第46話

「……あ」


 目を開けたら見慣れた天井がそこにあった。

 汗で体がべちゃべちゃだ。

 でも、なんか少し楽になったかも。

 今、何時?

 涼風君は……


「いない、か……」


 流石に、家に帰ったみたい。

 まあ、当然よね。

 私を安心させようとして、ずっとそばにいるなんて嘘ついて。

 わかってても、ちょっと期待しちゃったな。

 

「いてて……」


 熱のせいか、起き上がると体のあちこちが少し痛んだ。

 でも、薬のおかげか頭痛はもうなくて。

 昨日、眠る前に思っていたことを段々と思い出していく。


 あの時、もし眠たくならなくて思ってたことが言えていたら。

 今でもここに、涼風君はいたのかな。

 

「……六時か。あー、お腹空いた」


 一度起き上がるも、やっぱり体がだるくてもう一度ベッドに寝転ぶ。

 動きたくない。

 体も気持ちも重い。

 今日は学校も休まないと。


「あれ、起きたのか?」

「……え、うそ」


 私はその声に飛び起きた。

 扉の前に、お盆を持った涼風君が立っていた。


「そんなに急に動いて大丈夫か? あの、朝飯とか作れないから、ほら、カップスープ。キッチン、借りたから」

「……なんで」

「起きるまでここにいろって言ったじゃんか。約束は守れって散々言ったくせに」

「……そっか」


 飛び上がるほど嬉しかった。

 と、同時にやっぱり寂しかった。

 

 結局涼風君は私の言葉に忠実に動いてくれているだけだ。

 優しいから。

 ほんと、優しすぎる。


 でも、そんな優しさいらないから。

 わがままに、私との約束なんか破ってくれていいから。

 何度も言葉にしようとして、喉が締め付けられる。

 なんで、こんなに声が出ないんだろう。

 出してくれたカップスープに口をつけて喉を温めてみても、やっぱり肝心なことは口に出さずにいた。


「……」

「大丈夫か? まだ顔が赤いけど」

「だ、大丈夫。それより、そろそろ帰らないと学校間に合わないんじゃない?」

「まだ大丈夫だよ。実は昨日ここに来る時に着替えも荷物も持ってきてたから」

「……最初から泊まるつもりだったの?」

「なんとなく、そうなるかなって。鷹宮が体調悪いって助けを呼ぶなんて相当悪いんだろうなって思ったから」

「……そ」


 素直にありがとうでいいのに、そっけない返事をして視線をそらした。

 もう、顔を見るのも恥ずかしい。

 ドキドキして、熱があがりそう。

 こんな感覚、生まれてはじめてだ。

 これが、好きってことなのかな。


「とにかく俺が出たら着替えてゆっくりしてろよ。あと、何かあったらすぐ連絡しろよ」

「う、うん。でも、学校からでも飛んでくるの?」

「まあ、場合によっては」

「なにそれ。何がなんでもじゃなくて?」

「なんだかんだ、かな。呼ばれたら来るよ、絶対」

「うん……」


 多分私は舞い上がっていた。

 彼氏役を全うしてくれてるだけなのか、本心なのかなんてどっちでもよくて。

 ただひたすら優しくしてくれる彼に私は酔っていた。

  

「じゃあそろそろ時間だ。下で着替えさせてもらうから、脱いだ服は置いといていいか?」

「うん、いいわよ。学校終わったらすぐに来てね」

「了解」


 ベッドの上から、部屋を出る彼を見送った。

 そして一人になって少し経ってから、彼にラインを入れようとする。


「私がいないからってマリアと浮気したら……ええと」


 殺すから。

 そんな文を打とうとして、手が止まる。

 もう、そんな気持ちになれない。

 多分私、浮気されても殺せない。

 好きだと、許してしまうかも。

 ダメなのに。

 辛いのに。

 彼だけ、特別扱いしてしまう気がする。

 何されてもいいから、嫌われたくない。

 どうなってもいいから、別れたくない。

 学校なんかいかなくていいから、ここにいてほしい。

 早くそんな気持ちを伝えなきゃ。

 涼風君が私の彼氏であるうちに。


「……ラインなんかじゃ、ダメよね」


 あれこれ考えた結果、「いってらっしゃい、気をつけて」とだけ。

 やっぱり大事なことは直接話さないといけないと思って。

 涼風君が帰ってくるまでにちゃんと言いたいことをまとめて、言えるように気持ちの整理をしておかないと。


 もう一眠りしてから。

 今日の放課後、私は彼に……。

 

 


 

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