第51話
♡
「ミカ、あんたってどんだけ器用なの? 涼風君が別人みたいになってたじゃない」
夜。
ミカに電話しながら私は文句のつもりでそう言った。
あんなことされたらまともに顔が見れない。
もちろん、かっこよくて……。
「ほー、好きピがかっこよくなりすぎて目を見て喋れないってか。私の腕も捨てたもんじゃないねー」
「ちょっ……なによ、読心術まで身につけたの?」
「んー、これは他心通とでも言っておこうかしら」
え、なんて?
ミカの使う小難しい単語に首を傾けてしまう。
ほんと、私がわかんないと思っていつもそういう言葉ばっか使って揶揄うんだから。
「……とにかく、ミカのせいで明日の打ち合わせどころじゃなくなっちゃったじゃん」
「ほー、時間を忘れていちゃついてた? それはいいことじゃない」
「もー、だから揶揄わないで。明日負けたらそんな暇もなくなるの」
「イチャイチャしてたことは否定しないんだ、ふーん」
「ち、違うから。ほんと、何もなかったもん」
あと少しで聞けそうだった彼の本音。
でも、それは明日になればわかると言ってくれた。
だから私も。
今は全力で明日のことに集中したい。
「ま、明日は当たって砕けろよ。リアラのピュアな思いがみんなの心に刺さったらもしかするかもね」
「なにそれ、今日くらい教えてくれてもいいじゃん」
「んー、私に言われたからそうするってのは違うのよね。ま、ヒントくらいあげる。みんなロミジュリには報われてほしいものよ」
「……どゆこと?」
「そゆこと。じゃあ私、パパの晩御飯作るから」
あとは涼風君に聞いてもらいなさい。
そう言ってミカは電話を切った。
「……なんなのよ意地悪。ほんと、ミカって何者なんだろ」
ずっと一緒にいても、ミカの奥底までは見えない。
多分ミカも見せないようにしてるとは思うけど、これだけ毎日会話しててもその人の全てなんかわからない。
どうしてミカがこんなに私のために動いてくれるのかも、本当のところはよくわかっていない。
結局、はっきり言わないと何も伝わらないんだ。
ミカへの感謝も、マリアに負けたくない気持ちも、涼風君に抱いている思いも。
今の私が考える全校生徒に言いたいことだって。
だから、明日は全部。
私の内にあるものを全部、言葉にして。
そうしたらきっと……。
♤
「おはよ」
朝。
いつものように鷹宮はうちにやってきた。
「おはよう。体調は良さそうだな」
「おかげさまで。ねえ、朝ごはん食べた?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ久しぶりに私が作ってあげるわ。今日は決戦だもの。気合い入れないと」
お邪魔しますと、靴を脱いでそのままキッチンへ向かう鷹宮は、そこで母さんと合流してきゃっきゃと二人で騒いでいた。
まあ、いつも通りだ。
ほんと、人の気も知らないで。
「……眠い」
部屋に戻ったとき欠伸が出た。
昨日家に帰ってからはずっと、今日のことで頭がいっぱいだった。
もちろん選挙のこともあるけど、それだけじゃない。
鷹宮にこの気持ちをどう伝えるか。
そんなの神宮寺に勝ってから考えろという話なんだけど、やっぱり頭から離れてはくれなかった。
俺の気持ちはもう、決まっている。
鷹宮が好きだし、明日からもこうしてずっと家に来て欲しいし、一緒にいたい。
でも、一つだけ引っかかるのが「約束」という言葉だ。
鷹宮はそれを絶対のものとして考えてきた。
自分が他人に、家族に裏切られてきたからこそ、自分は他人との約束を破るような人間でありたくないと。
信念にも似たそのこだわりを、俺は目の当たりにしてきた。
だから鷹宮にそんなことをさせたくない。
そんな気持ちが俺のどこかに引っかかっていて、ずっと悩んでいたけど。
「……まあ、頭が固かったな俺も」
どう伝えたらいいか、それも昨日の明け方にようやくぼんやりと閃いてきた。
まあ、それもこれもミカさんのおかげだ。
あの人の言いたいことが、ようやく少しわかった気がする。
あとはそれが、鷹宮に届くかどうか。
はあ、朝からずっと心臓がうるさい。
「ご飯できたわよー」
鷹宮の声がキッチンから届く。
その声を聞いて、ふーっと息を吐いて呼吸を整えてから部屋を出る。
全ては選挙が終わってから。
そう言い聞かせながらキッチンへ向かった。
◇
「なあ、そういや今日って生徒会長の選挙らしいな」
「そうそう、急に決まったって。なんでも鷹宮さんと神宮寺の一騎打ちだとか」
「えー、どっち応援するんだみんな?」
朝食を終えてから、今日はさっさと二人で家を出て学校へ向かった。
