別に無視なんかしてないし。今日はちゃんと仕事やるし。い、いいから先に行けし」

「なんなんだよその喋り方……」


 そんな様子の鷹宮に呆れていると、正門が見えた。

 と、そんな時に後ろから誰かに声をかけられた。


「おはようございますお二人様」

「……時任さん?」

「時任書記とお呼びください」


 振り返ると、メガネをくいっとさせながら俺たちを見る時任さんの姿が。


「会長、おはようございます」

「お、おはよう時任……書記」

「顔が赤いですが、熱でもあるのでしょうか?」

「え、ううん、別にこれはなんでもなくて」


 なぜか慌てた様子で否定する鷹宮を見て、これまたなぜか時任さんはポケットからブラックのインスタントコーヒーを出してカシュっと栓をぬいてゴクッと一口。


「今朝も大変捗ります。ご馳走様です」

「な、なによそれ。時任さん、ブラックコーヒーなんか飲むんだ」

「ええ、甘すぎてブラックがちょうど良いのです」

「え、甘くないんじゃないの?」

「甘すぎます。ではまた後ほど」


 コーヒーをグビグビ飲みながら時任さんは先に行ってしまった。


 やっぱり変な人だなと、二人で首をかしげながらその後ろをついて校舎に到着し、一緒に教室へ向かった。


 そして教室へ入る時、二人とも少し警戒をしたのだけど肝心の円城さんの姿はなく。

 朝のホームルームが始まっても彼女は現れず、後ほど先生から今日は欠席との報告があった。


 そこでようやく、力が抜けた。

 理由はどうあれ、今日は円城さんの姿を見ないで済む。

 安心すると同時に、やっぱり俺にとっての円城さんは過去の思い出でもなんでもないのだと気づく。

 たとえどんな理由があったところで、それがもし俺の為だなんて大義名分があったところで、だから俺が傷つけられていいわけがない。

 俺が誰かを、同じ理由で傷つけていいはずがない。

 

 そう思うと、円城さんに何を言われたところで気持ちが揺らぐことはないと再認識できた。


 あとはそれをどうやって彼女にわかってもらえるか、だ。

 できれば仲違いしたくはないし、普通のクラスメイトとして過ごせたらなんて思うけど、それは望みすぎなのかもしれない。


 せめて俺たちに関わらないように、と。

 その気持ちを受け入れてもらえることはできないものだろうか。



「なあ、いい加減にしてくれよ鷹宮。弁当食べにくいだろ」

「……こっち見んなし」


 昼休み。

 鷹宮と一緒に恒例の屋上飯なのだけど、鷹宮は俺のとなりこそ離れないがずっと顔は合わせてくれない。


「なあ、せっかく今日は邪魔が入らないんだからゆっくり話したいんだけど」

「わ、私だってそうだけど……な、なんか涼風君を見ると恥ずかしいの」

「恥ずかしいって……」

「わ、わかんないけどミカは好き避けって。す、好きってそういう意味じゃないよ!? そ、そういう意味じゃないこともないけど」


 言いながらまた顔を赤くして両手で顔を隠す鷹宮。

 なんだ、そういうことか。


「……じゃあ、ご飯たべる」

「な、なんであんたはそんなに冷静なのよ」

「冷静なもんか。ほら、手が震えてうまく食べれないし」


 鷹宮から好きと言われてドキドキしないはずがない。

 箸を持つ手がプルプル震えていた。


「……お互いさまってこと?」

「まあ。でも、あからさまに避けられたら寂しいから辞めてほしいかも。ほら、俺たちまだちゃんと付き合ってるわけじゃないから、不安になるだろ」

「わ、わかってるわよ。が、頑張る……」


 二人とも前を向いたまま、弁当を食べた。

 顔は見れないけど、互いの存在を確認するようにたまに肩を寄せ合って。


 静かなひとときを過ごした。



◆◆


「ふーん、そういうことかあ」


 今日は学校を休んだことにして、色々と調べていた。

 私がこの街にいない間、鏡君がどう過ごしていたのかを。

 どうして鷹宮リアラなんかとお付き合いすることになったのかを。


 そして、わからなかった。

 ある日突然付き合いだしたみたいな話は聞いたけど、それまでの二人の接点がどこにもなかった。


 だから疑問に思った。

 そして仮説が立った。

 二人はまだ付き合っていないか、もしかしたらなんらかの理由で付き合っているフリをしているんじゃないかって。


 するとなんだか全てが繋がった気がした。

 先日、生徒会選挙があって鷹宮リアラが勝ったこと。

 その理由が、彼女と、彼女を応援していた鏡君の関係が尊いなんて馬鹿げた理由だったこと。


 つまり、鷹宮は選挙で勝つために彼を利用した。

 そして今も。

 駒のように彼を使うために色仕掛けして利用しようとしている。


 許せない。

 やっぱり、あんな女に彼を渡せない。


「待っててね鏡君。私があなたを解放してあげるから」


 

 


 

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