第60話

「あー、なんか実感わかないわね。私が生徒会長かあ」


 放課後、鷹宮も俺の家に一緒にやってきて。

 我が家のリビングで二人でお茶を飲みながら明日以降のことについて話していると、鷹宮は不安そうにそう言った。


「まあ俺もだから。手探りでやるしかないよ」

「でも、マリアも明日からはさすがに学校来るだろうし何か邪魔されないかしら」

「まあ、それも明日になってみないとわからないって。時任さんが本当に味方かどうかも怪しいわけだし」


 選挙には勝った。

 だからこそ俺たちは誰にも邪魔されることなくこうして二人一緒にいられるわけなのだけど。

 不安要素はいくつも残ったままだ。

 それに、俺にとってはもう一つ大きな不安要素が追加されたわけだし。


「……」

「ねえ、またぼーっとしてる。もしかして転校生のことを」

「ち、違うって。どっから出したのか知らんけどそのフォークを離せ」


 選挙以降、鷹宮が俺を避ける様子はなくなった。

 代わりになぜか攻撃的になった気がするが。

 なんだろう、もしかしてこいつってメンヘラなのか?


「ふんっ、せっかく二人でいるのに考え事ばかりしてるからよ。ねえ、私といて楽しくない?」


 一転、不安そうに俺を見る。

 まあ、一緒にいてずっとうわの空なんていい気はしないよな。

 鷹宮といる時くらい難しいことを考えるのはやめよう。


「楽しいよ。早く週末が来てほしい」

「……うん。水族館行って、そのあと何食べる?」

「あのカフェだけは御免だな。うまかったけど」

「ふふっ、そうね。じゃあ、この後一緒に探そっか」


 向かいに座っていた鷹宮が俺の隣に移動してくる。

 そして肩を並べて彼女のスマホを二人で覗き込みながら隣町の店を探した。

 時々肩が触れると、互いに見合って少し照れながら。

 そんな穏やかなひと時はやがて、玄関のチャイムの音で途切れた。


「あ、母さん帰ってきたかな」

「私もお出迎えする。ふふっ、今日の晩御飯は何にするのかな」


 二人仲良く玄関に行き、鷹宮が先に扉を開けた。

 すると、


「あれ、ここって鏡君の家じゃなかった?」


 そこに立っていたのは、女の子だった。

 見覚えのある端正な顔をキョトンとさせた、小柄な女子。


「円城……」

「あ、いた。こんにちは鏡君、もしかしてお友達と遊んでた? ふふっ、今日は近くに引っ越してきたからご挨拶にきたの。お父さんの転勤でまたこっちに来るなんて、びっくりだよね」


