第62話

「やっぱり仲良いんじゃないの? ねえ、どうなの?」


 出て行った鷹宮を追いかけると、廊下に出てすぐのところに彼女は立っていた。

 で、人目も憚らず俺に説教がはじまる。


「だ、だから違うって。その証拠に俺は無視しただろ?」

「じゃあ、あの幼馴染感出して挨拶してくる態度はなんなの?」

「俺が聞きたいよそんなの」


 言い合ってる間もずっと、通り過ぎていく生徒たちにチラチラ見られている。

 ただでさえ先日の生徒会で全校生徒に顔が割れてるから注目されがちだし、変な評判が出回る前に不毛な言い合いを終わらせないと。


「じゃあ、勝手にあの女が馴れ馴れしくしてきてるのね?」 

「だからそうやって言ってるだろ」

「わかった。じゃあやっぱり私、ちゃんとあの女に釘を刺しておくから。止めないでね」


 鷹宮は機嫌悪そうにそのまま教室に戻っていった。


 俺は少ししてから恐る恐る教室に戻ると、鷹宮はちゃんと席に座っていてホッとした。

 あいつのことだから、例えではなく本当に釘をぶっさしていないか心配だったけど。


 さすがにそんなことはしない、よな。

 なんて思いながら鷹宮の席のそばを通ると、彼女は俺にも気づかない様子で鉛筆を削っていた。

 カッターで丁寧に、シャコシャコと。

 入念に、集中して。

 その姿を見て俺はまた不安になった。


 頼むから暴力沙汰なんか起こさないでくれよ……。



「じゃあ、今日は屋上で待ってて。ついてこないでよ」


 昼休みになってすぐ。

 鷹宮は俺にそう言ってから円城さんのところに向かった。


「円城さん、ちょっといいかしら」

「あら、鏡君の彼女さんだよね? 何かお話?」

「……ちょっとね。私についてきてくれる?」

「もちろん。ちょうど私もね、あなたと話したいって思ってたの」


 なぜか余裕たっぷりな円城さんに対し、仕掛けた側の鷹宮はイライラを我慢しているのが見え見えだ。

 あんなのでちゃんと話なんてできるのか不安だったが、ここは鷹宮を信じるしかないと。

 彼女たちが教室を出て行ったあと、言いつけを守って屋上に向かった。



「この辺でいいかしら。ねえ、あなたどういうつもりなの?」


 人通りの少ない階段の踊り場まで来て、私は足を止めて振り向きざまに聞いた。

 すると、円城調は何が悪いのかと言わんばかりに笑っていた。


「ふふっ、中学校の同級生に挨拶するのにどういうつもりって聞かれても、ねえ」 

「そ、そういう話じゃないのよ。ほら、ええと、あなたって、その」


 言いたいことはたくさんあるのに、なぜかこの子を前にすると調子が狂う。

 涼風君の初恋の人だと思うだけでイライラするし、私が明らかに怒ってるのになぜか涼しい顔してるし。


 なんでこんな余裕そうなの?


「あの、鷹宮さん。何が言いたいの?」

「だから」

「あー、リアラ。なにしてんのー」


 あたふたしているところに、ミカが来た。

 そういえばミカも一緒に来てくれるって言ってたのに、焦ってすっかり忘れてた。


「あなたは?」

「私? リアラの隣のクラスの篠崎ミカですよー。君は?」

「私は昨日転校してきて、鷹宮さんと同じクラスになった円城調です。あの、ちょっと鷹宮さんとお話してるので」


 丁寧に対応する円城に対して、ミカは「じゃあ私も混ぜて混ぜて」と。

 いつもの調子で私の隣にきた。


「ふうん、仲良しなんですねお二人って」

「まあねー。で、何の話してたの?」

「それは鷹宮さんに聞いてください」

 

 円城は笑っているようで、全然目が笑っていない。

 私たちのことを警戒してるみたい。

 まあ、当然か。


「ミカ、こいつが涼風君を長年苦しめてきた元凶よ」


 言ってやった。

 澄ました態度が気に入らない。

 

「元凶、か。私に拒絶されてそんなにショックだったんだ。ふふっ、やっぱり鏡君って私のことが大好きだったのね」


 なぜか。

 円城は嬉しそうに笑った。


「な、何言ってるのあんた? 涼風君はね、別にあんたのことなんか好きでもなんでもないのよ」

「じゃあどうして私のことでそんなに彼が胸を痛めているの? 私のことが大好きだったから、私に拒絶されて辛かったんでしょ?」

「この……」


 私が胸ポケットのペンに手を伸ばそうとした時に、ミカがそれを止めた。


 この白々しい顔を引き裂いてやりたいのに。


「落ち着いてリアラ。ねえ円城さん、自分でさっき言ったように涼風君を拒絶した自覚はあるのよね? だったら今になってどうして平気な顔して彼に接触できるの? 普通、相手は嫌がるって思わない?」


 私の代わりにミカが聞いた。

 すると円城は、「普通ならね」と。


「……じゃあ、あなたの場合は普通じゃないケースってこと?」

「一から十まであなたたちに話す必要はないと思うけど」

「でも、リアラは涼風君の彼女なんだから知る権利はあると思うけど?」


 ミカが少し嫌味っぽく言う。

 円城は、苛立つ私の方を見て「ま、それもそうですね」と言ってから。


「じゃあ少しだけ。私が彼を遠ざけたのは彼の為、だったとしたらどうですか?」


 円城はそう答えた。


「……なによそれ。彼を傷つけたのも全部彼の為だったとでも言いたいの?」

「あら鷹宮さん、理解が早くて助かるわ。そう、全部彼の為だったの」


 当たり前だろと言いたげに円城が言った。

 その言葉に、言い方に私は。

 我慢の限界だった。


「このクソ女……」


 円城を睨みつけながらゆっくり近づこうとした時。

 またミカに止められた


「落ち着きなさいリアラ」

「だ、だってこいつが……こいつが涼風君を」

「ふふっ、短気なんですね」


 ミカを振り払おうとする私を見て笑いながら円城は言った。


「さ、さっきから何がおかしいのよ」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、お話できてよかった。涼風君がどんな女の子とお付き合いしてるのか気になっていたので」

「別にあんたには関係ないでしょ」

「別に私、鏡君をあなたから奪おうなんてつまりはなかったの。ただ、あの時傷つけたことを謝りたくて。あと、あの日の真実をやっぱり知ってもらいたくて。それさえできれば、寧ろ彼に恋人ができたことも素直に祝福したかったの」

「真実……?」

「それこそお二人には関係ない話だから。でも、気が変わった。鷹宮さん、あなたは鏡君に相応しくない。嫉妬深くて、暴力的で。心優しい彼にはね、もっと相応しい人がいると思う。私はあなたを認めない」


 初めて、円城の口調が強くなった。

 そして私の話を聞かずにそのまま去っていった。


「……なんなのあいつ」

「リアラ、多分だけどあの子には何を言っても無駄よ」

「じゃあ、どうすれば」

「んー、しばらくは涼風君から離れないことね。一緒にいれば、単独で接触されることもないわけだし」

「……ミカはなんとなく、あの子の事情も察してるんでしょ?」

「憶測だけどね。でも、私は答えないよ。それをしたらチートだから。バグに頼るようなもんかな」


 だから自分で考えなさい、と。

 珍しく複雑な表情のまま、ミカも先に教室に戻っていった。

 

 

 

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