第65話

「おばさま、ご馳走様でした」

「何言ってるのよ、リアラちゃんがほとんど作ってくれたんだから。洗い物はやっておくから二人でゆっくりしてて」


 ほとんどリアラが作ったというパスタはこれがなかなか絶品だった。

 母さんを交えて三人で夕食を終えると、ご機嫌な母さんが片付けをしてくれることになり俺と鷹宮は二人でリビングに移動した。


「ご馳走さま。なんかどんどん料理うまくなってるな」

「ほんと? だとしたらおばさまの教え方が上手なのよ」

「そうか? 俺も昔教えてもらったけど全然だし。なんか秘訣とかあるの?」

「……愛情込めたら美味しくなるよって教えてもらったの」


 顔を隠しながら照れくさそうに言う鷹宮を見て、俺も顔が熱くなった。


「……恥ずかしいってそういうの」

「い、いいじゃんせっかく家で二人きりなんだし。嫌だった?」

「まあ、嬉しいけど」

「……うん」


 互いに照れてしばし沈黙。

 そのあと、鷹宮が気まずい空気を払うように話題を変えて話し出した。


「ね、ねえ。連休のことだけどさ、水族館は行くとして他どこにいく?」

「そうだなあ。思い切って隣町より遠くにいくとか」

「あ、いいかも。じゃあ遠出もちょっと考えよっか」


 そのあと、二人で一緒に隣町より離れた場所でいいところがないか探していると。


 鷹宮が「あっ」と言って手を止めた。


「行きたいとこあったのか?」

「うん。遊園地」

「遊園地?」

「ダメ? 小さいところだし入場料も安いからさ。なんか行ってみたいなって」

「ふーん。じゃあ行ってみるか」

「やった。約束ね」


 鷹宮が小指を立てて俺に向けた。

 指切りか。

 破ったら指切られるんだっけ?

 いや、大丈夫か。


「ああ、約束」


 彼女の小指に俺の小指を絡ませた。

 互いに顔を見合わせてから、鷹宮は優しい笑顔を向ける。


「ふふっ、楽しみ。じゃあ約束破ったら指切るからね」

「だからそれ違うって」

「いいの、絶対守るから」

「……そうだな」


 指を解くと、ちょうど時計が鳴った。

 もう夜になる時間だ。


「そろそろ帰る? 送っていくから」

「……そ、だね」

「一人だとやっぱり寂しいか?」

「ま、まあちょっとはね。でも、帰ってお風呂入ったらすぐラインするから。ちゃんと返してよね」

「わかった」


 鷹宮はそれでも寂しそうにしていたけど、さすがにうちは両親もいるし、なにより泊まっていけばなんて誘う度胸が俺にはなかった。


 それに、まだ俺たちの関係は仮初のまま。

 一度その道を選んだ以上、先に進むのはちゃんと告白してからにしたい。


 そんな想いを胸に秘めたまま、二人で家を出た。


 外はすっかり暗くなっていて、鷹宮は「ほんと、一日が早いね」と。


「わかる。なんか最近特に思う」

「ねっ。前は早く朝が来ないかなってずっと思ってたのに、なんかあっという間」

「楽しいから、かな。毎日色々あるし」

「私も。明日も仕事頑張って週末はいっぱい遊ぼうね」


 明るい様子で前を見つめる鷹宮を見て、少し安心した。

 今日は呼び出される心配はないと思うと、ホッとするし寂しくもあったけど。

 彼女が家に入るのを見送ってから俺は一人で夜道を引き返す。


 すぐに鷹宮にラインでも送ろうかとスマホを手に取った時。

 ふと頭によぎってしまった。

 それがいけなかったのだろう。


「こんばんは、鏡君」


 夜の暗闇から、円城さんが現れた。


「……こんばんは」

「あ、やっと口きいてくれた。やっぱりあの女に束縛されてるんだ」

「あの、帰らないといけないから」


 挑発的な円城さんを無視してその横を通り過ぎた。

 やっぱり、俺に後悔なんてないんだって改めてわかった。

 彼女の顔を見ても、もう心があたたかくなったり胸が苦しくなったりしない。


「あの時、鏡君に関わらないって約束を私が守ったから、尾藤君たちから君が攻撃されなくて済んだんだよ?」


 彼女の言葉に足を止めてしまった。


「尾藤……なんで尾藤君の話がでてくるんだ?」


 尾藤とは、確か中学では不良グループに位置していたやつだ。

 でも、俺はほとんど話したこともなかったのに。


「尾藤君がね、私と鏡君が付き合ったら君をいじめるって。怖くて、あの時はああするしか方法がなかったの。それに、結果的に尾藤君は君に何もしなかった。私はホッとした。君と喋れないのは辛かったし誤解されてるのは苦しかったけど、それでも君が無事ならそれでいいって。私が憎まれたって、君が酷い目に遭うよりはマシだって。でもね、本当は違うんだよって、君のことが好きだからそうしたんだってずっと言いたかった。急な転校が決まって言えなかったけど。だから私と、もう一度仲良くしてほしいの」


 誰もいない夜道に、透き通った彼女の声が響いた。

 俺は思わず彼女を見た。

 すると、


「お願いだから……」


 泣いていた。

 なんで、この人は泣いているのだろう。


 俺はやっぱり、理解が追いついていなかった。


「……ごめん円城さん。俺、帰るから」


 気まずさと心苦しさに苛まれながら俺は振り返って家に向かった。


 泣いている子を無視して帰宅する罪悪感は、今までに経験したことのない痛みだった。

  

 まただ。

 また、円城さんは俺に辛い感情を教えてくる。

 

 彼女の言っていたことが本当だとして。

 今更それが何になるっていうんだ。


 せっかく俺は鷹宮のおかげで前を向けるようになったのに。

 なんでまた、円城さんは俺を過去に引きずり戻そうとするのか。


 もう、ほっといてくれよ。


「ただいま」

「おかえり鏡。さっき同級生の女の子が来たわよ」


 玄関先で俺を出迎えた母さんがそう言った。


「え、誰?」

「確かね、円城さんって子だったわよ」

「円城さん!? そ、それでどうしたの?」

「二人でリアラちゃんの家に行ったって行ったら納得して帰っていったけど」

「……ごめん、ちょっと出てくる」


 俺は慌てて家を出た。


 なんか嫌な予感がする。


 円城さんが鷹宮の家に行こうとしてるんじゃないかって。

 そんな気がして俺は再び鷹宮の家に走った。

 

 

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