第68話


「お風呂、借りたから」


 体の火照りを冷ましてからリビングに行くと鷹宮はいなかったので、この前泊まった彼女の部屋をノックして扉に向かってそう言った。


 すると、「中、入っていいよ」と。

 俺はゆっくりと部屋の扉を開けた。


「……どうしたんだそれ?」


 部屋に入ると、なぜか部屋の片隅でぬいぐるみを抱いて縮こまっている鷹宮が。


「な、なんでもないから。は、早くベッド行きなさいよ」


 照れてるのか怒ってるのかよくわからない態度でそう言った。


「……じゃあ、失礼します」


 俺は静かにベッドの上に。

 鷹宮はそんな俺をぬいぐるみに隠れながら見ていて、「ふ、布団入ったら電気消すから」と。


 なんか、警戒してる?

 だったら泊まれとか言うなよって言いたいところだけど、鷹宮の性格を考えたらそんなツッコミは野暮だろう。

 それに、鷹宮は基本的に男嫌いなんだもんな。

 こうして俺を近くに置いてくれることが不思議なくらいなんだ。

 最近ずっと一緒にいすぎて忘れてたけど。

 さすがに部屋でベタベタしてくるなんて、期待しすぎか。

 ここに来るまでは内心そんな期待もあったけど。

 やっぱり鷹宮は鷹宮だ。

 ちょっと安心したかな。


「……おやすみ」


 余計なことを考えないうちに寝ようと、布団に入った。

 すると鷹宮が灯りを常夜灯にした。

 以前は真っ暗な中で寝ていたのに、今日は少し明るくてベッドの横に敷いた布団で横になる鷹宮がうっすらと見える。

 そして、布団から半分顔を出した鷹宮と目が合った。


「……なによ」

「い、いや別に。この前は真っ暗にしてたのに今日は常夜灯なんだなって」

「だって……ううん、別になんでもない」

「なんだよ。気になるだろ」


 薄明かりの中で互いに布団の中から会話をしていると、トクトクと心臓の音が大きくなるのがわかる。


 それは鷹宮も同じなのか、さっきより深く顔を隠し、目元だけ覗かせた状態で彼女は小さく言った。


「そ、そっちに行ってもいい?」

「え?」


 俺の心臓が、弾けんばかりにドクンと動いた。

 そしてまだ言葉の整理も心の準備も出来ていないうちに彼女は。


「い、嫌だって言われてもダメだから」

「ちょ、ちょっと待てって」

「ほら、寄ってよ。私のベッドなんだから」


 ベッドに潜り込んできて、俺の隣に寝た。

 そしてすぐに俺に背を向ける。


「……」

「な、なんなんだよ急に」

「い、いいじゃん。せっかくお泊まりなんだから、もうちょっと話したいの」

「別に話すだけならこうしなくても」

「……やだ?」


 背中を向けたまま、鷹宮はか弱い声で聞いた。


「……嫌なもんか。嬉しすぎて俺、ずっと変なことばっかり考えてる」

「……私も。でも、まだちょっとだけ怖いの」


 と、また。

 鷹宮はさっきよりも弱々しく言う。

 俺は少し鷹宮に伸びかけた手を止めた。


「お父さんがあんなことしてて、それを見ちゃってからずっと怖いの。男の人って、みんなああなのかなって」

「鷹宮……」

「でもね、涼風君とね、そういうことをしてみたいって気持ちもあるの。前だったら絶対考えられなかったけど、今は少しだけ、期待もしてる。ただ、怖いの。そういうことするのもだけど、したら涼風君が私に飽きてどこかに行っちゃうんじゃないかなって」

「……」


 そんなことはない。

 絶対にありえない。

 

 そんな言葉を並べても、いくらそれが俺の本心だとしても鷹宮には軽いものに聞こえてしまうのだろうと思い口を閉ざして考えた。


 俺は果たして鷹宮とどうなりたいのか。

 目の前の好奇心を満たしたいわけじゃない。

 快感に溺れたいわけでもない。

 俺はただ、ずっと鷹宮と一緒にいたい。

 ここまで俺のことを考えてくれている彼女を、守りたい。


「……俺は、鷹宮にいつか全部を受け入れてもらえる日まで、ずっと好きでいるから」

「……ほんと? 約束していい?」

「ああ。だからゆっくりでいいよ。無理しなくても、いいから」

「……ごめん。でも、うれしい。私も、頑張るから」


 少しだけ体をこっちに向けて、鷹宮は横目で俺を見ながら。

 布団の中で手を俺の方に伸ばした。


「手、繋ぎたい。いい?」

「う、うん」


 俺も手を伸ばす。

 そっと、彼女の指に俺の指が触れると。

 向こうから指を絡めてきた。


「こ、こういうことしたら、余計にムラムラさせちゃう、かな」

「……まあ、ちょっと。でも、今は充分うれしい」

「そのうち、嬉しくなくなるの?」

「ならないよ。ずっと、こうしていたい」


 ぎゅっと固く手を繋いだ。

 互いに少し近づけば唇も体も触れそうな距離に俺はやっぱりドキドキもムラムラもしていたけど。


 そんなことよりも、彼女の少し冷えた手が心地よくて。

 俺の体温でほぐれていく彼女の手が柔らかくて。


 互いの息遣いを聞きながらやがて眠りに落ちた。



 

 

 

 

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