第53話
♤
四限目の終わり頃。
また、俺にラインがきた。
「電話でなら、話してあげないこともないから」
鷹宮から、またしても意味がわからない内容のメッセージ。
一体俺が何をしたせいで避けられているのか全くもって謎のまま。
もしかしたらこの後の選挙にむけて、何か考えがあるのかもしれないが、それならそれで相談くらいしてくれてもいいのに。
ほんと、勝手なやつだなと今更ながらに呆れていると。
授業中だというのにまた。
俺は返事もしていないのにラインがくる。
「別に怒ってるわけじゃないから」
メッセージを読んだあと、鷹宮の方を見ると彼女は少し頬を赤くしてこっちを見ていた。
なんで照れてるんだ?
なんか、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃんか……。
いや、とにかくだ。
怒っていないならそれでいい。
まずは電話でもなんでもいいからしっかり打ち合わせをしよう。
刻一刻と、その時は迫っているんだから。
◇
昼休みになった。
鷹宮はまるで逃げるように教室を出て行ったので、俺はそんな彼女を追わずゆっくりと体育館の方へ。
体育館の裏なら先生も来ないし、電話してても安心だろう。
なんて思ってそこに向かっている間もお構いなしに電話がきたが無視。
ようやく、人目につかないところで折り返した。
「もしもし? 今どこにいるの?」
「電話してることが先生にバレないように体育館の裏まで来たんだよ」
「ふーん。何してるのそんなところで」
「話聞いてたのか?」
「だ、だって電話するなら同じ屋上の端と端でもいいじゃない。なんでわざわざそんなとこまで」
「同じ屋上にいてわざわざ電話する方がどうなんだよ」
電話でしか話したくないと言われたので、それこそわざわざ遠くまで来たのに。
「ま、今は時間がないから不問にしとくわ。で、選挙のことは何かいい情報あった?」
「特には。まあ、鷹宮の女子人気は相変わらず高いことに安心したくらいかな。男子はさっぱりだ」
「ふ、ふーん。ちゃんと私たちがやってきたことの効果出てるじゃない」
「今に限っては考えものだけどな。ま、わかってたことだし、あとは俺たちのことに興味ない人が多くいることを祈るだけだ」
「そうね。で、今なにしてる?」
「……別に何もしてないけど」
「目の前にマリアとかいない? あ、もしかしてミカといたりする? ねえ、誰かいるでしょ」
急に俺を問い詰めはじめる鷹宮に、いい加減にしろと言いかけたその時。
「やほっ」
人の気配にふと顔をあげたら目の前にミカさんが立っていた。
「えっ」
「ちょっと、誰かいるのね? ねえ、こんな肝心な時に浮気なんて許さないからね」
「いや、違うって。ほんと誰も、いないから」
「……ふーん。じゃあ、そこにいて。確かめにいくから」
ブチっと電話が切れた。
「……ったく」
「あはは、大変そうだね。で、こっちにくるって?」
「ええ、まあ。ミカさんこそ、何か用ですか?」
「んーん、ぶらぶらしてたら涼風君の姿が見えたからさ。髪、いい感じだね」
「でも、髪切ってから鷹宮の反応がそっけないような気がするんですけど」
「照れてるのよ。可愛いでしょあの子」
「……まあ」
どうもこの人の前では喋りにくい。
心の中まで読まれているような気がしてならない。
それに何も目的なしに俺に会いにくるとも思えない。
「難しい顔しちゃって。別に本当に何もないわよ」
「あ、いや別に」
「ふふっ、なんとなく涼風君の聞きたいことはわかるよ。どうしてそんなに人の考えてる事がわかるんだ、とか」
「……それについては答えてくれるんですか?」
ほんと、どうしてそこまで俺の心の中が手に取るようにわかるんだと。
どうせ答えてはくれないだろうなと諦め半分でミカさんを見ると、
「ま、今日は特別な日だから。特別に教えてさしあげましょう」
ふふんっと、得意げに。
腰に手を当てて威張ったポーズを見せてからミカさんは語り始めた。
「リアラの父と私の母が不倫してるとこを目撃しちゃったあの日からね、なんでかわかんないんだけど人の考えてることとかやりたいことが手に取るようにわかるようになったの。仕草とか、息遣いとか、そういう細かいことまでの全部が私の脳に伝わる感覚っていうのかな。いわゆる覚醒? かっこいいでしょ」
「それって、その時のショックが原因で、ですか?」
「かなーって、病院の先生も言ってた。後天的サヴァン症候群みたいなやつかもって。でも、こんな症状は見たことないらしいからそれとも違うみたいだけど」
「サバ……?」
「あはは、そういう難しい単語を使うの好きなんだ。でも、それって本来は頭に強い衝撃を受けたりとかでなるみたいなんだけど。私はそれと同じくらいのショックをあの日受けてたみたい。よっぽど辛かったんだよ、私も、リアラもね」
腰に当てていた手をぐーっと上に伸ばして、ミカさんは空を見上げた。
「……そりゃショックでしょ。俺がもし二人の立場なら、今も立ち直れてないかもしれませんし」
「ふふっ、涼風君はそんなことないと思うよ。私は気持ちが弱いから、こんな風になっちゃっただけ。人間の醜悪な部分を見て、耐えられなくて私が人間から離れちゃったの」
「……こんな言い方が適切かわかりませんが、ミカさんの能力、怪我の功名だと思ったりはできないんですか?」
「んー、案外諸刃なんだよね。人の気持ちって本来、目を見つめあっていっぱい話をしてたくさん時間を共有してはじめて少し見えてくるものだと思うの。でも、私は浅いところでその人の考えが大体わかっちゃうからその人をそれ以上知ろうと思えなくて。だからね、学校のみんなも先生も全員おんなじ顔にしか見えないんだ。なんか、顔がぼんやりしてる」
ちなみに視力は2.0あるよー、と。
おどけながらミカさんはその大きな目で俺を見ながら続ける。
「ま、視野が広がりすぎて近くにピントが合わないのかもね」
「……それは、鷹宮に対してもですか?」
「ううん、リアラだけは特別。なんでかね、あの子のことだけははっきり見えるの。私にとってはあの子が暗闇を照らしてくれる唯一の光。だからね、あの子のためにできることはなんでもしてあげたいの。別にリアラの代わりに死んだって後悔はないわ」
「……すごいですね。そこまで相手のことを思えるのって」
果たして俺は、鷹宮に対してそこまでできるだろうか。
そこまで思えるだろうか。
ミカさんの話を聞きながら不安にかられていると。
また、彼女は笑った。
「ふふっ、涼風君も特別だよ。だって、君の顔はよく見えるもの」
「俺が、ですか?」
「うん。多分君ってリアラとよく似てるの。人に優しいから傷つけられて、自分に厳しいから傷ついて。そんな不器用でどうしようもない人のアイデンティティだけ、私は感じ取れるのかなって」
「……買い被りすぎですよ」
「かもね。でも、リアラに君を勧めたのも、みんなおんなじに見えるこの学校で唯一、違って見えたからだよ。人を傷つける怖さも、痛みもちゃんと知ってるなって。だから、君ならリアラを傷つけたりしないだろうって」
ミカさんのまっすぐな目を前に、俺は反論も謙遜も全部飲み込んだ。
どうせ、この人のことだから俺の考えてることなんて全部お見通しなんだろうし。
「一つだけ。なんで今日そんな話をしてくれたんですか?」
「別にー。なんとなく話したい気分だっただけ。このあとの演説、頑張ってね」
ミカさんはスマホを見て、「おっと、そろそろリアラが来るかな」と。
少し駆け足で彼女は去っていった。
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