第61話


「ミカー、私ずっと体がポカポカするんだけどー。また体調不良なのかなー?」

「涼風君といるとポカポカするの。つくづくウルトラ馬鹿ね、それって好きってことじゃん! ってやつですねわかりますご馳走様」

「な、なにがご馳走様なのよ」

「あはは、そういう小ネタについてこれるようになりなさい。ま、幸せそうでなによりよ。早く付き合えばーか」


 涼風君との電話を終えたあと、いつものようにミカと電話。

 今日は一段とミカの対応が雑に感じるのは気のせい?


「ねえ、もしかして私が涼風君とうまくいってて怒ってる?」

「んなわけないでしょ。むしろそこまでラブラブなのにちゃんと付き合ってないという意味不明な現実に呆れ返ってるのよ」

「い、意味不明じゃないもん。ちゃんと約束は果たして、その上でまたちゃんと告白もしてもらってー、えへへー」

「アホくさ。なにその、婚約して両家の挨拶も終えて婚姻届まで出したあとで改まってプロポーズするみたいなやつ」

「い、いいじゃん私たちがいいんだから」

「でも、余裕ぶってて足元掬われないようにしなさいよ」


 いつもの如く、なんでもお見通しな様子でミカがそんなことを言うから私は幸せムードから一転不安になる。

 嫌なこと、思い出した。


「……それって、やっぱり円城さんのことかな」

「心当たりあるんだ。で、誰それ?」

「え、言ってなかったっけ? 涼風君がさ、昔ひどいふられ方したって人」

「あー、それが今日の転校生なの? でも、その彼女が涼風君に絡んできたっていうの?」

「そうなのよ。しかも家にまでやってきて。ひどくない?」

「んー」


 電話の向こうで珍しくミカが唸っていた。

 そして少し沈黙があった後、ミカは真剣な口調で言った。


「案外、この問題の核心ってもっと根深いところにあるのかもね」

「根深いところ?」

「私も聞いた話だけじゃなんともね。でも、その女に会いに行くつもりなんでしょ?」

「……まあ、涼風君に負担かけたくないし。関わらないでってくらいは言ってもいいかなーって」

「なるほどね。じゃあ明日は私もついていってあげるわよ」

「え、ほんと? なんで?」

「半分はリアラの心配、でも半分は私の興味かな。なんかきな臭いのよね」

「臭い?」

「ま、こっちの話。とりあえず、明日は普段通りラブラブしながら登校しなさい。それにその子だけじゃないわよ、問題は」


 あとは自分で考えるように。

 ミカはいつものように答えだけ教えてくれないまま、電話を切った。


「はあ……そうよね、問題は山積みよね」


 生徒会のこともこれからだし、マリアの動向も気になるところ。

 ほんと、選挙が終わったら万事解決って思ってたけど先が思いやられるな。


「あ、ラインだ」


 今度は涼風君から。

 さっき散々と意地悪言っちゃったのに、「明日から頑張ろうな」って、優しいメッセージをくれた。


 一日の疲れも、頭の中のモヤモヤも全部どこかに消えていく。

 彼がいてくれたら私、きっとどんなことでも乗り越えられる。

 ずっと一緒がいい。

 私の気持ちなんてとっくに決まってる。

 だから。


「やっぱり、あの女だけは邪魔だ」


 円城調。

 涼風君にトラウマを植え付けた張本人。

 彼を長年苦しめておいて、素知らぬ顔で会いに来るクズ。


 ころす。

 もし明日、下手なこと言ってきたら私。


「まじで燃やすから」



「いってきまーす」


 朝。

 迎えに来てくれた鷹宮と二人で一緒に家を出て学校を目指す。

 このいつもの変わらない時間がなにより落ち着く。


「あー、週末楽しみねー。水族館、ワクワクする」

「この間行ったばっかだろ」

「いいじゃん、何回行ったって癒されるんだし。それに週が明けたら……ねっ?」


 鷹宮は照れくさそうに、わかるよねと言った感じで俺を見た。

 もちろん言いたいことはわかっている。


 連休を明けたら俺は改めて鷹宮に告白して。

 正式に付き合ってくれと言うつもりだ。


 彼女もそれを望んでくれているように思えるし、はっきり言って回りくどいことなんてしなきゃよかったと思うところもあるけど。


 楽しみは先にとっておくのもいいだろう。

 ほんと、待ち遠しい。


「あら、勝者は余裕が違うわね」


 今日はやはりいつも通りの朝だ。

