第56話

「……お疲れ様」


 舞台袖に戻ると、顔を真っ赤にした鷹宮が出迎えてくれた。

 俺も、そんな様子に照れながら。

 まだ緊張が残る中、震える声で返す。


「うん。なんとか、やってきた」

「ば、ばかじゃないの。ほんと、あんなことみんなの前で……もう」


 言いながらも、鷹宮は少しだけ笑った。


「でも、うれしい。あんな風に思っててくれたんだ」

「まあ、一応」

「一応?」

「……頑張ってこいよ」


 だんだんと自分のやったことの実感がわいてきて、体が熱くなった。


 むすっとする鷹宮から目を逸らしながら激励する俺に鷹宮は「行ってくる」と。

 明るい声で返事をして舞台に上がっていった。


「ふんっ、小賢しいわねあなたって」


 ゆっくりとマイクへむかっていく鷹宮を見守っているところに、後ろから神宮寺が声をかけてきた。


「本音だよ。それに本当のことを喋ったまでだ」

「あの子が反省してる? バカじゃないのほんと。私は絶対に認めないから」


 おそらく予想外にいい反応をもらえた俺に対しての苛立ちなのだろう。

 ずっと貧乏ゆすりをしながら俺を睨む神宮寺だったが、その隣で時任さんは「うん、尊い」と。


 真顔で頷いた。


「……あの、それ流行ってるんですか?」

「うん。あっ、始まるよ」


 時任さんが指さす先は、もちろん鷹宮だ。

 俺も彼女の方を振り向いてから、その第一声に集中した。



「皆様こんにちは。私は鷹宮リアラと申します。この度は、僭越ながら生徒会長に立候補させていただきました」


 自己紹介をして一礼。

 まばらな拍手が鳴り止むのを待ってから頭を上げた。


 みんながこっちを見てる。

 私の言葉に、期待してるのがわかる。

 ミカじゃないけど、今ここにいる人たちが何を求めているか、なんとなくだけどわかる。


 涼風君のおかげだ。

 彼が私のことをしっかり紹介してくれたから。

 みんなが私に期待してくれてるんだ。


 その想いに応えたい。

 でも、その前に。

 私は私できちんと、自分の想いを伝えるんだ。


「私は、多分紹介いただいたような立派な人ではありません。好きじゃない人には愛想の一つも振る舞えないような未熟な人間です」


 そう、私は褒められた人間なんかじゃない。

 たしかに辛い経験をしたけど、それを理由にして他人に冷たく自分に甘かった。

 人の痛みなんて、ちっともわかっていなかった。

 

「私を支えてくれる友人に甘え、私のそばにいてくれる大切な人に甘え、立場に甘え、状況に甘え、何もかもに甘えてきました。私はそんな人間でした。でも」


 でも、今は少しだけ変われた気がする。

 ミカのおかげで。

 そして、涼風君のおかげで。


「素晴らしい出会いがこんな私にもありました。その人は、私の痛みも悲しみも怒りも全部受け止めてくれました。私は、少しだけ人の優しさを知りました。自分の愚かさを知りました。昔の自分だったらきっと、誰かの先頭に立つなんて出来るはずがないと、していいような人間ではないと自分自身を責めていたと思います。だけど今なら、今の私ならきっと、みんなのお役に立てると思っています」


 私を支えてくれた人たちのために。

 そうしなきゃって、思える。


「ここで明確な公約も言えない私ですが、この学校が、みんなに優しくてあたたかい学校であるように全力で責務を全うしたい。そして」


 彼と一緒に。

 涼風君と一緒に。

 こんな私のことを好きと言ってくれた、私の好きな涼風君と。


 ずっと一緒に。


「そして……」


 言葉が出てこない。

 生徒会を、涼風君と一緒にやってみたい。

 そんな私のちっぽけな願望が、何かに邪魔をされて声にならない。

 散々自分勝手にしてきた罪悪感なのか、マリアに対する後ろめたさなのか、それとも。


「私は……」


 自然と、涙が溢れてきた。

 こんなところで泣いてたらダメなのに。

 舞台袖で私を見守る彼にまた、迷惑をかけちゃう。


 一緒に、いられなくなる。

 やだ、そんなの。

 せっかく、自分の気持ちに気づけたのに。


「やだよ……涼風君と、もっと……一緒に、いたいよ……」


 自分でも何を言っているのかわからなくなった。

 ただひたすら、溢れ出す感情を抑えるのに必死だった。

 でも、涙が止まらなくなって、言葉が一つも出てこなくて。


 気がつけば先生たちがやってきて、私は降壇させられていて。


 ようやく気持ちが落ち着いた時には私は別室にいて、演説の時間は終わっていた。



「あっははは。なにあれ、泣き落とし作戦? 悲劇のヒロイン気取りとはなかなかやるじゃない」


 泣き崩れた鷹宮が先生に連れて行かれた直後、彼女の元に行こうとする俺を通せんぼして神宮寺は高笑いした。


「……そこをどいてくれ」

「あら、明日からは一応上司になる予定の私に対してその口の利き方はどうなのかしら?」

「まだ決まってない」

「でも、あんただって勝負の結果なんか見るまでもなくわかってるでしょ? 約束は守ってもらうから。今日の夜はせいぜいあの泣き虫さんを慰めてあげなさい」


 にやりと笑ってから、神宮寺は舞台袖の奥に消えていった。


 そして俺も。

 早く鷹宮のところに行こうとすると、「ねえ、涼風君とやら」と。

 今度は時任さんに声をかけられた。


「う、うん? 何ですか?」

「勝負は時の運。でも、これも何かの縁だからこれからもよろしく」


 相変わらず無表情のまま、しかしなぜか握手を求められた。


「は、はあ」


 なんとなく差し出された手を握り、握手をした後で我に返った。


「い、いかんこんなことしてる場合じゃない。ごめん時任さん、また」


 俺はそのまま舞台袖にある控室へ向かった。

 

 

 

 

 

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