第35話


「あー美味しかった。ご馳走様」

「ご馳走様。これにしてよかっただろ?」

「まあ、おすすめなんだから当然よ。自分のセンスみたいに言わないでよね」


 ハンバーグの味はかなり本格的で、鉄板に滴る肉汁の甘い香りが食欲をそそりあっという間に二人とも完食だった。

 お腹がいっぱいになったからか、鷹宮もいつもの調子に戻った。


「そういや、今日は帰ってから作業の続きするんだろ?」

「そうね、って言いたいとこなんだけど案外時間遅くなっちゃったからまた明日かな。夕方はミカとご飯行かないとだし」

「毎週二人でご飯なんだな」

「うん。もう何年もそんな感じ。ミカからしか得られない栄養があるのよねー」

「なんだそれ。そんなもんがあるならあやかりたいもんだよ」

「……ミカに興味あるの?」

「え?」

「ダメよ、ミカは確かに頭良くて明るくて可愛いけど。手出したら許さないから」

「いや、ありえないだろ」

「なんでそう言い切れるの?」

「なんでって……」

「ほら、困ってるじゃん。浮気は即死刑だけど相手がミカだったらそれじゃ済まないから」


 鷹宮は時折り見せるじめっとした目で俺を上目遣いで睨む。

 以前なら、その様子に違和感と恐怖を覚えたものだけど。

 今ならなんとなくわかる。

 父親のことが、鷹宮にこうさせているんだと。

 

「そんな器用なタイプに見えるか?」

「ま、まあそれもそうだけど。でも、カットはミカのためだから特別に会わせてあげるだけなのを忘れないでよね」

「肝に銘じておくよ」 

「ふふっ、わかればよろしい」


 答えるとまた、鷹宮は少し笑った。

 なんだか、こいつとのやりとりも随分と板についてきた気がする。

 もっと一緒にいたら、もっとうまく話せるようになるのだろうか。 

 それとももっと喧嘩ばかりするんだろうか。

 

 こんな関係はあと僅かだけど。

 別れたあとの俺たちって、どんな関係になるんだろうか。


「あらー、こんなとこまで遠路はるばるご苦労様。ほんと仲良しなのねえ」


 少しセンチになっていたところに、そんな気分を吹き飛ばす甲高い声が届いた。


 振り返ると、なぜかここの店員の制服姿で神宮寺が立っていた。


「な、なんで……」

「それはこっちのセリフよ。ここ、私のパパの店だもの。今日は手伝いに来てるのよ」

「な、なるほど」

「知らないで来たの? だったら私たち、やっぱり運命的な何かがあるのかもね」


 神宮寺は俺を見ながらニヤリと。

 そして、向かいの鷹宮に鋭い視線を送る。


「ほんと、男に興味ないとか言っておいて彼氏ができたらゾッコンなのね」

「別にマリアには関係ないじゃん。ほっといてよ」

「関係ない、か。まあ、確かに私のやってることってただの八つ当たりだものね。でも、あなたみたいな冷たい人が誰かと付き合う資格なんてあるのかしらね」


 含んだ言い方をする神宮寺の意図が、俺には全くわからない。

 鷹宮も、最初は同じように心当たりのないような顔をしていたが。

 少し考えたあと、何かを思い出したようにハッとして、鷹宮は言う。


「……もしかして麻生君のこと?」

「あら、ちゃんと自覚あるんじゃない」

「あ、あれはちゃんと説明したじゃん。それにマリアもわかったって」

「言い訳はね。でも、私は許すつもりなんてないから」


 神宮寺は背を向けて「ま、せいぜいごゆっくり」と、嫌味っぽく言って店の奥に引っ込んでいった。


「はあ……やっぱりまだ根に持ってたんだ」

「なんの話だ? 麻生って」

「ごめんなさい、私とマリアの問題に巻き込んじゃって。でも、聞いてくれる?」

「ああ」


 鷹宮はゆっくり、淡々と話を始めた。


「麻生君ってのはマリアの幼馴染なの。私は中学も違うから全然知らなかったんだけど、入学してすぐの時にマリアと一緒にいた彼と初めて会って。それで、なぜか麻生君が私のことが好きだって」

「……それを振ったから神宮寺が怒ってるのか? とんだ逆恨みだな」

「うん。彼とは遊んだこともないし連絡先も知らないのにね。それにマリアは多分、麻生君のこと好きだったみたいで」

「好きな人を奪われた上にコケにされた腹いせ、か。聞けば聞くほどくだらないな」

「麻生君の告白を断ったあとも、ちゃんとマリアには説明したわ。突然のことだったし、別に私から誘ったりしたこともないって。その時はわかってくれてた感じだったからこの話は終わったと思ってたけど。そうでもなかったみたい」


 寂しそうに語りながら、鷹宮はため息まじりに続けた。


「私も、表向きは仲良くしててもマリアみたいななんでも持ってる子を好きにはなれなかった。私の悩みなんか、わかるわけないだろって。そういう敵意もマリアに伝わってたのかなって。麻生君をフッたのだって、マリアに対する嫌がらせみたいに思われてるのかも。だから涼風君にちょっかい出して、別れさせようとしてるんだと思う」

「事情も聞かずに逆恨みするやつの言い分なんか知るかよ。それに、あいつは俺に言ったんだ。負けたらそれまでだって。だから勝てばいい。選挙で勝てば、あいつも何も言えないはずだ」

「……巻き込んだこと、怒ってない?」

「今更すぎるだろ。それに、神宮寺の身勝手さの方が腹立つよ」


 鷹宮の話を聞いて色々と繋がってきた。

 神宮寺にとって大切な人を傷つけたのが鷹宮で、だけど鷹宮にとっては数ある男たちからの告白の一つでしかなくて。 

 その温度差もまた、神宮寺からすれば気に入らないところなのだろう。

 もちろん俺は鷹宮の過去を聞いた今だから彼女の男嫌いも理解してやれるけど。

 事情を知らない神宮寺からすれば、お高くとまって人の気持ちを考えないやつにしか見えていない。

 色々とすれ違った結果だろう。

 でも、今更どうこうできる話でもない。


「とにかく、こんな店に長居は無用だ。帰ろう」

「うん。帰ろっか」


 こうして、俺たちの初めての隣町へのおでかけは終わった。

 帰りの電車は来る時よりは空いていて、並んで座って電車に揺られる間も特に会話はなかった。


 鷹宮はずっと、何か考え事をしているようで。

 俺も、今日までのことを頭の中で整理していたら気がつけば家の最寄駅についていて。


 二人で静かに帰宅した。




 

 

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