 神宮寺が、いつものように不適な笑みを浮かべてやってきた。


「おはよう。そうだな、勝ったから清々しいよ」

「ふんっ、そんな余裕も今のうちよ。どうせあなた達のことだから書記が見つかってないのでしょう? 今日、先生から誰が推薦されるか楽しみにしておくことね」

「あー、その件なら時任さんに決まったよ」

「そうそう、さなえなら適任よね。あの子って頭いいし……え?」

「知らなかった? 昨日、時任さん本人からお願いされて、了解したんだけど」

「はあ? なによそれ、聞いてないんですけど!」


 神宮寺は慌ててどこかに電話をかけ始めた。


「もしもしさなえ? どういうこと? え、時任書記って呼べ? いや、何言ってるのよあんた。いや、だから……あっ、切れた」


 どうやら相手は時任さんだったようだ。

 電話を終えると、「どんな手を使ったのか知らないけど覚えていなさい!」なんて。

 悪役さながらな捨て台詞を吐いて神宮寺は学校へ向いて走っていった。


「……どうやら、時任さんはシロみたいだな」

「こうしてみると、マリアって案外人望なかったのね」

「かもな。まあ、そのうち大人しくなるさ」


 神宮寺とは一旦決着はついたわけだし、やはり大した問題にはならなさそうだ。

 それよりもっと、大きな問題がある。


「……いないな」

「誰か探してる? 円城さん?」

「ま、まあな。絡まれたら嫌だろ?」

「邪魔してきたらね、燃やしてやるから」

「……」


 頼むから誰も絡んでこないでくれと祈りながら、無事学校に到着した。


 しかしどんなに避けようとしたって円城さんは同じクラスの人間だ。

 嫌でも彼女は現れる。


「おはようみんな。改めて、今日からよろしくね」


 俺たちが教室に着いてほどなくしてから彼女はやってきた。


 あの頃と変わらず、明るい笑顔を振り撒きながら教室に入ってくる円城に皆、目を奪われた。


「おはよう円城さん。今日からよろしくね」

「円城さん、今日は一緒にご飯たべない?」


 いつもなら鷹宮のところに集まってくる連中も、今日ばかりは円城さんのところに群がっていた。

 まあ、滅多にない転校生で、明るくて美人となれば自然と人気が出るのも頷ける。


 その方が俺も助かる。

 彼女にあまり暇を与えないでいただきたい。


 できればずっと。

 なんて思っていたけど、やはり現実はそう甘くはなかった。


「おはよう鏡君!」


 円城さんが、人だかりの向こうからわざわざ背伸びして俺に手を振ってきた。

 

 え、知り合い? みたいな空気が生まれてしまった。

 俺は一瞬の間で相当迷った。

 無視するべきか、無難に挨拶を返すべきか。


 無視は簡単だが、一応今日から生徒副会長として鷹宮の下で働く俺がそんなに無愛想な姿を晒していいものなのか。

 しかし返事をすればそれこそ俺の席に鋭利なものが飛んでくる気がする。


 迷った挙句に俺は無視をした。


 すると、


「えー、無視しないでよー? もしかして彼女さん結構束縛系?」


 その言葉に反応して、今度はみんなが鷹宮を見た。

 俺と鷹宮が付き合っていることは周知の事実だから、俺の彼女とはつまり鷹宮のこと。


 そんな彼女が実は嫉妬深い束縛女子だなんて聞けば、当然注目は集まるわけだが。


「……す」


 何かを呟いて、鷹宮は席を立った。

 そのまま襲いかかるんじゃないかと心配になって身構えたが、鷹宮は静かに円城さんのところに向かうと、落ち着いた様子で「おはよう」と。


 まあ、大丈夫か。

 流石にそこまで短気なわけでは……


「私の涼風君に気安く声かけないでね」


 涼しげに。

 鷹宮は声をかけてそのまま教室を出て行った。


 その言葉に場の空気が凍りついた。

 盛り上がっていた連中も、お通夜みたいな空気になって散っていった。


 円城さんも、そんな様子を見てつまらなさそうに席に着いていた。


 俺はクラスメイトからの視線を無視するように突っ伏して寝たフリ。

 あんなこと言ったら自分が束縛ひどいって自白してるようなもんじゃないか。


 ほんと、なにやってんだか。

 あっ、ラインきたかな。


 迎えにいこ……。


 


 

 


 

 

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