第34話

「んー、楽しかった」


 イルカショーが終わり観客が去っていく中。

 俺と鷹宮は席に座ったままその余韻に浸っていて、人がまばらになってきたところで鷹宮が両手を伸ばしながら満足そうに言った。


「ああ、すごかったな」

「ねっ。でも、また変な話してごめん。気持ちが昂ってたのかな」

「気分転換しに来たんだろ。話して、スッキリしたか?」

「……うん」

「だったら来た甲斐があったな。俺も、なんだかんだ楽しめたよ」

「そっか。じゃあ、また今日から頑張らないとだね」

「ああ」


 ゆっくりと立ち上がり、会場をあとにした。

 鷹宮の表情は晴れやかで、さっき涙を流していたのは見間違いかと思うほどさっぱりしていた。


 でも、やっぱり彼女は泣いていた。

 よほど辛かったのか、それとも感極まったのか。

 その理由は今は聞くまい。

 

「さてと、お腹空いたわね」

「何か買って帰るか?」

「せっかく隣町に来たんだし、普段行けないとこで食べない?」

「いいけど、どこか行きたいとこあるのか?」

「んーと、駅裏に有名なカフェがあるんだけどどうかな?」

「またカフェか」

「なによ嫌なの?」

「嫌とは言ってないだろ」

「じゃあ嫌そうにしないの。さっ、いきましょ」


 水族館を出る時、鷹宮は名残惜しそうに何度も振り返っては足を止め、悲しそうな目をしていた。


 それでも、駅の近くまでくると「んー、やっぱり楽しかったなー」と、さっきまでの時間を思い返して笑っていた。



「え、写真撮ってないの? なにしてんのよー」


 駅裏のカフェに到着してすぐ、鷹宮がイルカの写真を見せろと言ってきたところで一悶着。


「いや、あんな話の途中で写真とか無理あるだろ」

「それはそれよ。私も悪いけど忘れたあんたも悪い」

「んな無茶な」

「あーあ、せっかくミカに見せてあげようと思ってたのになー」


 鷹宮は露骨に拗ねた様子で頬杖をついてため息を吐いた。

 二十席ほどのレトロな雰囲気漂う店内を見た時は目をキラキラさせていたというのに。

 ほんと、情緒の安定しないやつだ。


「……それなら、また行けばいいだろ。今度は俺が奢るから」


 呆れたように、俺は言った。

 すると、さっきまで窓の外をつまらなさそうに見ていた鷹宮が目を丸くしながらこっちを見た。


「それって……もしかして」

「い、いや大した意味はないんだけど」

「水族館にいたあのギャル店員でしょ」

「……はい?」 

「絶対そうよ。イルカショーの時もいたし、写真だってあの子に見蕩れてたから撮り損ねたんでしょ?」

「だ、誰の話だよ」

「しらばっくれても無駄よ。あんなに水族館に興味なさそうだったくせにまた行こうなんて、おかしいもん」


 また、鷹宮はそっぽを向いてしまった。

 なんでそうなるんだと一喝してやりたいところではあったが、その拗ね方がわざとらしくて。

 その面倒臭さも、こいつらしいなと思ってしまった。


「行きたくないなら別にいいけど」

「……行きたくないなんて言ってない」

「なら嫌そうにするなよ」

「……じゃあ、次はちゃんと写真撮るって約束できる?」

「ああ、ちゃんとする。だからもう子供みたいに拗ねるなって」

「拗ねてないもん。ほら、早く何か頼んでよ」


 外を見ながらメニューを俺に渡す。

 もうしばらくはこんな感じだろう。

 諦めて俺はメニューに目を通して、店員さんを呼んでからハンバーグランチを注文すると、「そっちだって子供みたいじゃん」と小言が聞こえた。


「ほら、注文何にするんだ?」

「……一緒でいい」

「はいはい。じゃあそれを二つお願いします」


 伝えて、メニューを店員さんに渡すとクスクスと笑っていた。


 綺麗な女性だったので、また鷹宮に何か言われるかと思ったけど、そんな様子はなく。


 ずっと、窓の外を見つめながら黙りこくっていた。

 そんな彼女をしばらく見守っていると、つまらなさそうに声をかけてきた。


「ねえ」

「なんだ、機嫌なおったか?」

「別に怒ってないし。それより、普通彼女が怒ったら機嫌とるのが彼氏なんじゃないの?」

「……写真の件は悪かった。あと、水族館にまた行きたいのは目当ての人がいるからとかじゃない」

「じゃあ、なんで行きたいの?」

「それは……」


 言葉に詰まった。

 今日は楽しかったから。

 鷹宮が楽しそうにしてるのが嬉しかったから。

 また、デートしたいから。


 そんなこと、恥ずかしくて言えるはずがない。

 それに、本当の彼女なら喜んでくれるかもしれないけど、鷹宮がどう反応するかなんてわからない。

 勘違いするなって、怒られるかもしれない。

 そう思うとやっぱり、言えない。


「なによ、言いなさいよ」

「……ペンギン」

「ペンギン?」

「ああ、ペンギンのところ、写真撮ってばっかでちゃんと見れなかったから。また見たいんだ」

「……好きなの?」

「だったら悪いかよ」

「んーん、別に。私もまあ、好きだし」


 くすっと鷹宮が笑った。

 そのあとすぐに「ま、今日のところは許してあげる」と。


 ようやく鷹宮の機嫌が戻った。


 そしてすぐに「ご飯来る前に手洗ってくるね」と、彼女は席を離れた。



「……バカみたい」


 私って、ほんと素直じゃない。

 また行こうって言ってくれて、嬉しかったくせに。

 これ以上期待することなんてないのに。

 もっと、期待しちゃうなんて。

 私と行きたいって、言ってほしいだけなのに。


 ペンギンってなによ。

 絶対嘘じゃん。

 全然興味なさそうだったくせに。

 素直じゃないのは、お互い様?

 本当に私と行きたいって、思ってくれてる?

 帰ってきたら、聞いてもいいのかな?

 答えてくれる?


 ……なんて。

 聞けるはずもないか。

 

「それにしても写真の顔、どうなってんのよ」


 ペンギンさんと一緒に撮った写真。

 彼のぎこちない笑顔。

 

 私の。

 バカみたいに幸せそうな顔。

 

 ミカに見せたらまた、揶揄われちゃうかな。

 


 


 

 

 

 

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