 鷹宮の後ろで呆然とする俺に対して、円城は嫌味のない笑顔を向けてきた。


 しかし、当然俺たちの間にいる鷹宮が黙っていない。


「それならご挨拶は済んだからもういい?」

「あら、お取り込み中だった? ごめんなさい。また出直すね」


 じゃあまたね、と。

 円城は涼しげに挨拶をして帰っていった。



「ねえ、あれどういうこと? 浮気? 浮気でしょ? 浮気相手を家に呼んだんだ? 最低だねほんと」


 再びリビングにて。

 しかしさっきまでの甘い空気とはほど遠く、椅子に座らされた俺を立ったまま見下しながら、いや、ずっと鷹宮は俺を詰めていた。


「いや、だから違うんだって」

「違わないもん。女の子が勝手に家に遊びに来るとかおかしいもん」

「いや、遊びに来てないだろ」

「来たの! ねえ、あの子は一体なんなの?」


 怒ってるようで、鷹宮は俺をじっと見ながらじわっと目に涙を浮かべた。


 信じてくれよと言いたかったけど、それならまず俺もちゃんと話をするべきだ。

 円城の目的はわからないけど、その素性をあれは知っている。

 隠し事なんて、フェアじゃないよな。


「……あの円城って子が、俺のトラウマの元凶なんだよ」

「え? それって、中学の時の?」

「ああ。転校してきた理由はともかく、なんで俺に馴れ馴れしくしてくるのか、一番動揺してるのは俺なんだよ」


 話しながら、薄れかけていた過去が頭にまた蘇る。

 冷たく、突き離すような目。

 吐き捨てるように言った「関わらないで」という言葉。

 円城調……。


「うっ……」 

「だ、大丈夫? ひどい汗だよ?」

「ご、ごめんつい」

「ううん、こっちこそごめんなさい。まさかあの子がそうだなんて、思わなくて」


 互いに謝ったあと、力が抜けたように椅子に座った。


「はあ……でも、言えてスッキリしたよ」

「ねえ、なんであの子は今になって涼風君に馴れ馴れしくしてくるの? 涼風君にひどいことしたんだよね?」

「わからないけど……本人にはその自覚がないとか」

「は? なにそれあり得ない。私、明日学校でちゃんと言ってやるから。二度と関わるなって」

「い、いいってそんなの。俺の問題なんだから」

「涼風君の問題は私の問題でもあるの! 私はその、かか、彼女なんだから」


 言いながら自滅したように顔を赤くして鷹宮は下を向いた。

 ほんと、いつも助けられてばかりだな。


「うん、ありがとな。でも、喧嘩になるようなことは辞めてくれよ。俺もまあ、心配だからさ」

「どっちが?」

「バカ、鷹宮に決まってるだろ」

「……うん。じゃあ、明日は任せといて」


 そんな感じで話がまとまり、また鷹宮が俺の隣に来ようとした時に今度はちゃんと母さんが帰ってきた。

 母さんはいつも通り鷹宮を見てはしゃいでいたけど、鷹宮もまたいつも以上に母さんに甘えるようにひっついていて。

 俺なんかそっちのけで二人で仲良く料理をしていて、退屈になった俺は料理ができるまで部屋で一人ゴロゴロしていた。



「今日もお母さんはいないのか?」

「まあ、そうね。でも大丈夫。帰ったらラインしてね」


 夕食を終えたあと、鷹宮を家まで送っていったのだけど、到着すると人気のないその家を見て俺は不安になった。

 ただ、鷹宮はいつになく元気な様子で笑っていた。

 課題は残るものの、選挙という大一番を制したことで気持ちがスッキリしたのかもしれない。


「じゃあ、また明日。何かあったらすぐ連絡してくれ」

「うん、ありがと」


 鷹宮が家に入るのを見送ってから俺もすぐに帰宅して。

 

 部屋に戻ってまずラインをしようとすると。

 鷹宮からラインが既に来ていた。


「なんだよ、俺から送るって言ったのに……ん?」


 鷹宮からのラインは一件だけ。

 ただ、内容に俺は目を丸くした。


「絶対に円城さんと会ってない? ねえ、ちゃんと家帰った? 心配だから聞いてるだけだからね? 別に束縛なんかしてないからね? 一応今は彼女としてあなたの身を案じてるだけだからね? ねえ、ほんとに誰もそこにいない? 一応ラインじゃなくて電話してくれる? テレビ電話の方がいいかな? LINEならずっと繋いでていいよね? 寝るまでの間繋いでていい?」


 なんかどっしりと重いメッセージだった。

 やっぱり鷹宮は嫉妬深いというか、病んでる節があるというか。


 でも、なんかな。

 そんな彼女の一面を見て、めんどくさいとも思うんだけどそれ以上に。

 嬉しいって思ってしまうのは俺が鷹宮のことをそれだけ好きだという証拠だろう。

 

 ほんと、可愛いよ。

 円城さんのことも今はあんまり気にならない。

 

 もっと、気にしないといけない人がそばにいるから。


「……やばっ、電話かかってきた」


 慌てて電話をとって、鷹宮に散々と疑われたのは言うまでもなく。


 でも、そのあとずっと、風呂に入るまでの間ずっと二人で電話していた時間が何より楽しかったこともまた。


 言うまでもない話だった。

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