第57話

「鷹宮? だ、大丈夫か?」


 体育館の脇の別室に連れて行かれた鷹宮のところに行くと、彼女は女性の先生に背中をさすってもらいながら呼吸を整えていた。


「……涼風君、ごめんなさい。私、私は、ずずっ……」

「大丈夫だから。さっ、帰ろう」

「……うん」


 先生に頭を下げてから立ち上がった鷹宮の目は真っ赤に充血していて、演説前に見た覇気はどこにもなかった。


 そのあと、二人で外に出るとほとんどの生徒はすでに体育館から出ていた。

 確か、持参した投票用紙に書かれた二人の名前の横の投票したい方に丸をつけて投票箱に投函して解散だったな。

 俺ももちろん、一枚持ってる。


「……」


 無言で俺についてくる鷹宮を気にしながら、出口にある投票箱にそっと紙を入れた。


 でも、正直な話でいえば勝てる気はしていなかった。

 肝心の鷹宮が、最後に泣き崩れてしまい何を言っているのかさえわからなくなってしまったのだから。

 全校生徒のほとんどが、白けていたのではないだろうか。

 鷹宮にばかり目がいってしまい他の生徒の様子を見ることはできなかったけど、神宮寺の勝ち誇った態度はまんざらでもない。

 それに俺だけじゃなく、鷹宮本人もまた。

 それが一番よくわかっている。


「……ごめんなさい。私、ほんと何してるんだろ」


 そのまま学校を出てしばらくして。

 ようやく鷹宮が口を開いた。


「もう終わったんだから。それより、お疲れ様」

「……お疲れ様。涼風君はバッチリだったよ」

「お互いだろ。最後こそ泣いてたけど、言ってたことは本当によかったよ」


 俺には伝わった。

 鷹宮の気持ちが。

 だからこれ以上何も言うことはない。


「今日はうちで飯食べていくか?」

「ううん、いい」

「そ、そうか。無理するなよ?」

「逆。こんな気分なのに無理して家にいくなんて、最後って思ってるみたいだから。そんなの嫌だし。勝って、明日ちゃんとお祝い、したい……」


 また、鷹宮は泣きそうになった。

 でも、そんな彼女にどう声をかけたらいいかもわからない俺はゆっくりと彼女の歩調に合わせて歩くしかできず。


 このあとまた、無言のまま鷹宮の家の前まで到着して彼女と別れた。



「……もしもしミカ? ミカから電話なんて珍しいね」

 

 一人で部屋に閉じこもっていると、そんな私のことを見透かしたようにミカから電話が来た。


「そう? リアラが落ち込んでる時はいつも私から電話してるじゃん」

「……ごめんミカ、うまく喋れなかった」


 色々と話も聞いてもらったのに。

 最後の最後で私がやらかしちゃったと。

 謝ったのになぜかミカは笑っていた。


「あはは、謝るのは負けてからにしてよ」

「だ、だからあんなんじゃさすがに勝てっこないって」

「なんで? 誰がそんなこと決めたの? 私は最高の演説に聞こえたけどねー」

「……それはミカが私の味方だからでしょ」

「そ。つまりはそういうことよ」

「ど、どういうこと?」


 首を傾げながら聞くと、ミカはそんな私が見えてるように「そんなに難しいこと言ってないよー」とおどけた。


「ねえ、こんな時くらいはぐらかさずに教えてよ」

「別に何もはぐらかしてなんかないって。リアラの味方にとっては最高の演説だったってこと。尊いお二人に幸あれ、以上」


 じゃね、と。

 ミカは電話を切ってしまった。


 一体何が言いたかったのかと。

 もう一度電話をかけようとしたところに先にミカからラインで。


「明日の朝には結果が貼り出されてるって。二人で一緒に見に行ってごらん」と。


 それに対して、「もっかい電話いい?」と返事すると、「ダメ、また明日ね」なんて。


 ミカからの返事が来たところで私はスマホを放り投げてベッドに突っ伏した。



「はあ……」


 鷹宮に何度もラインを送ろうとしたけど、なんて送ればいいかわからないまま夜になった。


 家に帰ってから、何もする気が起きない。

 まるで鷹宮と知り合う前に戻ったみたいに無気力なままだ。


 理想と現実は違うのだと、いやというほど思い知らされた。

 別に鷹宮が悪いわけではない。

 むしろ、俺の演説もあれで正解だったのかと疑ってしまう。

 俺があんなふうに喋らなければ。

 鷹宮はもっと普通に喋れたんじゃないかって。


 後悔しないって決めたはずなのに。

 ずっとくよくよしている自分が情け無い。


「明日から俺、どうなるんだろ……」


 鷹宮との水族館デートの約束も。

 鷹宮に伝えたい気持ちも。

 全部神宮寺によって邪魔されるのだろうか。

 もう、俺にできることなんてなにもない。

 あとは奇跡を祈るしかない。

 

