第50話
「ほんと、なんですぐに連絡かえさないかなあ。危ないところだったわ」
「何が危うかったのか気になるけど敢えて言わなくていいからな」
鷹宮家のリビングにて。
少し怒りながらコーヒーを持ってきてくれた鷹宮は、しかし俺の方を見るとまた少し顔を赤くした。
「……なんか、別人みたい」
「まあ、自分でもそう思う。ミカさんってすごいんだな」
「なんかね、多分私たちとは違う生き物なのよあの子。頭の出来も器用さもちょっと人離れしてるから」
言いながらソファに腰掛ける鷹宮は、また俺の方をチラッと見て顔を伏せた。
「いい加減慣れろよ」
「べ、別に照れてないわよ。ほんと、さっぱりさせすぎよミカも」
「で、実際変じゃないのか?」
自分的にはあまりにも爽やかになりすぎて、果たしてこれが似合ってるのかどうかわからない。
他人から見ておかしくないかと、何気なく聞いたつもりだったが。
「……いい」
「え?」
「か、かっこいいって言ったの! もう、聞かないでよねそんなこと」
鷹宮はなぜか怒って部屋を出て行った。
「いや、なんなんだよほんと……」
どうやら、体調はすっかり良くなったみたいだけど。
髪切って来いっていったのはお前だろ……ん?
「さっき、かっこいいって言ったか?」
♡
「……ミカのバカ、やりすぎ」
どんだけ気合い入れて仕上げてんのよ。
別に清潔感が出る程度でよかったんですけど。
あんなにバッチリ決められたら顔見れないじゃん。
かっこいいじゃん。
なによ、陰キャのフリしておいて。
目つき悪いとか言ってたけど、別にそんなこともないし。
はあ……私、変な顔してなかったかな。
洗面所で自分の顔を見る。
少し頬が赤い。
やっぱり、意識してる。
明日は選挙だっていうのに。
てか、マリアのバカが日程変えたせいで告白どころじゃなくなったし。
早く言ってすっきりしたいのに。
……でも、まあ。
涼風君の顔見たら、言える気もしないんだけど。
♤
「で、明日はいよいよ決戦ということになったけど、どうするわけ?」
気合いを入れた様子で戻ってきた鷹宮は、強い目力で俺を見ながらそう言ってソファに座った。
「ま、精一杯やるしかないさ」
「ミカは何か言ってた? ていうか、ミカと話してどうだった?」
「どうって……なんかあの人って未来予知でもできるのか?」
「あ、それ私も思ったことある。先がわかりすぎてるというか、それでいて答えだけは絶対話してくれないのよね」
「わかる。でも、ということはつまりミカさんには選挙で俺たちが勝つ可能性も見えてるってことなんじゃないか?」
「どうして?」
「いや、希望的観測だけど。本当に無理だと思ったら無理って言いそうだなって」
「確かに。じゃあ、その可能性とやらを探った方がいいわね」
うーん、と。
まるで心当たりがない様子で鷹宮は考えこんだ。
でも、俺はなんとなくミカさんの言いたいことがわかる気がする。
素直に、と。
自分の気持ちを曝けろと、ずっと彼女はそう言っていた。
つまりそういうことだ。
俺の鷹宮に対するこの気持ちを曝け出せば何かが起こると。
いや、しかしだ。
わかってはいても果たしてそれをやる勇気なんてない。
そんなの、公開告白みたいなものだ。
下手すりゃ鷹宮にだってドン引きされる。
「うーん」
「ねえ、そういえばミカから何か聞いた?」
「え、だからさっき言ったとおりで」
「そうじゃなくて。あの子の家のことよ」
「あ、ああ、まあ。なんか、二人とも大変だったんだな」
「そっか、話したんだ。なんだかんだ、あんたも信用されてるのね」
「鷹宮の彼氏だから特別だって。あの人にとって信じれる人はお前一人だよ」
「……ミカには、ずっと甘えてばっかなのにね」
「甘えられるのもうれしいんじゃないか? 好きな人になら頼られて嫌なやつもいないだろ」
多分ミカさんは義務感なんかじゃなく。
鷹宮のことを思ってるからこその面倒見の良さなんだろう。
それは話していてもよくわかった。
だから鷹宮もまた、気にする必要なんかないんじゃないかと。
言おうとした時に彼女がまた、顔を赤く染めながら俺をじっと。
見つめるというより、睨んでいた。
「な、なんだよ」
「……じゃあ、あんたは私に甘えられたら嬉しい?」
「……え?」
「ど、どうなのかって聞いてるの。ねえ、嫌じゃない?」
急な言葉に俺は何も言えなかった。
例えばの話なのかとも思ったが、鷹宮の態度はそんな軽いものじゃない。
いや、待て待て不意打ちすぎるだろ。
なんて答えたらいいんだ?
