第27話

「なによこれ、私の魅力が一つも伝わらないじゃない。もっと私のいいことたくさん書きなさいよ」


 原稿を渡すと、ざっとそれを読んだ鷹宮は早速顔をしかめてダメ出しを始めた。


「そんなこと言ったって、やったことないんだから仕方ないだろ」

「文才がないわねー。ほら、私が如何にマリアより優れてるかを赤裸々に書かないと。あとついでにマリアの悪口も」

「喧嘩の元だろそんなの」

「これは喧嘩よ。それにマリアが売ってきた喧嘩なんだし」

「だからって人の悪口なんか言うやつに票が集まるわけない。自分の良さをアピールすることに注力した方がいい」


 隣合わせで座りそんな議論をしていると、母さんが入れなおしたコーヒーを持ってきてくれた。


「頑張ってるわね。はい、ケーキもよかったら」

「ありがとうございます。あの、お昼何か作るなら私も手伝います」

「ほんと? 今日は簡単にピラフでもしようかなって思ってたけど」

「ピラフ美味しそう。教えてください」

「ふふっ、いいわよ。じゃあ支度できたら呼ぶから、二人でゆっくり作業してて」


 そう言って母さんが出て行ったあと、満面の笑みだった鷹宮の表情は少しだけ穏やかなものに戻った。


「ほんと、いい人。あんなお母さん羨ましいな」

「自分の親を褒めるのもむず痒いけど、いい母親だと思うよ」

「そうよ、だからあんたももっとちゃんとしなさい。母の日のプレゼントとかも」

「……なあ、聞いていいのかわからないけど。鷹宮は親と仲良くないのか?」


 ずっと気にはなっていた。

 鷹宮の言葉から、あまり家族仲が良くないのだろうとは思っていた。

 触れにくい話題だし、言ってこないのならこっちから踏み込む必要はないと我慢していたが。


 やっぱり、聞かずにはいられなかった。


「……うち、両親離婚してるんだ」


 その一言に、俺はまた言葉を詰まらせた。

 もしかしたらそんなところかなって思っていた部分はあっても、いざ本人から聞くとなんと答えたらいいかわからなかった。


 しばらく沈黙が続いた。

 こんな話題はやっぱり出すべきじゃなかったと、後悔しているところに鷹宮が。


 震える体を両手で抑えながら、重い口を開いた。


「お父さんがね、不倫してたの。でね、その現場がうちのリビングで、ちょうど私が見ちゃって。その後のことはあんまり覚えてないんだけど、毎日毎日二人が喧嘩しててお父さんは結局出ていって」


 唇まで青くして、鷹宮は声を振り絞っていた。

 見かねて俺は話を遮った。


「もういいよ。わかったから」

「……ごめんなさい。涼風君は辛い話してくれたのに」

「いや、俺の話なんか」

「ううん、辛いのは一緒だし。でも、やっぱりしんどいかも」


 鷹宮は弱音を吐いたあと、コーヒーを口につけて「あったかい」と呟いた。


「うん、もう大丈夫。ごめんなさい、ちゃんと話せなくて」

「充分だよ。俺こそ変なこと聞いてごめん」

「じゃあお互い様ってことで。でも、変な同情とかいいから。思い出したら辛いけど、今の生活は割と普通だし」

「そっか」


 これ以上の詮索は無用。

 そう思って切り替えることにして、俺は席を外してトイレに向かった。


 鷹宮の話は断片的で、なんとなく何があったかは理解できたけどそれでも核心的なことが欠けているような気がする。

 でも、それを聞いたところで俺には何もできない。

 俺なんかとは比べものにならないほど辛い思いをして、それでも前を向いている彼女を目の当たりにすると、自分が随分小さな人間に思えてくる。


 少しは彼女と対等に話せるようになったかなと勝手に思っていたけど。


 やっぱり俺たちは住む世界が違うんだなって、嫌というほどわからされた。

 あいつが男そのものを憎む理由が、わかってしまった。

 結局、俺が色々と心配するのも期待するのも無駄骨なのかもしれない。


 でも。

 あいつが少しでもうちにいることで心が安らぐのならそれでいい。

 俺も、鷹宮がそれで落ち着くのならそれがいい。

 あいつがそれを選んでくれるうちは。

 鷹宮の思うようにしてくれたらそれでいい。



「ねえ、美味しい? 美味しいでしょ? 美味しいなら美味しいってはっきり言って」


 鷹宮は母と作ったピラフを俺に出して、学校の昼食の時と同じように感想を迫る。


「いや、うまいから。さっきから言ってるだろ」

「言ってなかった。「いけるじゃん」とか「いい味だ」とかしか言ってない」

「それってうまいってことだろ」

「美味しいなら美味しいって、はっきり言わないとダメなの。ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるの」


 そんな俺たちの様子をみて母は「ふふっ、ご馳走様」なんて言って先にキッチンから出ていった。


 そのあとすぐ、「私は出かけてくるから、二人も出かけるなら鍵お願いね」と言い残して母は出かけていった。


「……気を利かせたつもりなんだろうな」

「でも、ほんとにおばさまって料理上手よね。あー、私もここに住みたいなあ」

「そんな冗談、絶対母さんには言うなよ本気にするから」

「わかってるわよ。私だってそれくらい、わかるもん」


 最後の一口をパクッと口に放り込んでから、少し不機嫌そうに鷹宮は食器を下げる。

 俺もすぐに食べ終えて流し台にいくと、鷹宮は洗い物をしながらじーっとシンクを見つめていた。


「……」

「おい、洗い物の続きは俺がやるから」

「え、あ、うん。大丈夫、もう終わるからそれも貸して」

「どうした、ぼーっとして。母さんのことがまだ気になるのか?」

「別になんでもないわよ。それより、早く原稿済ませて私たちも出かけましょう」

「勉強する話はどこいった」

「今日はいいの。いいから早く原稿仕上げてきて」

「はいはい」


 鷹宮に食器を渡して俺は先にリビングへ。


 向かう途中、水流が少しだけ強くなったので振り返ると、鷹宮が。


 何かつぶやいた気がした。

 でも、こっちも見ずに黙々と洗い物を続ける彼女の背中を見て、気のせいかと思い俺はそのままキッチンを出た。

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