第63話
♤
「……なあ、食べにくいんだけど」
「ダメ。くっついてないとダメなの」
「……」
屋上にやってきた鷹宮は来るや否や俺にくっついてきて離れない。
早く弁当を食べて円城さんとどんな話をしたか聞きたいのに、話どころじゃない。
「あのさ鷹宮」
「今日はずっとこうするの。離れてあげないから」
「……円城のことなんだけどさ」
「知らない。あんなクソ女がいいって言ったらぶっ刺すから」
「……はあ」
何があったか知らないが、なんとなくいい話にはならなかったのだと想像はつく。
まあ、こうして甘えてくれるのは嬉しくないわけではないけど。
「ねえ、お弁当美味しい?」
「う、うん。美味しいよ」
「私の作ったもの以外食べたくない?」
「……うん、食べたくない」
「じゃあ、もし円城調が冷たくしてたのも涼風君のためだったとしても何とも思わない?」
「別に今更何も……ん?」
「なに? やっぱりあの子がいいの?」
「いや、そうじゃなくて。ええと、円城さんがそう言ったのか?」
俺に冷たくした理由が俺の為?
なんだその話は?
「ま、まあ言ってた。よく意味はわかんなかったけど」
「……なんなんだよほんと。今更どの口がそんなこと言ってんだ」
「ねえ、あの子とはフラれる前って結構仲良かったの?」
心配そうに鷹宮が聞いた。
今は嫉妬とかでなく、彼女なりに円城さんのことを知りたいという意味で聞いているのだろう。
「まあ、二人で話すことは多かったかな。多分だけど彼女も付き合ってる人とかいなかったぽいし、毎日彼女の方から声をかけてくれてたような」
「ふうん。そうなるきっかけはあった?」
「……いや、別に。ある日から自然に話しかけられだして、親しくなったような」
忘れてるとかではなく、特別なきっかけなんか本当になかった。
強いて言えばクラスが同じだったくらいか。
「で、ある日突然突き放されたってわけ?」
「まあ、そんな感じかな」
「なるほど……うーん」
「何かわかったのか?」
「ううん、さっぱり。ミカはなんとなくわかってたみたいだけど」
「一緒だったのか? だったらミカさんに聞けば」
「ダメ、教えてくれなかった。なんかチートがどうのって。チートってなに?」
鷹宮はまるでわかっていない様子で首をかしげていた。
ただ、ミカさんの事情を聞いた今なら俺には彼女の言いたいことがなんとなくわかる。
ミカさんの能力は確かにチートだ。
あんな異次元の観察眼に一度頼ってしまったら、自分で考えるってことをしなくなってしまう。
だから敢えて答えは教えない。
彼女はおそらくそう言いたいのだろう。
「まあ、それでもヒントくらいはくれるかもしれないし。放課後、ミカさんと話してみてもいいか?」
「ダメ、浮気」
「いや、それだけはないだろ」
「ダメなものはダメ。今日はずっと一緒にいるの」
「じゃあ三人で飯でも」
「やだ。ミカの前でこんなことしてたらいじられるし。恥ずかしくて死んじゃう」
「……はあ」
今は何を言っても無駄なようだと、一旦考えることをやめた。
そして鷹宮に片腕を抱きしめられたまま弁当を食べて。
屋上から教室に戻る時もずっと、彼女は俺にくっついて離れなかった。
もちろん教室でも。
昼休みの残り時間はずっと俺にくっついていて、クラスメイトたちの生暖かい目線が注がれていたのは言うまでもない。
俺の方こそ恥ずかしさで死にそうだった。
でも、どうしても鷹宮は円城さんにこの姿を見せつけたいのか教室にいない円城さんが戻ってくるまでずっとこうしてるんだと言って聞かなかった。
ただ、円城さんはそんな鷹宮の考えを見透かしたように、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴って少ししてから、鷹宮が渋々席に戻ったあたりで教室に帰ってきた。
そしてゆっくり着席して、何事もなかったかのように次の授業の準備をしていた。
◇
「さてと、生徒会室に行かなきゃ」
放課後。
真っ先に俺のところに来て隣を陣取ると、何かを警戒しながらそう言った。
「そうだな。じゃあ準備するからその手を離してくれないか?」
「ダメ、今日はくっついてないといけないの」
右手を絡め取られ、動きづらい。
それに、やっぱり人前でベタベタされると恥ずかしくて仕方ない。
「鷹宮さんまた明日ー」
「お幸せにー」
「尊ーい」
見守るような笑顔で手を振ってくる女子たちに嬉しそうに手を振り返す鷹宮だったけど、俺は恥ずかしさが限界突破して、鷹宮を連れてさっさと教室を出た。
すると、待ち構えていたように廊下に立っていたのは円城さんだった。
「あ、お疲れ様。鏡君、生徒会入ったんだってね」
まるで鷹宮のことなど見えていない様子で話しかけられて、俺は戸惑いながらも彼女の言葉をスルーした。
「……行こう鷹宮」
そのまま聞こえないフリしてやり過ごそうと、鷹宮を連れてこの場を離れようとしたその時。
円城さんは静かに言った。
「私、今でも鏡君のこと好きだよ?」
理解が追いつかないその一言に俺は思わず足を止めてしまった。
見上げると、窓から差し込む夕日に照らされて赤くなった円城さんが真っ直ぐ俺を見つめていた。
「な、何わけわからないこと言ってるのよあんた」
俺の腕を一層強く抱きしめながら鷹宮が反応してしまった。
すると、
「私もね、ずっと辛かったの。転校することになって、もう忘れようと思ってた。でも、この街に戻ることになって、鏡君と同じ学校に行くってなって運命を感じたの。あの時はごめんなさい。でも、ああするしか君を守る方法を思いつかなかった。だからまた、仲良くしてほしいの。ちゃんと、君を傷つけた罪は償うから」
円城さんはまた、鷹宮を無視して俺に語りかけてきた。
その言葉の全てが、優しい口調が、切ない笑顔が全部、俺の頭を混乱させた。
一体俺は何を見て何を聞かされているのか。
ここにいるのは俺が知っている円城調なのか。
そもそもあの時俺を拒絶した彼女はなんだったのか。
情報が頭の中でぐちゃぐちゃになり、俺は一瞬目眩がした。
「うっ……」
「だ、大丈夫涼風君? ねえ、いい加減にしてよ」
鷹宮が俺を支えてくれながら円城さんを睨む。
すると、彼女は初めて鷹宮の方を見た。
穢らわしいものを見るような目で。
「……あなたはやっぱり相応しくない。絶対に鏡君をあなたにだけは渡さない」
言って、円城さんは去っていった。
「なんなのあいつ? 意味わかんない」
「……」
「ねえ、大丈夫? 顔色悪いよ? 保健室でも」
「いや、いい。それより早く生徒会室に行こう。座りたい」
まだ少し頭をクラクラさせながら、鷹宮に付き添われる格好で一緒に生徒会室へ向かった。
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