「なによ、黙ってるってことはやっぱり嫌なの?」
「そ、そんなことは、ないけど」
「けど、なに? 別に嬉しくはないわけ? あ、そ」
鷹宮はそっぽを向いてしまった。
「ち、違う、そうじゃないんだ」
「だったら何よ。はっきり言ってくれないとわかんない」
「……嬉しいに決まってんだろ」
言いたくない本心の一片が、ポロリと崩れる。
鷹宮に呼ばれたら、頼られたら、甘えられたら。
いつだって俺は夢見心地だ。
「……ふ、ふーん。じゃあ、私の看病とかも迷惑じゃなかったってこと?」
「ああ、そうだよ。なんなら俺にだけ頼れって、思ってたくらいだ」
「……なんで?」
「それは……」
試すように俺の答えを待つ鷹宮の顔がどんどん赤くなっていく。
自分の心臓の音がうるさく体中に響く。
しまい込んでおきたかった自分の想いが、その鼓動に押し出されそうになる。
「……俺は」
鷹宮のことが好きだ。
そう言おうとして、やっぱり言葉を飲んだ。
「いや、やっぱりいい」
「……なんで誤魔化すのよ」
「別に誤魔化してなんかない。でも、こんな話は今じゃないだろ」
「じゃあいつ? そうやって約束の日が来ておさらばするのを待ってるんでしょ」
「明日勝ったらちゃんと話すさ」
そう、明日だ。
明日負ければ、そんな話は全て無意味になる。
俺は神宮寺の支配下で雑用させられ、目の敵にされて鷹宮と遊ぶ暇すら与えられず一年間を奴隷で終える。
なんだかんだどうにかなるんじゃないかって甘い考えも今はもうない。
神宮寺なら、そこまでやる。
徹底して俺たちのことを邪魔する。
だから明日。
勝たないとこの先には進めない。
「……もし負けたら?」
「そんなことは負けた時に考えるよ。でも、俺は今の想いを全部ぶつける。だからお前も全力で自分の想いを語ってくれ」
「……うん」
頷く彼女を見て、ようやく俺も少し力を抜いた。
「とにかく、明日だ。今日は早く寝よう」
「バカ」
「なんでだよ」
「バカ、意気地なし。ふんっ、ちゃんと人の質問にも答えられないような人が全校生徒の前で話にんかできるか不安になってきたわ」
「不安だよそりゃ。でも、負けたくない」
「それは、マリアと仕事するのが嫌だから?」
「まあ、それは普通にあるけど」
「それだけ? 負けたくない理由って」
「……水族館」
「え?」
「負けたら水族館行く暇もなくなるだろ。俺も、約束は守りたい人間だから。ちゃんと勝ったら、約束通り水族館な」
そう言ったところでもう色々と限界だったので立ち上がって、リビングを出ようとする。
「帰るの?」
「明日に備える。まあ、また体調悪くなったら連絡くれ」
見てはいないが、自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。
それに散髪のせいでいつもより表情が隠せない。
だから鷹宮から顔を逸らしてそのまま部屋を出た。
そして慌てて玄関で靴を履いていると。
リビングからひょこっと顔を覗かせた鷹宮が俺に言った。
「水族館、ちゃんと約束だからね」
ああ、とだけ。
そっけなく返事をして俺は、燃えそうな顔をかくしながら逃げるように彼女の家を出て行った。
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