第29話
♤
週明けの朝。
今日は鷹宮は迎えに来ないそうだ。
起きた時にラインに気づいたら「今日はミカの家に泊まるから明日はそのまま学校いくね」と。
少し寂しい気持ちもあったけど、どこか安心もした。
鷹宮が家で孤独な時間を過ごしてなかったのだと思うと、嬉しかった。
「いってきます」
今日は少し早めに家を出た。
学校にいけば鷹宮と会えるなんて気持ちがそうさせたことは否定しない。
誰かに会いたくて早く学校に行きたいなんて、そんな気持ちはもちろん初めてのことだ。
やっぱり俺は、鷹宮に対して特別な感情を持っている。
これが恋なのか友情なのか、はたまた昨日聞かされた話への同情からくるものなのかはわからないけど。
もっと彼女のことを知りたいという思いだけは、はっきりしている。
だから今日からはもう少し素直に。
鷹宮の彼氏役という立場を楽しませてもらおうなんて思っていたが。
「あら、おはよう涼風君。今日はリアラと喧嘩でもしたの?」
休日の浮かれた気分は後ろから聞こえた声によってぶち壊された。
「またお前か神宮寺。まさか俺の後をつけてるんじゃないだろな」
「あら、リアラの彼氏だけあって自意識過剰ねえ」
「もう俺に用事なんかないだろ」
「用事がないと同級生に挨拶もしたらいけないの? それとも、あの子に他の女と話すなって言われてる? 意外とメンヘラなのねえ彼女って」
嫌悪感を隠さない俺に対しても一歩も引こうとしない神宮寺はそのまま俺の隣にやってきた。
「並んで歩くなよ」
「いいじゃない別に。それより、演説の内容はうまくまとまりそう?」
「なんでそんなことまで知ってるんだよ」
「あの子のことだから、応援はあなたに頼む以外考えられないわよ。独占欲強そうだし」
「だとして、敵に何か教えるとでも?」
「へえ、闘う人の目になったわね。ま、その方が潰し甲斐があっていいんだけど。負けたら約束は守ってもらうから」
「拒否権がないならどうしようもないさ。勝てばいい、それだけだろ」
「ひゅうっ、かっこいいわね。さすがリアラの彼氏ね。でもまあ、勝たなきゃ何の意味もないけど。あははは」
高笑いしながら神宮寺は歩くスピードを早めて俺より先に行ってしまった。
ようやく解放された。
しかし、神宮寺の言葉は重くのしかかってくる。
勝たなきゃ意味がない。
その通りだ。
俺は負けたらあんな女と二人で生徒会をやらなければならなくなる。
負けたらおしまいだ。
もっと真剣に考えないと。
甘い気持ちで臨んでも勝てる相手じゃないことは間違いないし。
もっと鷹宮のことを皆に知ってもらうにはどうしたらいいか。
もっと鷹宮のいいところをわかってもらうにはどう言えばいいか。
もっと、真剣に。
鷹宮のことを考えないと。
◇
「またマリアとこそこそ会ってたでしょ」
教室に着いてすぐのこと。
先に教室にいた鷹宮は俺が教室に入ろうとするとすぐにこっちにやってきて。
急にクンクンと俺の匂いを嗅ぎだして。
ジロッと睨みながらそう言った。
「か、勝手に向こうから絡んできたんだよ」
「あ、やっぱり会ってたんだ。ふうん、私が来ないってわかったらマリアと登校するんだ」
「一方的に絡まれただけだって」
「証拠は?」
まだ俺と鷹宮以外誰もいない教室の入り口で、ジッと鷹宮は俺を睨みながら聞いてきた。
「証拠って……俺が神宮寺を嫌ってることくらいわかるだろ」
「わかんない。言ってるだけかもだし」
「どうしたんだよお前。なんか変だぞ」
「……知らない」
今度は一転、拗ねた様子で目を晒してもじもじし始めた。
何かあったのか?
それとも何か言いたいことがあるとか。
俺に心当たりは……。
「なあ、もしかしてラインの返事してなくて怒ってる?」
「だ、だったら何よ。ちゃんと返事はしなさいって言ってあったんだから怒って当然でしょ」
「……悪かった。ちょうど返事しようとしてたら神宮寺に絡まれてさ」
「で、楽しくお喋りしてたの?」
「だから違うって」
「じゃあ、絶対返事は欠かさないこと。約束できる?」
「……約束するよ」
早く収拾をつけたくて、鷹宮の言うことに頷いた。
するとようやく、「じゃあ、今回だけは許してあげる」と。
入り口で仁王立ちしていた彼女がクルッと振り返って席へ戻ったところでようやく俺も教室に入れた。
着席して荷物を整理していると、鷹宮が徐に鉛筆を取り出して、冗談っぽく俺の方を向けた。
「浮気したら殺すって、警告は前もしたからね」
「冤罪で死刑になるのだけはごめんだ」
「疑われる方が悪いのよ」
「疑わしきは罰せずが原則だろ」
「じゃあ、私に疑わせないでよ……」
「鷹宮?」
俺に向いた鉛筆の先が少し震えていた。
そして、鉛筆を置いてから鷹宮はまた強い目つきで俺を見ながら。
「彼女を不安にさせるとか、男として最低だから。ちゃんとしなさいよ」
「わかったよ。でも、いい加減俺のことを少しは信用してくれ。そうじゃないと話し合いにならんだろ」
「じゃあマリアの首を差し出したら信用してあげる」
「いつの時代の女王様だよおまえ」
「ふふっ、だとしたらあなたは奴隷かしら」
ようやく、彼女の笑顔が見れたところでゾロゾロと他のクラスメイトたちが入ってきて。
鷹宮のところに数人の女子が集まりだしたので俺は机に突っ伏した。
◇
「私、先生に呼ばれてるから。今日は先にご飯食べてて」
昼休み。
教室を出たところで俺に弁当を渡すと、鷹宮はそう言った。
「生徒会のことか?」
「ええ。多分マリアも来るから。色々と話聞いてくる」
「喧嘩するなよ」
「しないわよ。嫌いな人間に構うほど暇じゃないし」
そう言って鷹宮は職員室へ向かった。
俺は、教室へは戻らずそのままいつものように屋上に向かった。
鷹宮の手作り弁当を人に見られながら食べるのが恥ずかしかったからだ。
「しかし本当に大丈夫なのかなあいつ」
嫌いな人間と、彼女は言った。
初めて会った頃は神宮寺のことを親友だとか言ってたくせに。
あれも強がりだったってことか。
「ていうか、弁当あるんなら言ってくれよ」
てっきり今日は弁当なんてないと思って、休み時間に購買でパンを買ってきてしまっていた。
まあ、そんなの帰って食べたらいいんだけど。
そっちこそちゃんと連絡しろよって。
まあ、わざわざ作ってくれたんだから文句は言えないか。
「いただきます」
「あら、美味しそう。私もいいかしら」
「え?」
屋上についてすぐ、弁当を広げていると声をかけられた。
俺の後に入ってきたその人を見ると、ショートカットの美人だった。
「誰?」
「あ、そういえば初めましてだっけ? 私は」
篠崎ミカ。
彼女はそう名乗った。
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