第54話

「……ミカといたでしょ」


 まるで示し合わせたかのように、ミカさんが去ってすぐ体育館裏にやってきた鷹宮は、なぜか少し離れたところで鼻をすんすんとさせて。

 

 距離をとったまま俺を睨んだ。


「え、いや、えーと」


 即答で「知らん」と答えたかったけど、さっきのミカさんの話が頭をよぎって戸惑った。


 あの人が過去のショックで常人離れした能力を身につけたのであれば、同じ経験をした鷹宮もまた、何かあるのではないかと。


 じゃないとこの嗅覚は説明がつかない。

 ただのあてずっぽうかもしれないが。


「やっぱりいたんだ。ねえ、なんで嘘ついたの?」

「ち、違うたまたまだ。電話を切ったあとにたまたまミカさんが通りかかったんだよ」

「ほんとー? ねえ、だったらなに話してたの?」

「……鷹宮のことさ」

 

 こいつは何を疑ってるのか知らないけど、ミカさんの頭の中はいつだって鷹宮のことばかりだ。


 何を話していても、結局は全部鷹宮のためにどうしたらいいかって話になる。

 

「私のこと? なによ、二人で悪口言ってたんだ」

「捻くれすぎだろ。あの人、ほんとにお前のこと好きなんだな」

「な、なによいまさら。そりゃあ、私たちは親友だもん」

「ああ、みたいだな。それに、やっぱり鷹宮って、いいやつなんだな」

「……やめてよ、そんなこと言うの」


 鷹宮は恥ずかしそうに体育館の外階段に隠れた。

 

「いや、だからなんでそんなに避けるんだよ」

「し、知らないもん。なんかわかんないけどこれ以上近づいたら怒るからね」


 顔を半分覗かせて、むすっとする彼女に近づこうとすると彼女は身構える。


「だ、だめ! ほんと無理なの!」

「……なんなんだよほんと」

「わ、私もわかんないわよ! あんた見たら体が熱くなるの!」

「……え?」

「も、もう知らない! ほ、放課後は頑張ろうね!」


 鷹宮は顔を真っ赤にして逃げていった。


 こんな大事な局面で、今更何をやっているんだと呆れながら俺は。


「ぷっ……ほんと、可愛いなあいつ」


 ミカさんの気持ちが少しわかった気がする。

 ああいうところがほっとけないというか、何かしてあげたいと思わせられるところなのだろう。


 俺にできることなら。

 俺ができる限りなら。


 その想いを今日、みんなに伝えよう。



「えー、皆さん放課後にも関わらず集まっていただきありがとうございます。案内があった通り今日は当校の生徒会長を決めるための選挙ならびに、立候補者と応援者による演説を行っていただきます」


 放課後。

 全校生徒は先生の指示のもと、体育館へ集められた。

 そして教頭先生の司会により、これから行われる生徒会長選任のための選挙についての説明が行われた。


 候補者とその応援者は舞台袖にスタンバイさせられており、ずっと俺を見ながらほくそ笑む神宮寺の前で俺はそれを無視するようにして、これからしゃべる舞台を見る。

 舞台の幕は降りていて、そばにある小窓からしか外の様子は見えない。

 この状況がより一層緊張感を高めさせる。


 形式的な内容のあと、言いにくそうに昨年の生徒会の不祥事を説明すると、少しざわめきが聞こえた。

 今年は一年生が務める生徒会長。

 そんな異例の事態にも関わらず、横に並ぶ先生たちは随分と退屈そうだ。


 神宮寺の言う通り、先生にとって生徒会なんて瑣末なことなのだろう。

 所詮学生の運営ごっこくらいにしか考えていないのがよくわかる。

 そうやって、先生たちがほったらかしにした結果の不祥事だということがわかっていないようだ。


 そんな話も鷹宮としたいのだけど、相変わらず鷹宮は俺から一番距離をとって一人で下を向いていた。


「ふっ、リアラは緊張でダメそうね。いよいよ勝負は決まったかしら」

 

 そんな様子を見て神宮寺は勝利宣言をした。

 すると、神宮寺の隣にいた小柄な女子がぽつりと。


「マリアさん、勝負は時の運だといつも言ってるでしょ」


 大きなメガネをクイッとあげながらそう言って、その奥の大きな瞳で俺を鋭く見る。


「ああ、紹介してなかったわね。彼女は時任さなえ。この学校の入試でも二位だった秀才よ。私が会長になったら書記をしていただくの」

「マリアさん、秀才というのは一位だった篠崎さんのような人に使うべきですよ」


 少し不機嫌そうに時任さんはぽつり。

 篠崎って、ミカさんのことだよな?

 やっぱり頭もいいんだなあの人って。


「ま、新生徒会の顔合わせも済んだし一石二鳥ね。約一名、部外者がいるみたいだけど」


 神宮寺は鷹宮を見ながら言った。

 その言葉に、しばらく固まっていた鷹宮も目が覚めたように反応した。

 

「ああ、マリア。それってあなたのことかしら?」


 苛立つ様子もなく、涼しい顔でそう返した鷹宮に対して、時任さんは「なるほど、うまい」と頷いた。


「ちょっとさなえ、こんな女の言葉に反応しないで」

「マリアさん、勝者は常に余裕があるものです。いちいちイライラしないでください」


 時任さんが真顔でいなすと、神宮寺は「まあ、それもそうね」と大人しくなった。

 なるほど、この時任という人は神宮寺の手下ってわけでもないようだ。


「とにかく、私たちの勝利は揺るがないわ。せいぜい今のうちにイチャイチャしてなさい」


 神宮寺が言うが、俺は敢えて無視をした。

 ずっと静かな鷹宮の様子が気になって彼女の方を見ると、また顔を赤くして俺から顔を逸らした。


 こんなんで大丈夫なのかと不安になっているところに、なぜか時任さんが「うん、尊い」と。


 真顔で頷いた時、ちょうど舞台下から「では、まずはじめに神宮寺マリアさんの応援演説からお願いします」と。


 先生のアナウンスによって、舞台が幕をあけた。

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