第28話


「冗談じゃなかったら、言ってもいいの……?」


 これは独り言。

 もし、ずっとここにいていいのなら。

 そんなことが許されるのなら。

 そうしたい、なんて。


 少しでも、そんなことを想像してしまう自分が嫌で。

 言葉を、この気持ちを洗い流してほしいと蛇口を捻った。

 

 この気持ちはただの逃げだ。

 あの家にいたくないから、そう思ってるだけ。

 自分の弱さのせいで、涼風君やおばさまにはずっと迷惑をかけている。  

 私が他人を避ける勇気がないから、彼を利用した。

 今も、利用してる。

 

 でも、約束の期限までは甘えさせてほしい。

 期限が来たら、ちゃんと手を引くから。

 

 今だけは……。

 

「今だけは、私は君の彼女だから」



「ダメ、やり直し。もう、全然気持ちが伝わってこないわよ」


 戻ってきた鷹宮は俺の新たな原稿を見てまたダメ出し。

 結構いい感じに書けた気がしたのに何が不満なんだ?


「あのさ、一応俺とお前は付き合ってるって認識されてるんだから、露骨な褒め言葉はうざがられるだろ」

「彼氏が彼女を褒めるのなんて当然のことでしょ。もっとみんなが私に惹かれるような文章を作らないと」

「またうようよと男子が寄ってきてもいいんならそうするけど」

「あ、それは無理。じゃあ、男子がドン引きして女子だけが私のことを好きになるような文章にしなさい」

「んな無茶な」


 呆れて万歳すると、「ま、今度ミカに添削してもらうわ」と。


「ほんとミカさんって人と仲良しなんだな」

「ミカは私の親友だもん。楽しい時も辛い時もずっと一緒だったし、私のことを一番理解してくれてるの」

「ふーん、ちゃんといるじゃんかそういう人が」

「え?」

「いや、自分をわかってくれる人なんて、俺は親しか知らないから。鷹宮にはそういう人いないのかなって思ってたけど、ちょっと安心したというか」


 言いながら照れ臭くなって頬をかいていると、鷹宮はクスクスと笑った。


「ふふっ、変なの」

「なにがだよ」

「心配してくれてたんだ、ありがと」

「あんな話聞かされたら誰だって心配くらい……するだろ」

「まあ、それもそうね。よーし、仕上げにかかるわよ。適当な文章持っていったら私がミカに怒られるし」


 この後、演説文の作成を夕方までずっと二人でやっていた。


 まだ未完成だけどなんとなく形はできてきて、母さんが帰ってきたところで夕食の支度を手伝う話になってお開きとなり。


 早めの夕食を食べたあと鷹宮はミカさんに会いに行くといって、家を出ていった。



「はあ……休み、あっという間だったな」


 夜。

 いつものように一人で部屋に籠って本を読みながら。 

 いつもなら休日は長くて退屈で、どうやって時間を潰そうか悩むくらいだったのに。

 時間が足りないくらいだ。

 部活をしたり、友達と遊んだり、それこそ恋人がいるやつなんかはいつもこんな感じなのだろうか。

 お金も時間も、どうやって確保してるのか不思議だ。

 

「それにしても鷹宮のやつ、いつも家で何してるんだろ」


 事情を垣間見てしまった以上、今までより気になってしまう。


 父親はいないそうだけど、母親とはなぜ不仲なのか。

 家でギクシャクしているのか、それとも一人ぼっちなのか。

 そんな話まで聞ける空気では到底なかったけど。


 嫌なことがあれば言えばいいのに。

 言ってくれればいいのに。

 まだ、そこまでの信用はないってことなのかな。


「明日から学校か。もう寝るか」


 約束通り鷹宮におやすみのラインを入れて。


 その返事を待つこともなく部屋の灯りを消した。



「ミカ、私どうかしちゃったのかな」

「どうしたのよリアラ。らしくないわね」


 涼風君の家を出る時は、とても気分がよかった。

 これからミカに会えるし、なにより涼風君がちゃんと私のことを心配してくれてるってわかったから。


 涼風君のお母さんのことも気にしなくていいって言ってくれて。

 気持ちが軽くなった。

 はずなのに。


 家を出てすぐ、足がとても重かった。

 ずっしりと、まるで重りでもつけられたかのように重くて。


 何回も、振り返って。

 やっぱりもう少しだけって、戻りたかった。


 でも、そんな未練たらしい自分が嫌で。

 無理矢理前を向いてミカの元へ向かった。

 

 その間もずっと。

 足取りは重かった。


「なんだろう、ホームシックみたいなやつなのかな」

「重いねえ。リアラがメンヘラ系だとは意外だったわ」

「め、メンヘラじゃないし」

「で、私のとこにくるのも億劫だったと。ふーん」

「ち、ちがうわよ。ちょっと彼の家のソファの座り心地がよかっただけよ」

「はいはい。でも、それだけ彼が大事なら無理に別れなくてもいいんじゃない? いっそのこと本当に付き合おうって言えば」

「言えないわよそんなの」

「なんでよ?」

「……だって」


 これ以上、迷惑はかけられない。

 多分私は寂しいだけ。

 だから、涼風君の無害なところに安心感を覚えてるだけ。

 そんなくせに、一緒にいたいなんて言って期待させて。

 やっぱりこれは恋なんかじゃなかったって。

 そんなことになったらまた彼を傷つける。


 今の関係はまだ彼のことを知る前の約束だったし。

 約束通りのお別れだったら彼も傷つくことはない。

 だからそれでいいの。

 それがいいの。

 私が言い出したことなんだから。


「……」

「あー、自分の世界入っちゃった。リアラ、なんとなくあんたの考えてることはわかるけど、涼風君がどう思ってるかなんて聞かないとわかんないじゃん」

「それはそうだけど……」

「それに、あんたの気持ちだって。今までずっと男の人を毛嫌いしてたわけだし急に惚れた腫れたなんてわかんなくて当然よ。大事なのは今。今、彼とどうしたいかじゃない?」


 ミカの言ってることはよくわかる。

 ここで今すぐ白黒つけなくたっていいのは多分そうなんだろうけど。

 そういう曖昧さが人を傷つけるんじゃないかって。

 せっかく前を向こうとしてる彼の足を引っ張るんじゃないかなって。

 答えが出せない。


「はあ……」

「ま、すぐには無理か。いいわよ、今日は泊まってく? パパも今日は出張でいないし」

「いいの?」

「いいわよたまには。リアラがウチに泊まるのなんて中学生の時以来ね」

「うん。なんかちょっとワクワクしてきちゃった。ねえ、コンビニ行かない?」

「あはは、調子戻ってきたね。よし、じゃあ今日は夜まで語り明かすかー」


 ミカのおかげで少しだけ気分がスッキリした。

 いつまでもくよくよしてたって始まらない。

 今日は久しぶりのお泊まりだ。

 

「よーし、いこっかミカ」


 二人でミカの家を出てコンビニへ。

 外はすっかり暗くなっていたけど、今日はミカと一緒だから何も怖くない。 


 怖くない。

 でも、やっぱり寂しかった。


 今、涼風君は何してるのかな。

 部屋で一人で本でも読んでるのかな。

 私のこと、考えてるのかな。


 コンビニに行く間も、お菓子を選んでる間も、帰り道もずっと。


 そんなことばかりが頭の中を巡っていた。


 


 

 

 

 

 

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