第31話

「あー、まじでわかんない。これでいいのかなー」


 ここ数日はずっと同じような一日の繰り返しだった。


 毎日放課後に俺の家で二人で演説の原稿を考える日々。

 そして週末を迎えた今日も、いつものように鷹宮がリビングで原稿用紙と睨めっこしながら頭をかいている。


「俺もよくわからん。だいたい生徒会長の公約って何をアピールすればいいんだ?」

「例えばこういう催しをやりますとか? んー、そもそも生徒会長にどんな権限があるのかもわかんない」

「先生に聞いとけよそれくらい」

「なによ、私だけのせいにしないで」


 こんな小競り合いもここ最近ずっとやっている。

 ちなみに神宮寺は登校中に俺に絡んできて以来、不気味なほど大人しい。

 もちろんその方が平和でありがたいのだが、嵐の前の静けさにしか思えず、不安は残る。


「とりあえず、来週中にはどうにかしないと間に合わないぞ。明日は休みだけど一日作文か?」

「んー、そうしたいところだけど。でも、気分転換もそろそろ必要じゃない?」


 ペンをポイっと放り投げて、鷹宮はスマホを触り始めた。


「気分転換って、何する気だよ」

「ちょっと待って、ええと……あっ、これこれ。ここ行かない?」

「……水族館?」


 鷹宮が見せてきたのは、隣町にある水族館のホームページだった。


「去年リニューアルオープンしたの知らない?」

「いや、それくらい知ってるけど。わざわざ電車乗ってそんなとこ何しにいくんだ?」

「行ったでしょ、気分転換だって。私、水族館好きだからここ気になってたし」

「でも隣町なら二人で行く理由はなくないか?」

「大アリよ。あんなところ一人じゃいけないでしょ。それにあんただって、ここ最近作業ばっかだったし気分転換しないといい案が浮かばないわよ。お魚さんたちに癒されなさい」

「別に魚に興味ないけど」

「じゃあお魚さんたちを見て癒される私を見て癒されたらいいじゃん」

「いや、余計意味わからんが」

「ほんとつべこべうるさいわね。いいから明日は出かけるわよ」


 作業が煮詰まっていたのは事実だから、気分転換というのは確かに理解できる。

 ただ、隣町まで出かけて二人で水族館なんて、本当のデートじゃないのか?

 あくまでこれも作業に必要な工程なのかと。

 聞こうとして、俺は言葉を飲み込んだ。


「……わかった。じゃあ明日はそうしよう」

「決まりね。じゃあ今日はこの辺にして、帰ってから各々考えましょ」


 そんなこんなで、今日も解散となった。

 ここ最近の鷹宮は落ち着いていて、彼女の家の話も特に話題に出ることはなかった。

 夜のラインもマメに返ってくるし、俺が思っているほど今の家庭状況は深刻なものではないのかもしれないと、勝手にそう思うようにしている。


 だからといって問題がなくなったわけではもちろんない。

 演説の内容が、いつまでもしっくりこない。

 おそらくこの違和感はミカさんに言われた言葉のせいだろう。


「俺の気持ち、か」


 率直な、素直な俺の気持ち。 

 そんなの、考えたこともなかった。

 鷹宮のことをどう思っているか。

 鷹宮にどう思われたいか。

 鷹宮にどうあってほしいか。

 鷹宮と、どうなりたいか。


「……そんなもん、伝えても意味ないだろ」


 鷹宮が放り投げたペンを拾ってから、部屋に戻った。


 一人だと思考がまとまらない。

 確かに明日の気分転換は、作業にとって必要なことなのかもしれない。


 あれこれ考えずに、ゆっくりしよう。

 隣町なら、邪魔も入らないだろうし。



「えへへ、水族館行ってくるのー。めっちゃ楽しみー」

「涼風君とのデートが、でしょ?」

「ち、違うもん私は純粋に水族館って場所が好きなの」

「はいはい、ご馳走様です。なーんだ、ほんとラブラブじゃんか」

「へ、変なこと言わないで。彼とは共闘してるだけよ」


 休日の朝。

 彼の家に行く前にミカの家に寄って少しお話してるところ。


 ちょうど今週の作業の進捗も相談したくて来たんだけど、ミカはずっと呆れたように笑っていた。


「ほんと、そこらのカップルよりずっと仲良しよねあんた達って」

「そ、そう見えるように私が努力してるのよ。今じゃすっかり男子に声かけられなくなったし、私の努力の賜物ね」

「で、学校の半分を占める男子からの人気がゼロになったあんたがどうやって選挙に勝つのさ」

「それは……い、今考えてるところよ」


 ミカの言うことはごもっとも。

 私は涼風君の協力によって男子達からの執拗なアプローチを避けることに成功した。

 でも、まさか私が生徒会長に立候補するなんて考えてなかったし、そうすると決まったところで今更やめるつもりもなかったわけだけど。


 男子からの票は絶望的だ。

 それくらい私にだってわかる。


 でも、だからといって全く望みがないわけでもない。

 うちの学校は女子のほうが男子より人数多めだし、マリアはあんな性格だから、彼女のことを密かに嫌ってる女子も多いと聞く。


 必ず、勝つ方法はあるはず。


「もう来週から連休だし、明けたらすぐに選挙よ? そんな悠長なこと言ってて大丈夫かしら」

「じゃあミカは私が負けるって言いたいの?」

「そうじゃないけど、今のままだと厳しいのも現実じゃん。前にも言ったけど、逆転を狙うならもっと気持ちを曝け出さないと」

「気持ち……」

「ま、水族館デートは私も賛成。気晴らしして、お互い素直になりなさい。そしたら少しはいい文が書けるはずよ」


 何もかも見透かしたようにミカは笑った。

 もっと色々聞きたかったけど、時間が迫っていたので私はミカの家を出た。


 いってらっしゃいと見送ってくれたミカは最後に「お土産とお土産話、よろしく」と。


 ミカはどこまで私のことをわかっているんだろう。

 もしかしたら私よりも私のことを理解しているかもしれない。


 でも、昔からからずっと。

 絶対答えを教えてくれない。

 勉強を教えてくれる時もそう。

 答えは自分で見つけなよって。


 私の気持ち、か。

 その答えが、水族館にあるといいな。


 ううん、見つけるんだ。

 私は涼風君のことを……。

 

 

 

 

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