第36話
♡
「はあ……」
「どうしたのよ、来て早々ため息とか。そんなに涼風君が恋しいの?」
「そうじゃなくてさあ」
待ち合わせ場所のファミレスに着いて、ミカのいる席に座ってすぐに項垂れた後。
今日の出来事を一通り説明した。
「なるほど。マリアもなかなかしつこい女ね」
「でしょー。勝手に告白されて断っただけなのにさ、なんでそこまでされなきゃならないのよ」
「まあ、告白されまくって断りまくってたらいつかこんな逆恨みを買うんじゃないかって思ってたのよね。だから嘘の彼氏でも作ったらってアドバイスしたつもりだったんだけど。手遅れだったわけか」
「ほんと災難。あーあ、せっかく水族館行っていい気分だったのになあ」
マリアと遭遇するまでは本当にいい一日だった。
もちろん過去のことを思い出して辛くなる場面もあったけど、それも含めて。
有意義で、充実した楽しいひとときだった。
また、一緒に行こうって言ってくれたし。
「えへへ、また一緒に行こうだって」
「落ち込んでるかと思ったら急にニヤニヤとか、不安定過ぎでしょ。何、涼風君と進展あった?」
「し、進展とかじゃないけど……まあ、また一緒に水族館行きたいとは、言われた」
「へー、よかったじゃん。で、手くらい繋いだ?」
「そ、そんなことしないわよ。見せつける相手もいない場所だったし」
「ふーん。で、さっきからずっと見てるその写真は?」
「あ、いや、これは……お、お守り代わりに撮ったのよ。これを男子どもに見せつけてやったらどうかなって」
「その割にあんたの顔、蕩けてるけど」
「え、演技よそんなの。仲良さそうな方が説得力が」
「ねえ、意地張るのやめたら?」
ミカは笑いながらも、まっすぐ私を見て言った。
「……意地とかじゃないわよ」
「じゃあなに? 別に私のことなら気にしなくていいのよ。涼風君のことが好きなら素直に」
「なれるわけないじゃん!」
ミカの言葉を遮るように、声を荒げた。
そしてすぐに我に返ってミカを見ると、彼女は優しい目で私を見ていた。
「……ごめんミカ、大声だして」
「いいよ、別に。私も言いすぎたし。でも、なんでそこまで我慢するの?」
「……」
さっき、マリアに言われたからってわけじゃなくて。
ずっと、ひっかかっていた。
私も結局、涼風君を傷つけた子と同じなんじゃないかって。
相手の気持ちなんか考えずにただひたすら、他人を拒絶してきた。
そんな私は、涼風君と一緒にいるべきじゃないのかもって。
結局そうやって、最後には彼も傷つけるんじゃないかって。
そう思うと、やっぱり素直になんかなれない。
「私なんか……」
「あらあら、重症ねえ。リアラ、ちょっと質問いい?」
「質問? いいけど」
「一般論として、好きな人と付き合ったらずっと一緒にいたい?」
「え、ずっと一緒にいるのが当たり前じゃないの?」
「だけどほら、お互い友達もいたり趣味もあったりするわけだし」
「そんなの優先する意味がわかんない」
「……じゃあもう一つ。付き合ってる相手の為ならなんでもしてあげたいって思う?」
「そんなの当たり前じゃん。もし本当にその人が好きなら、養ってあげたいくらいなのが普通じゃない?」
「うーん」
ミカが難しい顔をした。
急に変な質問をしてきてどうしたのかと首を傾げていると、ミカは何か結論づいたように頷いた。
「リアラ、あんたって病んでるわね」
「病んでる? 私別に健康だけど」
「そうじゃなくて。ヤンデレさんってことよ」
「ヤンデレ? 私が?」
「うん、相当に。いちいち重いのよ感情が。まあ、お父さんの件があるからわかんなくもないけどさ。ちょっとだけ軽い気持ちで考えたらどう?」
「それって、涼風君のことを?」
「まあ、今はそうね。別に付き合ったからって結婚するわけじゃないんだし」
「何言ってるの? 交際するなら結婚を前提でしょ?」
「だめだこりゃ」
呆れた様子でミカはストローに口をつける。
そして天井を見上げてから、また私を見てこう言った。
「要するに、それくらい涼風君のことが大切ってことなのね」
「……大切、か。うん、そうかもね」
「お、ようやく認めたわね」
「た、大切ってだけで別に好きとかそういうんじゃ」
「わかってるわよ。でも、今の気持ちにくらい、素直になってもいいんじゃない?」
「……考えてみる」
「よし、考えなさい。じゃあ、お腹空いたしご飯頼もっか」
このあと、二人でご飯を食べている間にそんな踏み込んだ話はなかったけど。
やっぱり私はずっと、涼風君のことばかり考えていた。
こうしてる間も、何をしてるのか。
マリアと私の話を聞いて、本当はどう思ったのか。
私との約束のこと、どう思ってるのか。
ずっと、そんなことばかり考えていて。
今日はこの後のミカの話も、全然耳に入ってこなかった。
◇
「はあ……」
家に帰るといつも一人。
いつも真っ暗な玄関。
廊下。
それぞれに灯りをつけて、孤独感を紛らせて。
でも、真っ暗な自分の部屋に戻るとまた、孤独に押しつぶされそうになる。
ずっと、そうだった。
早くミカに会いたいと思いながら毎日夜が明けるのを待っていた。
ミカのことが好きだから。
私の唯一の友達で、かけがえのない人。
ミカさえいればいいって、そう思っていた。
ずっと。
そう思ってきたのに。
「会いたい……」
ベッドに寝転んでスマホを見てる今、頭によぎるのはミカじゃなかった。
涼風君に、会いたい。
この気持ちがなんなのかわからないけど、会って話がしたい。
明日まで、待てない。
連絡が欲しい。
会いに来てほしい。
「今の素直な気持ち、か」
ミカに言われたこと、ちゃんと考えてるよ。
でも、やっぱりこの気持ちの正体がなんなのかまで、私にはわからない。
まだ、わかんないけど。
「会いたい」
その気持ちが嘘じゃないのだけは、わかる。
だから。
彼に、そうラインを送った。
彼が見てくれることを願って。
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