第44話


「なあ、そこのクレープ屋とかどう?」

「……」

「鷹宮、聞いてる?」

「え、ああ、うん。私もそこでいいわよ」


 ラーメン屋を出たあと、近くのクレープ屋まで来たのだけど。

 店を出てから鷹宮の様子が少し変だ。

 なんかぼーっとしてるというか。

 顔も少し赤いし。

 

「なあ、もしかして熱でもあるのか?」

「な、ないわよ。ほら、早く入りましょ」


 少し心配になったが、クレープ屋に入ると彼女はいつもの調子で「んー、何にしようかな。ねえ、何がいいと思う?」なんて。

 まあ、気のせいだったかな。


「私はカスタードのこれにする。ねえ、なんにするの?」

「じゃあ俺はチョコで」

「んー、それもいいけどいちごとかは嫌い?」

「……食べたいのか?」

「な、なによいけない?」 

「いや、いいよ。じゃあ、好きなの二つ頼んでくれよ」


 そう伝えると、彼女は嬉しそうに店員にクレープを頼んでいた。


 そして手際よく生地ができる光景を楽しげに見つめて、やがてクレープを渡されると「美味しそう」と声を弾ませて。

 一口食べると「んー、最高」と、はしゃいでいた。

 

「ほんと好きなんだな」

「好き……まあ、うん」

「別にはしゃいでてもバカにしないって」

「そ、そうじゃないのよ。ねえ、あんたも……ううん、いい」

「なんだよ、全部食べたいならあげるけど」

「……バカ」


 少し怒った様子で、俺が持っていたいちごクレープを奪い取ってそのままがぶり。

 両手にクレープを持ったまま、先に行ってしまった。


「お、おいおい」


 やっぱり、ラーメンを食べた後から少し様子がおかしい。

 ずっとうわの空というか、それでいてイライラもしているようで。


 ……わからん。

 何にそんなにイライラしてるんだと頭を捻っていると、ふと思い出した。

 少し前に母さんから「女の子はね、何もなくたってイライラする日があるの。そういう時は気を遣ってあげなさいね」と言われたっけ。


 それが今なのか?

 でも、だとしたらそっとしておいた方がいいのか?


 いや、しかし以前に鷹宮から「彼女が怒っていたら機嫌をとりなさい」と怒られたこともあった。

 だからそうするべきなのか。

 

「……どっちだ?」


 少し前を早足で歩きクレープをばくばく食べる彼女の背中を見ながら俺は悩んだ。


 そして悩んだ末に結論が出ず、しばらくついて行ったところで。


「……バカ、何か言いなさいよ」


 怒られた。


「あ、いや、ごめん。でも、何にそんなイライラしてるのかわからないからさ」

「ねえ、好き?」

「は?」


 振り向きざまに急にそんな質問をされてドキッとした。

 でも、すぐに何が言いたいかわかった。


「……好きだよ」

「え?」

「興味なさそうにして悪かった。俺も好きだから。一口くれよ、クレープ」

「……いいわよ。はい、食べかけだけど」


 渡されたカスタード味のクレープは半分くらい彼女が食べていた。

 そんなものに口をつけて怒られないか心配だったけど、鷹宮は「別に間接キスとか、気にしないから」と。

 俺は気にしないわけにもいかなかったが、また怒らせては元の木阿弥。

 俺はさっきよりもう一つドキドキさせられながら。

 クレープに口をつけた。



「結局何もせず遊んでしまった……」

「なによ、あんたも楽しんでたんだからいいでしょ」


 家の近くまで帰ってきた時にはもう夕陽が落ちかけていた。

 ラーメン屋からのクレープ、そしてあのあとも結局駅周りの店を散策して、気がつけばあっという間の一日だった。


「今日もミカさんとご飯?」

「うん、まあ。でも、明日から学校だし今日は早めに解散するかな」


 言いながら、また少し寂しそうにする鷹宮を見ると昨夜の出来事が頭に蘇る。


「そっか。今日はさすがに呼び出されても困るからな」

「な、なによ迷惑だったっていうの?」

「まさか。誰かに頼られるなんて今まで一度もなかったから嬉しかった。こっちこそありがとな」

「な、なによ改まって……まあ、よっぽど困ったら頼ってあげなくもないから。その時は飛び出してきなさいよ」

「ああ、わかった」


 そんな会話をして、彼女と解散した。

 家に帰って一人で部屋に戻ると、いつものように寂しさもあったけど少しだけ気分は晴れやかだった。


 その日が近づくと、もっと辛くなるかと思っていたけど。

 だんだんと、それを受け入れられてきているのだろうか。

 昔の俺だったら、勝手に傷ついて勝手に塞ぎ込んでいたかもしれない。

 でも、今は前を向いていられる。

 それもこれも鷹宮のおかげだ。


 どうせ来週の連休だって、完璧主義がどうのって言ってデートでもしようとか言ってくるだろうな。

 そういうのも、最後だから。

 最後まで楽しもう。

 最後まで彼女に尽くそう。

 風呂から出たらライン入れとかないとな。


 最後まで、ちゃんと……。



「ねえ、好きって言っちゃったんだけど。聞こえてたと思う? 聞こえてたよね絶対」

「その流れだとラーメンが好きって言ってるようにしか聞こえてないわよ。でも、ちゃんと言えたんだえらいえらい」


 ファミレスでいつものようにミカと一日の振り返りをしているところだけど。

 私の気持ちはもう、前のめりだった。


「ねえ、こういう時ってどうしたらいいと思う? ミカならどうする?」

「私だって男いたことないから知らないわよ。でも、最初から言ってる通り約束にこだわる必要ある? リアラの言いたいことはわかるけどさ」

「そうなんだけど……涼風君にも散々約束守れって言っちゃったし」

「で、向こうの反応は?」

「私の気持ちはすごくわかってくれてた。だから今は別れ話とかしないって」

「あー、それはちょっとどうかなー」

「な、何かまずかった? や、やっぱり別れるとか言われそう?」

「んんと、逆かな。ちゃんと彼は約束守ると思うわよ」

「だったらいいじゃない」

「そもそもあんたと涼風くんが何を約束したか覚えてる?」

「ええと、一ヶ月はちゃんと付き合うってことだけど」

「つまり、一ヶ月経てばちゃんと別れるってことよ。もしかしたら、涼風君の中ではその辺の踏ん切りもつきかけてるかもねってこと。あんたは本当にそれでいいの?」

「……だって、それは私が言い出したこと、だし」

「彼のこと、好きなんでしょ? だったらさ、素直になりなよ。彼の中で別れる覚悟がついてからじゃ遅いわよ」

「そ、そんなこと言われたって」

「人に嘘をつく奴は最低だけど、同じくらい自分に嘘つくやつも私は尊敬できないかな。リアラはいつだって真っ直ぐでわがままで自分に正直な子のはずよ。って、お母さんみたいね私」


 ミカは笑っていたけど、どこか寂しそうだった。

 その顔を見て、私もまた気持ちが揺らぐ。

 

「……ミイラとりがミイラになっていいのかな」

「いいのよ別に。ま、鉄が冷めないうちにちゃんとぶっ叩きなさい。あんたに甘えられたら彼だって無視できないわよ」

「甘えるって……うん、頑張ってみる」


 そんなミカのアドバイスを受けてから、ご飯を食べて解散した。


 いつものように誰もいない家に帰ると、昨日以上に孤独が押し寄せてきた。

 このままだと、涼風君まで私のそばから離れていってしまう。

 ついこの間までは、決まってることだから仕方ないかって思ってたのに。

 今はそれが、辛い。


「……なんか頭がぼーっとする。疲れたのかな」


 部屋に戻ると、体が熱くなっていたことに気づく。

 気持ちの問題かと思っていたけど、どうやら熱が出たみたい。

 体調を崩すなんていつぶりだろう。

 看病してくれる人もいないからって、ずっと気が張って風邪をひくことすらなかったのに。


「……頭いたい」


 体調の悪さを自覚するとどんどんと体が寒くなっていく。

 薬も、どこにあるかわからない。

 買いに行こうと思っても体が動かない。

 

 でも、ミカをこの家に呼ぶわけにもいかないし。

 ズクンと痛む頭であれこれ考えながらベッドに寝転ぶと、また涼風君のことがよぎる。


 今日は呼ぶなって言われてたけど。

 呼んだらやっぱり来てくれるのかなと。

 でも、もしミカの言う通り彼の中で踏ん切りがついているのなら、私のやろうとしてることは藪蛇なのかもと。

 迷いながら、じっとしていた。

 すると彼からちょうどラインがきた。


「今日も楽しかった。また明日、おやすみ」


 いつものようにサバサバしたメッセージだった。

 でも、なんとなく私から気持ちが離れていってるような気がさせられた。

 そんなの、やっぱり嫌だ。


 私のやってることは、涼風君に嘘をつくことになる。

 私が偉そうに言い出したことなのに、私の方から破るなんて最低だ。

 でも、自分に嘘はつきたくない。

 今の私の気持ち。

 素直にあなたに甘えたい。

 甘えさせて。

 

「体調悪いから、来て欲しい」


 そう送ったあと、私は意識が朦朧として。

 目の前が真っ暗になった。

 

  

 

 

 


 

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