第55話
「えー、皆様こんにちは。私は今回生徒会長に立候補した神宮寺マリアさんの応援演説をさせていただく時任さなえです」
壇上にあがった時任さんは、まるで機械のように淡々と話を始めた。
と、同時にまばらな拍手が舞台下から。
時任さんは拍手が鳴り止む前にまた、話を始めた。
「神宮寺マリアさんは皆様もご存知の通り、眉目秀麗という言葉がふさわしい女性です。コミュニケーション能力も高く、流行りにも敏感で、皆様の望むような学校運営を必ず果たせると思っています」
云々。
彼女の話は眠たくなるほど淡々としていた。
具体的なことは何一つ言わず、ただひたすら神宮寺のことを持ち上げる話ばかり。
内容がいまいち頭に入ってこない。
本当に彼女は頭がいいのかと疑うほど、なんとも言えない演説だった。
しかし当の本人である神宮寺は「あれでいいのよ。余計なことなんて喋らないのが一番」と。
時任さんの演説が終わると、俺たちの方をチラッと見てニヤリとしてから壇上へ向かっていった。
「皆様ごきげんよう。神宮寺マリアです。今日はお集まりいただきありがとうございます」
先生の紹介を待たずにそのままスピーチを始めるあたりはさすがの自己中女だが、しかし意外にも壇上の彼女の話し方は腰が低く、また、マイク越しにゆっくりと話す彼女の声は聞いていてとても心地が良い。
まるでプロのウグイス嬢のような、聞き取りやすくてなめらか喋りだ。
内容云々より、その声に引き込まれる。
舞台下の全校生徒も、ずっと神宮寺を見て目を離さない。
場の空気が支配されていくのがわかる。
なるほど、美人な上にあれだけの声を持っているのなら、確かにあれだけの自信を持つはずだ。
「というわけでして、私が生徒会長になった暁には学内イベントを増やし、運動部の活動支援も手厚くなります。今まで無駄だった経費を全て見直し、効率のいい運用を約束します」
言い切ったところで場内からは大きな拍手が送られた。
どこかプロの演説を聞かされたような、そんな気分になったのは俺だけではないのだろう。
この場にいる全員が、神宮寺に引き込まれていた。
ただ一人を除いて。
「なによあれ。大したこと言ってないじゃない」
鷹宮が少しだけ俺の方に近づきながら、呆れたように言った。
「まあ、内容なんかみんな聞いてないんだろ。それより次は俺か。うわ、緊張してきたな……」
ずっと、心のどこかで他人事のように捉えていたけど。
いざこの瞬間がくると実感がわいてきて心臓の高鳴りが激しくなる。
まさか、つい一ヶ月前まで友人はおろか誰とも話したことのなかった俺が全校生徒の前で喋ることになるなんて。
ほんと、あの時の俺ならここで気絶してる。
それ以前にまず、こんなところまで来れていない。
でも、今の俺は違う。
やるべきことのために、ここにいる。
ミカさんは、鷹宮のために死んでも構わないと言っていた。
誰かを好きになるっていうのは、つまりそういうことなのだろう。
俺も、鷹宮のためならどうなってもいい。
誰にどう思われても後悔はない。
それくらい俺は鷹宮のことが、好きだ。
俺には巧みな話術も、神宮寺のようないい声も持ち合わせていないけど。
この学校の他のやつらよりは知っている。
鷹宮のいいところをたくさん、知っている。
あいつがいっぱい教えてくれた。
俺はただ、それを精一杯伝えよう。
彼女のために。
自分のために。
「えー、続きまして鷹宮リアラさんの応援者の方、演説をお願いします」
舞台袖に神宮寺が胸を張って戻ってきたところで俺が呼ばれた。
と、その時。
顔を赤くした鷹宮が目線を逸らしたまま俺のところにやってきた。
「が、頑張ってね」
「ああ。行ってくる」
俺もまた、彼女の顔も見ずにそのまま壇上へあがった。
