第47話


「おは、涼風君」


 鷹宮の家を出てすぐ。

 後ろから声をかけられて一瞬ヒヤリとしたが、振り返るとそこにいたのは神宮寺ではなかった。


「ミカ、さん?」

「お、さすが覚えててくれたんだ。てか、リアラは一緒じゃないの?」

「あれ、聞いてませんか? あいつ今、体調悪くて寝てるんです」

「えー、リアラが? 珍しいこともあるのね」


 言いながらもミカさんは、そんなに心配している様子でもなかった。


「気にならないんですか? 鷹宮のこと」

「なるけど、涼風君がさっきまで看病してて、こうして学校に向かってるってことは大丈夫ってことなんでしょ? それとも、瀕死の彼女を置いて学業を優先?」

「……まあ、熱はもう下がってましたから」


 ミカさんの洞察力と推理力はおよそ高校生レベルではない。

 鷹宮とは雰囲気が全く違う、少し垂れ目の大きなその瞳は何もかも見透かしているように思わされる。


「しかしリアラも徹夜で看病してくれる彼氏がいるとか幸せものねえ」

「まあ、連休が終わるまでの間ですけど」

「あ、そういやまだそんな話してたんだ。別に、リアラはそんなこと気にしてないと思うけど」

「でも、約束ですから。約束は守らないとって、あいつも言ってたし」

「ふーん」


 ミカさんは途端につまらなさそうな顔をした。

 

「何か鷹宮が言ってました?」

「別にー。そういう話は当人同士でしたらいいと思うから余計なことは言わない主義なの。でも、もしリアラがあなたに特別な感情を抱いていたら、うれしい?」

「……それは、まあ」

「だったらもし、リアラがその感情をあなたに打ち明けたとして、素直に受け止めてあげられる?」

「それは……もしもの話なんかわかりませんよ」

「あはは、そうだね。でも、それがもしもの話かどうかくらい、察しがついてるんじゃないの?」

「……」


 回りくどい言い方だけど、ミカさんが何を言いたいか俺にはわかる。

 つまり鷹宮が俺に好意を抱いていて、もし告白されたら受け入れる気があるのかってことだろう。


「ま、放課後はまたリアラのとこにいくんでしょ? だったらあの子の話もちゃんと聞いてあげなよ」

「……わかってますよ。でも、約束を破るようなことを鷹宮がするでしょうか」

「それを選ぶのもあの子よ。それに二人とも頭が固いわね。約束なんか破らなくても、自分の気持ちに素直になる方法もあるのに」


 何もかもわかっているような言い方をして、ミカさんは笑った。

 ただ、その意味を聞こうとする前に「こっから先は自分たちで考えてね」と。

 本当に全てを見透かした様子でミカさんはまた笑っていた。


「……ほんと何者なんですか?」

「えー、ただの同級生だよ。リアラと同じく過去に傷がある、ね」

「どうせそのことを聞いても教えてくれないんでしょ?」

「んー、どうかな。涼風君が親友の何者かであるのなら、特別に喋っちゃうかも。ま、リアラを看病してくれたお礼でもいいけど」

「そういえば。一つ聞きたいんですけど、なんで鷹宮の家には行きたくないんですか?」


 この前、俺が初めて鷹宮の家を訪れた時も。

 鷹宮は頑なにミカさんを呼びたがらなかった。

 今日だってそう。

 親友が病気だと聞いてもお見舞いに行こうなんて話が一つもない。

 