「……もう、寝よう」


 少し早かったが、部屋の灯りを消した。

 そして真っ暗な部屋で一人ぼーっとしていたがやはり眠れそうもなく。


 なんとなくスマホを開いた時に思い出した。

 ゴッドミカエル。


「……そんなに面白いのかな」


 別に何も期待せず、惰性でチャンネルを検索した。

 すると出てきたのは可愛い女の子キャラのアイコン。

 チャンネル登録者数は十万人を超えていて、結構有名なのは間違いないようだ。

 すでに数十本の動画を配信している。

 そして今日も。

 俺は何気なく最新の動画を開いた。


「はあい、ゴッドミカエルだよ。みんな、今日はてえてえって気分になったかなー? あはは、昨日の配信見てない人はちゃんと見てからきてねー」


 水色の髪をした可愛い系のアバターがウインクしながら軽快に喋っていた。

 時折冗談を交えながら一人でずっと話している。

 オススメの映画や自身の体験談なども、どこか親近感を覚える内容だと鷹宮が言ってたのはなんとなく頷ける。

 こうやって大勢に共感性を持たせるのってすごいことだよな。

 ほんと、中の人って相当頭いいなと、内容云々よりその話術に感心していた。

 俺も、この人みたいに流暢に喋れていたら。

 もっといい雰囲気で鷹宮にバトンを渡せていたかもしれない。

 そうしたら今、こんなお通夜みたいな気分でいなくて済んだのかもしれない。


 気が紛れるどころか一段と暗くなっていく。

 結局、いくら起きていたところで明日はくる。

 残酷な現実が訪れる。

 もう寝よう。

 そう思って動画を止めようとした時。


「そうそう、もしも今日嫌なことがあったからってこの動画を開いた人がいたらアドバイス。それ、本当に嫌なことだった? ちゃんと最後まで自分の目で確かめてごらん。そしたら光が見えてくる。一寸先は光、なーんてね。偉そうな神様視点からのエールでしたー。ミカエルだけにミカエール? なんちって」


 そう言ってゴッドミカエルさんは手を振って。

 動画が終わった。


 ちゃんと自分の目で確かめて、か。

 なんだ、いいこと言うじゃんかこの人。

 そうだ、明日ちゃんとこの目で結果を見て、受け入れないと。


 もし負けたところで、その時に次の対策を考えたらいいんだ。

 そしたら光が見えてくるかも、しれない。

 くよくよしてても始まらない。


 明日はいつものように。

 そして今も、いつも通り。


「おやすみ、鷹宮」


 ラインを送ってから。

 そっと目を閉じた。


 

「おはよ」


 早朝。

 鷹宮が家に来た。


「お、おはよう。早いな、どうしたんだ?」

「何言ってるのよ。結果は今日の早朝に貼り出されてるのよ? 早く見に行きましょ」

「わ、わかった。すぐ準備するから」


 慌てて部屋に戻って制服に着替えて外に出た。


「もう、こんな時にのんびり何してるのよ」

「いや、そんな朝早くに結果出てるなんて知らないだろ」

「まあ、私もミカに教えてもらったんだけど。でも、どうせなら早く知った方がいいでしょ? その方が色々と、ほら、次の対策とか考えられるし」

「俺も同じこと考えてた。もしかして昨日の配信見た?」

「なによ、あんたも見てたんだ。ねっ、面白いでしょ? なんかあの人の話聞いてると落ち着いてさ」

「じゃあ、もう大丈夫そうだな」

「うん。大丈夫、ありがと」


 いつもと同じ通学路。

 鷹宮といつものように他愛もない話をしながら学校へ向かう。

 今日はさすがに神宮寺の姿はなかったが、それは彼女が勝利を確信しているが故だろう。

 今頃、どうやって俺の予定を詰め込んでやろうかと画策しているに違いない。

 まあ、それはわかっていたことだし。

 俺たちは今の結果を受け入れて次にすすむ。

 そう、先に進むんだ。


「あ、あそこじゃない? 人だかりができてる」


 正門をくぐると、校舎の下のところに人の群れが見えた。

 その多くは朝練をしている運動部たち。

 俺と鷹宮はその群れの方へ急いだ。


「人が多くて見えないな」

「んー、と。あっ、ほら、あの花って当選マークじゃない?」


 鷹宮の指さす方に、確かにリボンで作られた赤い花が見えた。


 そしてその下に名前が書いて……え?


「お、おい」

「な、なによ。別にもう私は」

「いや、受かってる」

「は? こんな時に変な冗談いいから」

「いや、鷹宮が受かってるんだって」

「……え?」


 やがて人だかりが散っていき、前の方へ行って掲示板の全容を見た。


 鷹宮リアラ 当選


 この文字と、その上に飾られた赤い花を見て、俺たちは目を丸くした。


「え、うそ」

「間違いじゃ、ないよな?」

「そ、そんなはずないでしょ。だって、え、ほんと? や、やったー!」


 鷹宮は思わず俺に抱きつきながら大声をあげた。


「お、おい学校だぞ」

「うれしい! なんかわかんないけど、勝ったの! やったー、ありがとう涼風くん!」


 ぎゅーっと俺に抱きついて離れない鷹宮を必死に振り解こうとするが離れない。

 そんな中、また人が集まってきて。

 俺たちを見ながらあたたかい視線を向けて皆が口を揃えた。


「うん、尊い」


 どこかで聞いた覚えがあるなと考えたけど、今はそれどころではなく。

 しばらく鷹宮に抱きしめられる姿を皆に見守られながら。

 

 やがて鷹宮が我に返り走ってどこかに逃げていくまで、俺たちは勝利の瞬間を喜んだ。

 


 

 

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