そして教室に到着すると、皆が皆生徒会長選挙についてで盛り上がっていた。
昨日までは全く興味のない様子だったというのに、急にどうしたんだと戸惑ったが。
「あら、おはよう涼風君。今日はよろしくね」
嬉しそうに挨拶してくる神宮寺を見て察しがついた。
「朝から根回しか。ご苦労なこった」
「あら、随分雰囲気変わったわね。彼女の趣味かしら? ほーんと、ラブラブねえ」
先に席についた鷹宮の方をチラッと見ながら神宮寺は挑発するように大きな声でそう話す。
神宮寺の言葉に、盛り上がっていた男子の数人がピクッと反応したのが見えた。
ほんと、ここまで徹底してくるのはさすがだ。
「おかげさまで。言いたいことはそれだけか?」
「結果が出たら早速今日の放課後から仕事だから。それを伝えにきたのよ、副会長さん」
神宮寺は、もう勝ったつもりで俺にそう言った。
そして俺の話など聞こうともせず、そのまま自分の教室へと帰っていった。
「……ったく」
最後の最後まで迷惑なやつだと呆れていると、鷹宮のところに人が集まっていくのが見えた。
「鷹宮さん、今日は頑張ってね」
「リアラ、マリアになんか負けないでね」
どうやら、鷹宮の支持者もそれなりにはいるようだ。
そいつらからうまく支持が広がることを祈るしかない。
ちゃんと今日くらい媚をうっておけよ。
「鷹宮さん、神宮寺さんになんか負けないでね」
「……わかってる。絶対勝つから」
「頑張って。マリアは最近調子乗ってるから鼻へし折ってやりなよ」
「へし折る……うん、鼻も首もへし折ってやりたい」
「う、うん。それくらいの意気込み大事だよね」
「意気込み? ううん、マジでへし折るから。馴れ馴れしく喋りかけやがって。ぶっ殺してやるんだから!」
「ええ……」
手に持ったシャーペンをへし折る勢いでグッと握りしめる鷹宮の怒りに満ちた様子を見て、周りの連中は少し引いていた。
そして人だかりの隙間から鷹宮は俺をギロっと睨んだ。
まあ、怒りの矛先は俺なんだろうけど。
そんな過激なやつに票なんか入らないだろ。
なんとかしないと……ん?
「ライン?」
こんな時に誰かからラインがきた。
こっそりスマホを見ると、なぜか鷹宮からだった。
「なになに……怒ってるからね?」
見りゃわかるって。
でも、わざわざメッセージを送ってくるってことは、機嫌をとれと言いたいのか?
うーん、人前でカップルらしいことをするのは何度もあったけど、今日ばかりはそれが藪蛇にならないといいんだが。
「なあ、鷹宮」
さりげなく、鷹宮を囲む女子たちの後ろから声をかけた。
他の女子たちは一斉に俺の方を振り返った。
「え、誰? あれが鷹宮さんの彼氏?」
「あんな人いた? なんか案外イケメンじゃん」
「でも、鷹宮さんの彼氏ってもっとほら、なんか暗い感じじゃなかったっけ?」
クラスメイトも、俺の変貌ぶりに戸惑っていた。
しかし、なぜか鷹宮だけは振り向くことなく、ずっと机の下でスマホをいじっていて。
また、ラインがきた。
「一応一ヶ月付き合ってることになってるのよ? なのに苗字で呼ぶとか、冷めてるように見られるからやめて」
だそうだ。
俺もこの一カ月でだいぶ察しがよくなったと思う。
つまり名前で呼べと。
最近のドタバタで忘れていたけど、そういやこういう完璧主義なところあったな。
それにしても……名前で呼んだこと、なかったな。
「……なあ、リアラ」
言いながら胸がぎゅっと締め付けられた。
恥ずかしさなのか背徳感なのか、とにかく体がカッと熱くなる。
早く鷹宮を連れ出して教室を離れたい。
そう思ったのに、なぜか鷹宮は動かない。
「……?」
また、下を向いたまま鷹宮は動かない。
しかし今はスマホも触らずじっとしている。
なんか違ったのか?
「なあ、リアラ」
聞こえなかったのかもしれないと、もう一度名前で呼んでみた。
すると、
「なななな、何かな、ええと、き、鏡君?」
下を向いたまま、裏返った声で鷹宮が言った。
……今、名前で呼んだ?
「いや、ちょっと話が」
「う、うんそうだね! ごめんみんな、ちょっと席外すね!」
声を裏返したままそう返事をして、勢いよく立ち上がるとそのまま先に教室を飛び出していった。
「お、おい」
慌てて俺も教室を出ると。
なぜか鷹宮は俺から逃げるように廊下をダッシュで駆け抜けていった。
廊下に出たところで呆然とする俺の耳には、教室で飛び交う「鷹宮さん可愛い」という黄色い声だけが届いていた。
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