さっきの神宮寺と違い、全校生徒からは「誰こいつ」といった空気が流れていた。
でも、みんなが俺を見ている。
その状況に、ひどく息苦しくなる。
心臓の鼓動がうるさくて、さっきまでの冷静さもどこかにいってしまいそうだ。
でも。
その高揚感も、鷹宮が教えてくれた。
誰かに自分の想いを伝えるのって、とても苦しくて辛くて難しくて。
それでいて。
とても尊いことなんだって。
「僕は」
自分の第一声で場が静まり返った。
俺がここで発する一言一言が、鷹宮の命運を握っているのだと改めて実感しながら俺は。
言った。
「僕は、鷹宮さんのことが好きです」
その言葉で、会場の空気が一変した。
ざわつきがひどくなり、先生が「静粛に」と。
それでもまだ動揺が続く生徒たちに向けて俺は少し声を震わせながら、続けた。
「鷹宮さんは、とても明るくて魅力的で、皆が思うよりも泣き虫で怒りっぽい、感情豊かな人です。彼女は一方でわがままなところもあり、他人を振り回すきらいがありますが、それも彼女の個性として笑えるような、そんな素敵な方だと僕は思っています」
話しながら、今日までの葛藤を思い出した。
俺が鷹宮を褒めるほど、ただの彼氏の惚気かと嘲笑されるのではないか不安だった。
でも、それは俺が他人にどう思われたいかを気にしていたからだ。
俺がどう思われてもいい。
鷹宮の魅力が皆に伝わるのなら。
全力で惚気でもなんでもやってやる。
「そんな彼女の魅力は、ただ女性として愛らしいというだけではありません。彼女は、人の痛みがわかる人です。僕のようなひ弱で何も秀でたものがない奴のこともバカにせず、僕の悩みを自分のことのように同じになって悩んでくれました。辛いことも、一緒になって悲しんでくれました」
そんな彼女に俺は救われた。
そんな彼女のおかげで俺は変われた。
「僕は、自分がこの世で一番不幸な人間だなんて、そんなことを思って塞ぎ込んでいるような人間でした。でも、彼女には僕なんかよりもっと辛いことがたくさんあった。それでも彼女は、自分の痛みを誰かのせいにせず、他人の痛みを自分のことのように思い胸をいためてくれた。そんな彼女こそ、他人を本当に思いやれる彼女こそが皆んなの先頭に立つべきだと僕は思っています」
神宮寺なんかより。
いや、他の誰よりも。
そして、
「そして、僕はそんな彼女のことを皆んなにも好きになってもらいたい。少々男性不審なところがあって、特に男子の方には冷たい態度をとっていた節があると思いますが、彼女はそんな自分とも向き合い反省し、努力しています。だから」
だから、チャンスをください。
その言葉はなぜか言葉にできず、俺は皆に頭を下げた。
「どうか、鷹宮リアラをよろしくお願いします」
下を向いたまま、俺の演説は終わった。
果たしてこれでよかったのかどうかもわからないまま、夢中で喋っていた。
顔をあげるのが怖い。
皆の冷ややかな目線が待っているのではないかと、思うほどに頭が上がらない。
でも、
「うん、よかった」
誰かがそう言って、パチパチと拍手が起こった。
すると、周りの人もつられるように拍手をはじめてやがて大きな拍手に会場が包まれた。
恐る恐る顔をあげると、みんな、あたたかい目で俺を見ながら拍手を向けてくれていた。
俺は思った。
他人って、そんなに悪い人ばかりじゃないんだなって。
俺が思うよりずっと、純粋であたたかいものなのかもしれないって。
そう思わせてくれたのはもちろん鷹宮で。
そしてもう一人。
列の一番先頭で俺に向けてOKサインを送ってくれるミカさんに。
深々と頭を下げてから俺は、降壇した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます