第48話

「ねえ、今はちゃんと一人でご飯食べてる? ちゃんと食べてるかどうかミカに後で聞くからね。嘘ついたら針千本目に刺すからね」


 昼休みに屋上にあがりまず電話をかけると、開口一番そんなことを言われた。


 もちろん、こんなことを言う相手は鷹宮ただ一人だ。


「だから一人だって。それよりもう体調はいいんだな?」

「まあ、おかげさまで。って、話誤魔化してない?」

「ない。いや、まじでどうすんだよ選挙のこと。このまま明日になったら大敗だぞ?」

「そ、そんな事言われても……私もさすがに今から学校に行くのは厳しいし、涼風君が先生を説得なんか出来ないでしょ?」

「……自信ないな」

「だったら、明日に向けてやるしかないわよ。今日は徹夜かもね。あと、ミカに髪切ってもらう予定も今日中に変更ね」

「なあ、別に髪はいいんじゃないか」

「ダメ、万全を尽くすことよ。それじゃまた後で。食べ終わったらビデオ通話にしてね」


 電話が切れた。

 ここでようやく一人の時間。

 俺は久しぶりに食べる購買のパンをひとかじりする。

 なんか、随分と懐かしい味な気がする。

 以前は当たり前だったこのパンも、鷹宮といる時には全く無縁だった。

 そしてまた、このパンの味の常連になるのかな。

 そんなことを思うとやっぱり胸が苦しい。

 ……自分の気持ちに素直になんて、ミカさんも人が悪い。

 俺の気持ちなんか見透かしたようにしてさ。

 俺だって、正直に鷹宮に言いたいよ。

 このまま本当に付き合ってしまわないかって。

 でも、俺にはそんなことを言う度胸も勇気も備わっていない。 

 ミカさんの口ぶりだと、鷹宮も俺に好意があるように聞こえたけどそれだって確証はない。

 いくら彼女の洞察力が優れていたって所詮は他人。

 鷹宮の心の奥底まで知るわけではない。

 鷹宮には過去のトラウマもある。

 そう簡単な話じゃない。


「あーあ、ほんとどうしろってんだよ」


 何かヒントはないかと、今日の会話を思い返す。

 そういや、ミカさんが思わせぶりなことを言っていたっけ。

 約束を破らなくたってうまくいく方法がなんとかって。

 どういう意味だろう。

 鷹宮との約束を果たせば別れることになるし、付き合うことになればその約束は破られたことになるし。

 んー、さっぱりわからん。


「……電話だ」


 齧りかけのパンを片手に思いに耽っていると、ビデオ通話の着信が。

 言わずもがな鷹宮から。


「……はい」

「あら、屋上? 誰も……いない?」

「いないって。ていうか早すぎるだろ。まだ飯食べてない」

「こんな非常時にノロノロご飯食べてるのが悪いのよ。ねえ、さっきミカにラインはしておいたから。放課後、先に彼女に髪切ってもらってきなさい」

「え、勝手に決めるなよ」

「何よ、私との予定を終わらせてからゆっくりミカと会うつもりだったの? そんなの許さないから。爆破してやるんだからね」

「何をだよ」


 とまあ、勝手に俺の予定が埋められていった。

 まずは放課後にミカさんのカットがあって、その後鷹宮の様子を見にいったついでに明日の戦いに備えると。


 なんともまあ、ざっくりした作戦だが。

 しのごの言わずにやるしかないか。


「じゃあ教室戻るから切るぞ」

「え、いつもより早くない? ねえ、誰に会いにいくのよ」

「教室でそば耳立てて明日のことについて喋ってるやつがいないかちょっとでも情報集めるんだよ」

「あ、なるほど。ふーん、そういうことなら、まあ許す」


 画面の向こうの鷹宮はようやく何かに納得していた。

 いや、なんで教室に戻るのが許可制なのかも不明だが、突っ込んでまた長くなっても面倒だし。


「じゃあ、そうさせていただきます」


 丁寧に頭を下げて、電話を切った。


 そしていつもより早く、当然一人で教室へ戻った。



「ミカエル様の昨日の配信見た? やばくない?」

「見た見た、めっちゃ尊いよねー。ていうかあんな恋愛憧れちゃうなあ」


 昼休みの間に教室に戻った俺の情報収集の成果は一つだけあった。


 昨日聞いた鷹宮も見ているという配信者のゴッドミカエルさんのことをみんな見ているということ。

 まじでどうでもいい情報だった。


「いやー、ゴッド様のロミジュリばりの話、最高だったな」

「ほんと、ミカエルさんの話はいつ聞いても心が踊るぜ」

 

 そしてどうやら男子にも刺さるらしい。

 もちろんどうでもいいことだったが、今度は俺も見てみようかなって気にはさせられた。


 そんなくだらない収穫をもって一日が終わる。


 放課後になり、神宮寺に遭遇しないように警戒しながら鷹宮に指定された裏門まで行くと。


「やほ、なんか浮気みたいでドキドキするねえ」


 イタズラっぽく笑うミカさんが立っていた。

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