第52話


「はうう……」


 勢い余って屋上まで来てしまった。

 言わせておいてなんだけど、正直ちょっとやばかった。

 体に電気が走った。

 名前で、呼んでもらっちゃった。


「……名前呼ばれただけで、こんなにうれしいもんなんだ」


 生まれて初めての感覚だ。

 全身が満たされた感覚に包まれて、ずっとポカポカする。

 

 それに、涼風君の名前も呼んじゃった。

 初めて。

 彼も、私とおんなじようにポカポカしてるのかな。

 

「あ、いたいた。なにしてんだよ、そろそろ授業始まるぞ」


 火照った顔を冷たい手のひらで冷ましていると、屋上に涼風君がやってきた。

 

 慌てていたのか息が荒い。

 

「……な、なに?」

「何って……急にどっか行くから」

「ねえ、熱くない?」

「暑い? いや、別に」


 何事もなかったような彼のキョトンとした顔を見て、少しイラっとした。

 なによ、こんなにあたふたしてるのは私だけなの?


「もういい、先に戻ってて」

「いや、でも」

「い、いいから。ほら、私もすぐ行くから」


 むすっとしながら言うと、涼風君は首を傾げながら先に屋上から出て行った。


 そしてすぐ、予鈴が鳴った。

 私はゆっくりと一人で教室に戻りながら。


 ミカにラインを入れた。



「ねえミカ、涼風君を見るとつい避けちゃうんだけど、どうしちゃったんだろ」


 休み時間にミカのところに行って早速質問。

 すると、ミカは教室中に響くほどの声で爆笑した。


「あっははは! なにそれ、ちょーウケるんだけど」

「な、何笑ってるのよ!」

「ごめんごめん。でも好き避けとか、どんだけベタなことやってんのよあんた。それも、こんな大事な日にそれが来るとか恋愛素人にもほどがあるでしょ、ぷぷっ」


 笑いを必死に堪えながら涙を拭ったミカは私を見て、また「ぷぷっ」と笑った。

 自分だって恋愛なんかしたことないくせに。


「もう、本気で怒るわよ」

「ごめんごめん。でも、ほんとにリアラってピュアよね。なんか見てて飽きないわ」


 ミカは私の頭をぽんぽんしてから。

 何を血迷ったのか周りの子たちに「ねえ、リアラったら彼氏の顔見るの恥ずかしいとか言ってるんだけど」と言い出した。


「ちょっ、ミカなに考えてんのよ」

「いいからいいから。ねーねーみんな、リアラの恋バナ聞きたくない?」


 ミカの呼びかけに、周りの女子がうようよと集まってきた。


「わー、鷹宮さんだ。ねえねえ、彼氏の話聞かせてよ」

「え、あ、いや」

「わー、鷹宮さんが照れてる。かわいー」


 一体なんのつもりなの?

 普段は自分から人に話しかけたりしない子なのに、なんで急にこんなことを?


「ねえ鷹宮さん、彼氏さんのどこが好きなの?」

「鷹宮さんってクールで孤高なイメージあったけど好きな人には甘々なんですねー」

「きゃー、なんか想像したらドキドキしちゃう」

「あ、あうう……」

 

 全然知らない別のクラスの子たちに囲まれて、私はフリーズしそうだった。

 でも、ミカはなぜかずっとうんうんと頷いていて。


「なるほど、いけるかもね」


 と。

 勝手に何かに納得してから、席を立った。


「ちょっ、ミカどこいくのよ」

「お花摘みに行ってくるだけよ。じゃあ、私にしてるみたいな惚気トークをみんなによろしく」

「ま、待ってよ!」


 ミカを追いかけようとするも、女子に囲まれて動けない。

 それどころか、休み時間が終わるまでずっと、彼氏のことについて聞かれて。


 チャイムの音でようやく解放されたけど、ぐったりしながら教室に戻ることとなった。

 


「……大丈夫かあいつ?」

 

 休み時間にどこかに行った鷹宮は、戻ってきたかと思うとそのまま机に突っ伏していた。

 まだ体調が悪いのか?

 

 授業中だから確かめる術もないが、こんなんで果たして放課後の演説なんかやれるのだろうか。


 さっきの休み時間も、周りの会話を聞く限りでは男子はやはり神宮寺寄りだ。

 鷹宮は彼氏がいるから応援したくない。

 フラれたやつを応援なんかできない。

 神宮寺派に寝返った。

 そんな会話が目立つ。

 一方女子は意外と神宮寺嫌いも多そうで、そっちは期待できそうだけど。  

 それも全員ではないし、やっぱり厳しい戦いになりそうだ。


 で、あとはやっぱりゴッドミカエルの話ばかり。

 今まで他人の会話に耳を澄ますことなんてなかったから知らなかったけど、そんなに流行ってんだなあの配信者。

 一体中身はどんなやつなんだ?


「……ん?」


 授業中だというのにスマホがブルっと震えた。

 まあ、見るまでもなく誰がラインしてきたかはわかるが、今は生憎授業中だ。

 流石に見るわけにはいかないだろうと思って鷹宮を見ると、物凄い目つきで俺をじっと睨みつけていた。


 その殺気を感じたのか、周囲のやつらも心配そうに鷹宮を見ていたけど。

 彼女の視線はずっと俺に向けられている。


 圧がすごい。

 ラインを見ろってことか……。


「……ちらっ」


 と。先生の目を盗みながらスマホをこっそり見る。


「今日は放課後まで私と会話禁止だからね」


 その文面を見て、俺は意味が全くわからなかった。

 怒らせるようなことをした覚えもないし、そもそも今日の放課後には生徒会長選挙のための演説という大一番が控えている。

 俺が応援演説をして、鷹宮が自己推薦のための演説をする。

 そのための最終確認だってあるというのに、何をわけわからんこと言ってるんだ。


「……返事しとくか」


 先生が黒板の方を向いた隙にラインを打つ。


「打ち合わせもあるから昼休みに屋上で」

「無理」


 即レスが来た。

 いや、まじでなんなんだよあいつ。 


 呆れながら鷹宮の方をもう一度見ると、一瞬目が合ったあとすぐに顔を逸らされた。


 ……なんか避けられてる。

 いや、なんで?

 普段ならまだしも、どうして今日に限ってそんなふざけた冗談を始めるんだ。


 しかしこのままじゃ埒があかない。

 なんとか昼休みには機会を見て鷹宮と話をしないと。


 ったく、こんな大事な時だというのに。

 ほんと、何考えてるんだ?



 あーあーあー。

 もうダメ、顔見たら焼け死にそう。

 まともに会話とかできそうにない。

 演説のことで色々話さないといけないのに。

 わかってるけど、まともに喋れる気がしない。


 変なライン送っちゃった。 

 まじで私バカだ。

 なによ好き避けって。これ、恋愛してる人みんな経験してるの?


 はあ……こんなので放課後大丈夫かな。


 打ち合わせしたいこといっぱいあるのに。


 恥ずかしくて顔、合わせられないよ……。

 

 

 

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