第33話

「さてと、一通り回ったことだし、そこのお土産売り場に行くわよ」


 ペンギンコーナーを離れたあとも鷹宮は変わらずはしゃぎ回っていた。

 全然可愛いと思わない深海魚の紹介コーナーや水槽で泳ぐよくわからない魚にさえもキラキラした視線を送ってシャッターを向けて。


 館内を一周して、彼女はようやく落ち着いた様子でそう言ってからスタスタとお土産売り場に入っていった。


「ミカさんに買うのか?」

「うん。それとおばさまにもね」

「母さんの分は俺が買うよ」

「私が何も買って帰らなかったらバカ女だと思われるでしょ。ミカは別に忘れたって謝れば済むけどさ」

「よっぽど信頼してるんだな、ミカさんのこと」

「そりゃあね。ミカもまあ、色々あってさ。お互いの悩みも分かち合えて、自然とずっと一緒だったかな」


 よくわからないキャラクターのキーホルダーを手に取りながら鷹宮は少し遠い目をする。


「そっか。でも、いくらなんでもそのキーホルダーはないだろ」

「え、嘘? 可愛くない?」

「どこがだよ。おばけかそれ?」

「えー、さっき見たタコじゃん。ダメかなー」

「センスないって言われたことないか?」

「あ、めっちゃある。ミカによく言われるー。中学の修学旅行でもお互いのお土産買ったんだけど、私が買ったキーホルダーをめっちゃキモいって笑ってたし」

「じゃあ尚更やめとけって。ほら、そっちのアザラシとかの方が可愛いだろ」


 俺が代わりのキーホルダーをとると「えー、可愛くないけどなー」と言いながらもそっちをカゴにいれていた。

 自分のセンスがないという自覚はどうやらあるようだ。

 そのあとも「ねえ、おばさまにはこのクッキーかな? それともこっち? ねえ、選んでよ」と、俺に土産選びを手伝わせていた。


 そしてレジに並んでお土産を買ったところで、場内にアナウンスが流れた。

 

「えー、次のイルカショーまであと十五分です。ご観覧のお客様はお早めにお越しください」


 アナウンスを聞いて、周りのお客さんがゾロゾロと土産売り場を離れていく。


「いけない、私たちもいくわよ」

「え、まだ見るの?」

「何言ってるの、イルカショーを見るためにここにきたんじゃない」

「初耳なんだけど……」

「いいから早く。席とれなかったらまた一時間後よ。早く早く」


 慌てて会場へ向かう鷹宮に、土産袋をもったままついていき。

 やがて会場まで来るとすでに大勢の人で客席は埋められていた。


 俺たちはあちこち空いているところを探しまわり、なんとか二人で座れる場所が見つかって並んで腰掛けた。


「すごい人だな。そんなに有名なのか?」

「リニューアルする前から有名なのよ。水族館マニアによってはここのイルカショーが日本一だって言う人もいるくらいだし」

「どんなマニアだよそいつらは」

「色々いるのよ。それより、写真はお願いね。私は生で見たいから」


 まだショーの開演前にも関わらず、鷹宮はイルカが泳ぐ予定のプールをじっと見つめていた。


「水族館、よっぽど好きなんだな。他のところにもよく行くのか?」

「……私ね、水族館も初めてきたんだ」


 鷹宮が小さく言った。

 それとほぼ同時に、プールの前に係の人が並び「さあみなさん、お待たせしました。イルカショーの開演です!」と。


 そしてイルカたちがプールから顔を覗かせた。


「ふふっ、可愛いね」

「……ああ、そうだな」

「聞かないの? なんで水族館来たこともないのに、そんなに来たがってたのかって」

「聞いて欲しいのなら、聞くよ」


 お互い前を向いたまま。

 でも、俺はなんとなく鷹宮が何かを話したいのだろうと感じた。

 俺は聞いてやることしかできないけど。

 それでもいいのならと、彼女に聞いたつもりだ。


「さあ、最初はこの輪っかを連続でくぐってくれますよー! 成功したら大きな拍手を」


 イルカショーの進行を見ながら、しばらく沈黙が続いた。

 やがて、鷹宮は飛び跳ねるイルカを見つめながら、周囲の歓声に掻き消されそうな声で語り出した。


「お父さんの不倫を知っちゃった次の日にね、本当は家族でこの水族館に行く約束をしてたんだ。私、イルカを見るのがすっごく楽しみだったの。でも、もちろんそれどころじゃなくなっちゃってね」

「……それならこんなところ来たら余計辛くならないか?」

「そう思ってた。ずっとここに来たかったけど、来るのが怖かった。あの日を思い出したら嫌だからって。だけど、いつまでもそれじゃダメなのかなって。誰かさんを見てたらそう思うようになったの」

「……」

「あ、見て見てすごいよ! 整列して泳いでる」

「……そうだな」


 演技を続けるイルカに向けて拍手を送りながら少し目尻を下げる鷹宮の横顔をじっと見つめていると。

 彼女は穏やかな顔のまま話を続ける。


「来るまでは本当に不安だった。無理にテンションあげて誤魔化してみたりしてさ。でも、途中から、不思議と怖くないって感じてることに気づいたの。本当に楽しみで、来てみたらやっぱり楽しくて。誰かと一緒だったからかな。それとも」


 涼風君と、一緒だったから?

 彼女はやっぱり前を向いたまま、聞いた。


「……鷹宮が自分で克服しようと頑張ってるからだよ」

「そう、かな」

「そうだよ。あ、もうすぐ最後だぞ」


 係の人が大勢出てきて、さっきまで順番に泳いでいたイルカたちも集合して。


 プールの周りを人が囲んで手を挙げると、一斉にイルカたちが宙に舞った。

 絶妙にタイミングをずらしながら交差するイルカたちの舞いは圧巻で、観客も思わず立ち上がって声をあげた。

 そんな様子をじっと見ていた俺の横で鷹宮も。


 小さく拍手をしながら。

 その頬には、涙がつたっていた。



 

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