第64話
「お疲れ様です生徒会長、副会長」
生徒会室の前には、先に来ていた時任さんが立っていた。
「お、お疲れ様です。ええと」
「時任書記です」
「と、時任書記、早かったですね」
「ええ、まあ。仕事ですから」
眼鏡をクイッとあげながらどことなくカッコつけた様子で言ってから、「というわけで早く鍵を開けてください」と。
鷹宮は先生から預かった鍵で部屋を開けた。
中に入ると、教室と同じくらいの広さの部屋だったが、大きな会議机や本棚など教室とは全く違う雰囲気に思わず声が出た。
「へえ、本格的だな」
「だね。ええと、席はどうするのかな」
「その二人がけの机に会長と副会長は並んで座ってください。私はそちらの離れた席で作業をしますので」
と、なぜか仕切り始めた時任さんが指定した席を見ると、そこには二人がけのソファと、広めの机が置いてあった。
「……これって元々あったのか?」
「いえ、昨日のうちに先生にマスターキーをお借りして私が搬入しました」
「え、時任さんが? でもなんでまたそんなことを」
「尊いを充電したいからです」
「とおと……?」
「こっちの話です。さあ、お二人はそちらに腰掛けていちゃ……いち早く仕事をしてください」
メガネをクイッとあげながら。
時任さんは俺たちの席と反対にある場所に座った。
俺は少し気まずさを覚えながらも椅子に座ると、鷹宮も俺の隣に来て。
「ふふっ、なんかデートみたい」と。
人の気も知らないと嬉しそうにしていた。
それを見てまた、「うん、はかどる」と時任さん。
そのあと、黙々と書類の整理を始めた。
「なんか時任さんって不思議な人だよな」
「うん。でもまあ、仕事はできそうだし案外適任だったかもね」
なんて話している間もずっと、時任さんは手を止めずに淡々と作業をしていた。
さすがにやらせっぱなしは悪いと思い、何かすることはないかと聞いたら「今日のところはないのでそのまま二人でくつろいでいてください」と。
少し気まずさを覚えながら、二人でまたソファに座った。
「ふう」
「やっぱり顔色よくないよ? 今日は先に帰る?」
「いや、大丈夫。でも、円城さんの言ってたことってどういう意味だったんだろ?」
過去に俺を拒絶して、トラウマを植え付けたあの子が。
いきなり俺の前に現れたかと思ったら今度は好きだったなんて言い出した。
なにがなんだかさっぱりだ。
考えるだけで今もまた、少し気分が暗くなる。
「……気になる?」
「え、いやまあ、なんのつもりなのかってくらいは」
「やだ。気にしちゃヤダ。あんな女の言うことなんか考えないで」
「……そうだな」
時任さんがいるにも関わらず、さっきみたく俺に腕を組んでベタベタしてくる鷹宮にまた胸が高鳴った。
でも、どこか気持ちが安らぐ。
さっきまで少し苦しかった呼吸が楽になる。
不思議だな、ほんと。
「ねっ、今日は帰ったらパスタ作ってあげる。生徒会副会長就任のお祝い」
「それなら会長就任祝いだろ」
「じゃあどっちも。帰りにコンビニでデザートも買ってかえろ?」
「う、うん」
円城さんの話になると急に鷹宮が甘え出す気がするのは気のせいではないだろう。
やきもちってことか。
……可愛いなおい。
「ふふっ、じゃあ後三十分したら今日は帰るわよ。いいかしら、時任さん」
「時任書記とお呼びください」
「……時任書記、それでいいかしら」
「仰せのままに」
時任さんの資料をめくるスピードが心なしか上がった。
俺たちは少しの間片付けや掃除をしようと席を立ったのだけど、時任さんから「作業が捗らないのでそちらにお座りください」と。
またしばらくソファに座って、時任さんの仕事っぷりを眺めていた。
◇
「本日は大変捗りました。ではまた明日、ご馳走様でした」
時間が来たところで、時任さんはさっさと片付けをして先に生徒会室から出ていった。
「ご馳走様って……ほんと、変な人だな」
「メガネ外したら絶対可愛いのにね。でも、あの子は害がなさそうでよかったわ」
「うん。俺たちも帰ろっか」
一緒に施錠して、職員室に鍵を返してから俺たちも学校を出た。
いつもより少し遅い下校となったが、運動部は相変わらず精力的にグラウンドで汗を流していた。
「みんな遅い時間まで頑張ってるんだな」
「ほんとね。私たちも負けずに頑張らないと」
賑やかなグラウンドを横目に正門へ向かっていると、遠くで黙々と走る円城さんの姿が見えた。
もちろん俺はそれに対して何も言わなかったけど。
鷹宮も気づいていたようで、少し悲しそうに言った。
「私って、涼風君には相応しくないのかな」
「……円城さんの言葉なんか気にするなよ」
「だって……なんかあの女、昔の彼女みたいな雰囲気出してくるし。ねえ、ほんとに何もなかったの?」
「ない。それに、今はむしろあの時冷たくしてくれて感謝すらしてるよ」
「なんで?」
「だって、ほら。ええと、そのおかげでこうして、鷹宮と仲良くなれたわけだし」
放課後の円城さんの言葉を聞いて、不可解な点に困惑もあったがそれより先に後悔が頭をよぎった。
彼女への未練とかではなく、自分自身に。
もし円城さんの言ったことが本当だとして、俺はどれだけ無駄な時間を過ごしてきたのだろうと。
何年も人を遠ざけ、母に心配をかけて、ずっと苦しんで。
あの時、円城さんから逃げずにその理由くらいに聞いていたら。
もしかしたら違った結果が待っていたんじゃないかと思う自分がいた。
いた、けど。
やっぱり、あれでよかったんだと今は思える。
鷹宮に出会えたから。
あの時期がなかったら俺は鷹宮と知り合うことも、こうして肩を並べて歩くこともなかったかもしれない。
そっちの方が嫌だ。
だから後悔なんて、やっぱりしない。
「……そんなに私と仲良くできてうれしい?」
「ああ。だって、俺は……好きなんだから」
「だ、誰が? ミカ? 円城さん?」
「……鷹宮が、だよ」
自分で振った話なのに勝手に照れてしまった。
でも、そんな俺に対して、いつもなら「な、なによバカじゃないの」とか言いそうなのに。
「えへへ、素直でよろしい」
笑いながら腕を絡めてくれて。
また、胸が高鳴って心のモヤモヤがどこかに消えていった。
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