第67話

「すんすん。ねえ、さっきミカと会ってた?」


 玄関のチャイムを鳴らすと、鷹宮はすぐに扉を開けてくれたあとで鼻をスンスンさせてから俺を睨んだ。


「あ、いや、まあ。偶然家の前で」

「偶然? ミカがうちの前に来るなんてどうしたのかしら」

「でも近所なんだから通りかかることもあるだろ」

「なんでミカの家知ってるのよ。まさか」

「何がまさかだ。髪切る時お邪魔しただろ」

「あ、そっか。じゃあ浮気してない?」

「じゃあってなんだよ。心配になって来たのに」


 いつもの調子で疑心暗鬼な鷹宮に少し呆れたように言うと、彼女は「心配?」と首をかしげた。


「あ、いや。それはだな」

「何かあったの?」

「……実は」


 円城さんがうちに来たらしい、なんて言えばまた怒られるかもしれないとは思ったけど。

 嘘はつきたくない。

 

 俺はどうして鷹宮の家に飛んできたのかを説明した。


「……ってわけで、なんか嫌な気がしたんだ」

「そっか。じゃあ、もしかしたら円城調がうちに来るかもしれないわけね」

「まあ、可能性の話だけど」

「あー、その言い方ちょっとミカっぽい。なんかやだ」


 と、頬をぷっくりさせてわざとらしく拗ねる鷹宮は、玄関の扉のノブを持ったまま、目を見ずに聞いてきた。


「じゃあさ……今日は泊まっていかない?」

「え? いや、でも」

「べ、別に怖いわけじゃないけどさ。気になって寝れないと明日はまだ学校だし、仕事にも支障をきたしたらいけないから」


 そう言って手招きすると、彼女は先に家の中に入っていった。


 さすがに俺から押しかけておいて帰るわけにはいかないだろうと。

 また、鷹宮の家にお邪魔した。



「はい、コーヒー」

「……ありがと」

「なによ、せっかく来たのになんでそんなにテンション低いの?」

「い、いや、なんでもないよ」


 リビングで俺は以前と同じ場所に座って、鷹宮がコーヒーを出してくれて。


 まるであの日の再現のように同じなのに。

 緊張感が以前の比にならないのはなぜか。


 あの時は鷹宮の気持ちがイマイチわからなかったから期待より不安が大きかったけど。

 今はなんとなく、期待してしまっている。

 鷹宮との関係が、進むことを。


 改めて告白するその日までは仮初の関係なのだからそんなことを考えてはいけないのに。

 なんかさっきからずっと、照れくさそうに顔を赤くして俺をチラチラ見てから鷹宮が可愛すぎて頭が回らない。


「……あのさ、やっぱり一応母さんに連絡を」

「しておいたよ。今日は一人で怖いから来てもらったって」

「そ、そっか。ええと、明日は生徒会の仕事なにする?」

「んー、明日考える。ねえ、そういえばお風呂入った?」

「え? いや、まだだけど」

「わ、私はもう入ったからさ。あの、そのままだと嫌でしょ? 入ってきたら?」


 言いながらなぜか鷹宮の顔が真っ赤になっていた。

 そして「わ、私は部屋にいるからタオルは畳んであるの使ってね!」と。

 大きな声で言ってから部屋を飛び出していった。


「……風呂、か」

  

 まさか彼女の家で風呂に入ることになろうとは。

 まあ、今から帰ってまた来るという選択肢もあるけどそんなことしたら鷹宮がまた怒るかもだし。


 さすがに風呂も入らずに寝るわけにはいかないし。


 ……風呂、借りるか。

 


「……」

 

 廊下の奥の灯りがついているところに行くと、そこが風呂場だった。


 脱衣所にはタオルが数枚畳まれていて、俺は恐る恐る服を脱いでから空のカゴにいれて、風呂場へ。


 うちと似たような、なんの変哲もない風呂場。

 しかし洗面器や椅子はピンク調で、どことなく女の人が使っている雰囲気がする。


 風呂のフタをあけると煙が立ち込めていた。

 まだ入れてそんなに時間は経っていないようだ。


 そういやあいつは風呂に入ったって言ってたっけ。

 ということはつまり、鷹宮がちょっと前にここで……いや、変なことを考えるな。

 風呂に入るだけなんだ。

 同じお湯に浸かったからって、だからなんだという話だ。


 それに、もしかしたら鷹宮はシャワーを浴びただけかもしれないし。


 鷹宮のシャワー……あー、ダメダメ。

 まじで変なことを考えるなって。


「……さっさと入って出よう」


 なぜか湯船に浸かる時、「失礼します」と声が出た。


 風呂の温度はちょうどよかったのに、やっぱり落ち着かなくて。

 少し温まったらすぐにシャワーで体を洗って風呂を出た。


 でも、体はのぼせたように熱く心臓は飛び出しそうなくらいドクドクと脈打っていて。


 俺は体を吹いたあとも少しの間、頭がクラクラして動けなかった。



「……ど、どうしよう」


 勢いでお風呂とか言っちゃった。

 わ、私が入ったお風呂に今頃涼風君が……ど、どうしよう変態だと思われちゃう。


 こ、こんな時ってどうすればいいのかな。

 お風呂あがりの彼がそのまま部屋に来ちゃうんだよね?

 私……期待、してるのかな。

 でも、不安にも思ってる。


 そういうことをしたら、彼との関係が変わっちゃうんじゃないかって。

 もしかしたら彼も、私とそういうことがしたくて優しいだけだったのかもって。


 信じたいのに、不安になる。

 そうなりたいけど、そうなりたくない自分がいる。


 ……どうしたらいいんだろう。

 こんな時、ミカなら多分答えを知ってるんだろうけど。

 教えてはくれないだろうし。

 第一、こんなこと相談なんて……ん?


「ミカから?」


 ラインがきていた。

 そして、見るとわたしは体がカッと熱くなった。


『彼氏のお風呂あがりに欲情しすぎてのぼせないようにね。浴場だけにー、なんちって』


 ミカにはなんでもお見通しだった。

 ただ、自分が欲情してるなんて思うと、恥ずかしくて体が熱くなってまるで風呂あがりのようにのぼせていた。


 ……今頃、お風呂入ってるのかな。

 見に行きたいけど、行けない。

 変態だと思われたくないし。

 それに、多分私の方がのぼせて倒れてしまう。


 ただ、彼が私の家の風呂に入っているだけなのに。

 こんなに興奮してる私って変なのかな。


 涼風君は、どうなんだろう。


 私が入ったあとのお風呂だよ?

 ドキドキ、してくれてるかな?

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