「ふーん、案外涼風君ってこっち側なのかもね」

「何の話ですか?」

「こっちの話。ま、それはおいおい話すとしようかな。私にも心の準備ってものがあるからねえ」


 ミカさんが勿体ぶった言い方をしていると、気がつけば正門が見えた。

 そして、ついでに余計な人影も。


「あら、今日はリアラの親友さんと浮気なんてほんと罪な男ね涼風君は」


 神宮寺とエンカウントした。

 毎日ご苦労なことだ。


「おはよう神宮寺さん。じゃあ俺はこれで」

「あら、大事な話があるのに聞かなくていいの?」

「それなら明日鷹宮が来てにしてくれ。あいつは今日病欠だから」

「あら、それだと遅いわよ。選挙だけど、急遽明日に行なわれることになったから」

「……なに?」


 通り過ぎようとした足が止まった。

 そして振り返ると、満足そうに俺を見下す神宮寺が口元に手を添えてくすくすと笑う。


「先生方にね、打診したの。他に候補者もいなさそうだし、連休中も前生徒会の残務整理とかをしたいから早めに執り行ってほしいって。もちろんみんな大賛成だったわ」

「……俺たちが策を講じる前にさっさと葬ってしまえって感じか」

「そんな物騒な言い方は失礼だわ。学校のことを考えての結果よ。それに、先生方も選挙なんて形骸的な行事にしか思ってないってこと」

「結果は見るまでもないってことか」

「話がわかる人は嫌いじゃないわ。私の片腕になるんだからそうじゃないとね」


 その後、「じゃあ、ミカもまたね」と。


 高笑いしながら神宮寺は校舎へ歩いていった。

 

「……あの野郎、どこまで卑怯なんだよ」


 そんな彼女を睨みつけていると、隣にいたミカさんがふうっと息を吐いた。


「ほーんと、相変わらずねマリアは」

「そういや、ミカさんは中学も一緒なんでしたっけ」

「そ。昔からあんな感じ。私は根本から合わないタイプね。でも、さっきの話が本当なら早いうちにリアラに連絡してあげないと」

「あ、そうですね。ええと、それじゃあ」

「私はしないよん。部外者だし、それに君から連絡来た方がリアラも喜ぶでしょ」


 にひひっとイタズラっぽく笑って。

 ミカさんもそのまま先に校舎の中に消えていった。



「……すみません、ちょっと体調悪いので席外します」


 授業が始まってすぐ、俺は挙手をして先生にそう伝えてから教室を出た。


 というのも、本当に体調不良だったわけではない。

 授業が始まる前に鷹宮にラインで先刻聞いたことを報告したのだけど。

 その後ずっと、電話とラインが鳴り止まないのである。


 ずっと。

 電話のコールが何十秒も続いたあと、切れたと思ったらラインが数件。

 そしてまた電話。

 その後ライン。

 この繰り返し。

 ずっとポケットの中が振動し続けており、限界を迎えて席を立ってから、トイレに入るとまずラインを見た。

 すると。


「ねえ、それほんと?」

「ていうかなんでマリアと今朝も会ってるのよ? 浮気? 浮気じゃないよね?」

「なんで既読にならないの? やましい事があるから?」

「電話とらないのはなんで? まさか今、マリアと一緒にいる? いるんでしょ?」

「電話無視するんだ。なんでそんなことするの? 私がいない方が色々と楽しくていいの? そうなんだ。 もういい、わかった」


 こんなメッセージがズラリ。

 ちなみにわかったとメッセージが来た後も電話やラインは続いている。


「ああ、くそっ。なんなんだよあいつ」


 てっきり選挙のことでパニックになってるのかと思ったら全然そうでもない。

 むしろ俺が今神宮寺と浮気していないかでパニックになってる。

 意味がわからん。

 とにかく電話だ。


「……もしもし?」

「ねえ、なんでそんな小声なの? もしかしてマリアと」

「トイレの中だからだ。今授業中なのわかんないかな?」

「授業中にトイレでマリアとなにしてるのよ!」

「一人だよバカ! いや、そんなことより選挙の話にもっと驚け」

「それどころじゃないでしょ。彼氏が浮気してるかもなんだから」

「だからしてないって」


 全く話にならない。

 もっと大声で怒鳴りつけてやりたいくらいだが、授業中にトイレで大声出して通話がバレたら携帯没収だ。 

 さすがにそれはまずいからと、ボリュームを下げながら再び話し始める。


「あのさ、選挙明日なんだぞ? どうすんだよ一体」

「わかってるわよそんなの。でも、決まったことをグダグダ言っても始まらないの。結果を受け入れて今できる最善を考えるしかないわ」

「……そこまで言うならわかった。昼休みにまた連絡するからそれまでにある程度お互い策を考えておこう」

「ええ、そうね。でも、それまでにマリアと密会したらころ……怒るから」


 電話はそれで途切れた。

 俺は便座に腰掛けてからため息を吐いた。


 全く疲れる。 

 なんで業務報告しただけでこうなるんだろう。


 あ、そういえば聞くの忘れてたけど体調良くなったのかな?

 ……もう一回電話は勘弁だけど。


 ラインくらい、しとこ。


 

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