第70話


「ねえミカ、せっかく涼風君と仲良くお話してたのに何の用事よ」

「おーおー、ついに親友より男を取り始めたか。いよいよ病み街道まっしぐらね」

「や、病んでないもん。で、どうしたの?」

「んー、今日は円城って子は休みだったのよね?」

「そうだけど、どうしたの?」

「多分あの子、学校にいると思うのよね。ま、理由や目的はなんとなく想像つくけどさ」

「な、なんでそんなことわかるの?」

「んー、足音とか?」

「え?」

「あはは、こっちの話。勘よ勘」

「でも、学校休んでるのに学校いるって怖くない?」

「そ。不気味よね。とりあえず、今日も涼風君から離れないことね。私もずっとあの子の相手は疲れるし」

「ずっと?」

「それもこっちの話。でも大変よねえ、マリアといいあの子といい、どうして邪魔ばっかするかねえ」


 ミカは他人事のように笑いながらどこかに行ってしまった。


 私はその後すぐに教室に戻ってみたが、やはり円城の姿はなく。


 でも、ミカが嘘を言うとも思えない。

 きっと今も学校のどこかに潜んでいるに違いない。


 ……ミカの言うこと、守らないと。



「お、おい教室だぞ」

「いいの。今日は離れたらいけない日なの」

「……」


 また、鷹宮の変なスイッチが入った。

 授業がもうすぐ始まるというのに、鷹宮がなぜか俺の隣に来て腕にぎゅっと抱きついて離れようとしない。


 なんなんだこれ?

 めっちゃ見られてるんですけど……。


「きゃー、鷹宮さん可愛い!」

「選挙を一緒に戦い抜いて愛が深まったのね」

「ちょっとあんた、その席代わってあげなさいよー」

「そーよそーよ」


 わーきゃー騒ぐ女子たちが、俺の隣の席の人に席を譲れと言い始めた。

 その空気に耐えられなかったのか、「あの、よかったらどうぞ」と、隣人は荷物をまとめて鷹宮の席へ移っていった。


「ふふっ、じゃあみんなの好意に甘えましょ? 離れちゃダメだからね?」

「いや、授業中に席くっつけるのはダメだから」

「誰が決めたの? 総務省のマニュアルにそんなこと書いてる?」

「……知らねえよ」


 譲られた席にそのまま座ると、机を俺の方へ寄せてきて、また俺にがっちり抱きついて離れない。


 抵抗しても、これがなんでか鷹宮の力が強くて振り解けない。


 クラスメイトはそろって「うん、尊い」と謎の呪文のようにそう言って頷いてばかり。

 

 最後は諦めて抵抗しなくなったのだけど、始業のベルが鳴ると話は別。

 さすがに離れるだろうと考えていた俺が甘かったようで、鷹宮は先生が来てもお構いなし。


「鷹宮さん、何をしているんですか?」と、少々怒り気味で先生が問うた。

 

 しかし鷹宮は「先生、ちゃんと授業は聞くので見逃してください」なんて。


 真剣どころか、なんならちょっと泣きそうな目で訴えるもんだから先生も何も言えなくなって。


 俺は右腕をロックされたまま、一切の板書をとれずに授業を聞いた。



「じゃあ鷹宮さんまたねー。お幸せにー」

「お幸せにー」


 放課後。

 クラスの女子たちからの「お幸せに」エールがなんか恒例になってきてしまった。


 鷹宮に手を振りみんなが出て行くと鷹宮は「ふふっ、なんか今日はいい午後だったね」などと、人の気も知らないとはまさにこのことな発言と共に満面の笑顔を向ける。


「……恥ずかしくて死にそうなんですけど」

「わ、私だって恥ずかしいもん。でも、ミカが今日は絶対に涼風君と離れちゃいけないよって言うから」

「……なんでそんなことをミカさんが?」

「な、なんか円城が学校にいるらしいのよ」

「は? 学校休んでおいてなんでそんなことを」

「わかんないわよそんなこと。でも、なんか怖いでしょ。だから生徒会室までもこのまま行くわよ」


 腕組みしたまま。

 俺たちは教室から生徒会室へ向かった。


「しかしあれ以来、神宮寺をすっかり見かけないけど絡まれたりしたか?」

「なによ、会いたいの?」

「そんなわけないだろ。ただ、あれだけしつこかったやつが一度負けたくらいで何もしてこなくなるものなのかなって」

「マリアはプライド高いし、一回の負けでもダメージは普通の人以上なんじゃない?」


 なんて話をしていると、「その通りです」と。


 後ろから声がして、振り返るとそこには時任さんがいた。


「今日も変わらずご馳走様です会長、それに副会長」

「い、いきなり後ろから声かけないでよ。で、その通りっていうことはマリアから何か聞いたの?」

「ええ。これでも私とマリアさんは幼馴染ですから。毎晩愚痴の電話がきて困ってます」

「ふーん、そんなに仲良いんだ。でも、それだったら余計に不思議なんだけど」

「何がです?」

「あなたがよ、時任書記。普通、幼馴染を裏切ってそのライバルにつくなんて考えにくいもの」


 俺にぎゅっとしがみついたまま、鷹宮が少し語気を強めて聞くと。

 時任さんはメガネをクイッとあげながら涼しげに答えた。


「あの人は少々甘やかされすぎですからね。一人くらい厳しくしてあげる人間がいないと彼女の人間性が歪んでしまいます。世の中、自分の思い通りにならないこともあると若いうちに知っておくのも彼女のためです」

「な、なるほど。じゃあ敢えて厳しく接してあげてるってこと?」

「理解が早くて助かります。しかし会長は一切、私の真似などしなくていいですから」

「と、いうと?」

「突き放すというよりむしろつつき合っていてください」

「どゆこと?」

「こっちの話です。さあ、仕事の時間です」


 と、先に生徒会室へ向かう時任さんを追いかけて、三人で仕事に移った。


 部屋に入るとまず、「さあお座りください」と、俺たちをソファに座らせてから時任さんは奥の給湯室へ。


 そして「今日はお二人で仲良くコーヒーでも」と、あたたかいコーヒーを出してくれた。

 ご丁寧にラテアートまで施されており、しかも柄はそれぞれにハートマークが。


 驚く俺たちに「家が喫茶店を営んでおりますゆえ」と、メガネをクイっとあげる時任さんはどこか得意げに席について。


 コーヒーをゆっくり飲む俺たちを見て「今日も捗りますね」なんて言いながら、一人で書類整理を始めてしまった。



 


 

 

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