第25話


「あー、疲れた。ねえ聞いてよ、デートってめっちゃ疲れるんだけど」

「惚気話ご馳走様ー。お腹いっぱいだから私帰るわ」

「な、なんでそうなるのよ!」


 夕食はミカとファミレスで。 

 お互い親が仕事でいないから土日はいつもこうだ。

 この時間が生きてて一番楽しみな時間だ。


 でも、なんかいつもと違う。

 なんだろう、わかんないけど。

 モヤモヤする。


「今だってどうせ、私じゃなくて涼風君とご飯行きたかったなーって思ってるくせに」

「そ、そんなこと、ない、よ?」

「アリアリな言い方傷つくわー。それなら誘ってあげたらよかったのに」

「だって疲れてるみたいだったし」

「ほら、やっぱり誘いたかったんじゃん」

「……違うし」


 もうちょっと一緒にいたらもっといろんな話ができたかなとか。

 ここでお別れしたら明日まではまた会えないなとか。

 夜はちゃんと連絡くれるのかなとか。


 あの時散々考えた。

 今も、考えてる。

 

「ま、いい傾向ね。明日も会うんでしょ?」

「まあ、やることあるし」

「あー、青春してるねー。今度私にも彼のこと紹介してよ」

「あっ、そういえば。ミカ、涼風君のカットお願いしたいんだけど」

「ふーん、好きピを自分好みにカスタムしちゃうってか」

「ち、ちがうわよ。あんなボサボサ頭は一緒にいて気になるの」

「へいへい。じゃあ連休のどこかでね。そいや、彼には家のこと話したの?」


 ミカが珍しく心配そうな顔をした。

 家のこととはつまり、親の話だろう。

 

「ううん、まだ」

「まだってことは、話す気はあるんだ」

「だって、向こうの嫌な話だけさせておいて私は隠し事とかフェアじゃないし」


 彼は私に、過去のトラウマを話してくれた。

 そして、少しずつだけどそれを乗り換えようとしてるように感じた。

 私は、どうだろう。


「ま、慌てなくていいんじゃない? 人生長いんだし」

「で、でも彼との約束は一ヶ月だから」

「彼氏であるうちにちゃんとしておきたい、ね。そういう完璧主義なとこ、リアラらしいわ」


 ミカは呆れたように笑った。

 そのあと、食事をしている間は他愛もない話で盛り上がった。

 多分だけど、敢えてそういう話題を出さないように気遣ってくれてたんだと思う。


 そしていつものように私を送ってくれて。


 去り際にミカが言った。


「別にミイラ取りがミイラになってもいいんじゃない?」


 私の返事を待たずにミカは帰っていった。

 

 私は誰もいない暗い家に一人で戻って。

 部屋に篭って彼からの連絡を待つようにじっとスマホを見つめていた。

 

 じっと。

 真っ暗な部屋の中でずっと。


 待ち遠しかった。



「演説、か」


 その場の勢いで引き受けてしまったけどそんなことが果たして俺にできるのか。


 風呂に入って立ち上る湯気をぼんやり眺めながらずっと、不安で仕方なかった。


 不安だ。

 演説のことだけじゃない。

 選挙の結果次第で俺はどうなってしまうのか。

 ずっと、あの神宮寺の下で働くなんて学校辞めた方がマシだ。

 

 それに鷹宮とのことも。

 母さんはさっき帰ってきた時だって「明日も朝からリアラちゃんくるのー? ふふっ、何作ろうかしら」なんて喜んでいた。

 この前は別れても俺の勝手だなんて言ってたけど、結局俺たちが別れたら悲しむはずだ。


 でも、それも決まっている話だ。

 今度は俺の方から「母さんのためにもうちょっとだけ彼女のフリしててくれないか?」って頼むわけにもいかない。

 そんなことしたって、いつか終わりは来る。

 生まれたら死ぬのが決まってるのと同じで、始まったものには必ず終わりが来る。


 その終わらせ方を俺は知らない。

 そしてベストな終わり方なんて多分ないのだろう。


 どうやって傷を浅くするか。

 そんな後ろ向きなことばかり考えないといけないのも、気が沈む。


「はあ……さっさと寝よ」


 風呂から出て身体を拭いていると、父さんと母さんの話し声がリビングの方から聞こえた。


「そーなの、明日も鏡の彼女がくるのよ。それがいい子でねー、あんたにも会わせてあげたいわー」


 そんな楽しそうな母さんと、今は話す気分にはなれず。


 こっそりと部屋に戻った。


「はあ…………」


 さっきからため息ばかりついている。

 こんなに悩み事ばっか増えるのなら、やっぱり他人との関わりなんて持たない方が楽だ。


 相手にどう思われてるか不安になる必要もない。

 その人のために何をすべきか考える必要もない。

 自分がその人のことをどう思ってるか悩む必要だってない。


 だから、他人と関わらないのは楽だった。

 

 でも。

 楽しくもなかった。


 毎日同じことの繰り返しで、淡々と日々が過ぎていった。

 学生の間はそれでもいいのかもしれないけど、大人になったらどうなってしまうのか不安だった。

 そんな不安を話す人もいなかった。

 過去に抱えた俺の不安を、聞いてくれる人もいなかった。


 でも今は違う。

 鷹宮がいる。


 利用されているだけの立場だとわかっていても、俺を必要としてくれている。


 他人と話すのも、買い物に行くのも、映画を観るのも。


 悪くない。

 そう思わせてくれた。


 だからやっぱり、あいつには感謝しかない。

 今日のことも、ちゃんと明日……。


「……もう、寝たのかな」


 夜の九時過ぎか。

 さすがにまだ起きてるかな。

 ライン、してみた方がいいかな。


 電話とか。

 いや、夜に電話なんて彼氏でもないのに何考えて……いやいや、今は彼氏なのか。


 あー、やっぱりめんどくさい。


「……」


 何を考えたのか、俺は鷹宮に電話をかけた。

 気持ちとしては出ないでくれという感じだったけど。


「も、もしもし!?」


 すぐに彼女は電話に出た。


「な、なんだよそんな大声で」

「なんだよはこっちのセリフでしょ。何よ、急に電話なんて。何かあったの?」

「べ、別に。明日のことでちょっと」

「ふ、ふーん。で、なんの用事?」


 初めて電話したが、電話越しでもやっぱりいつもの鷹宮だった。

 ツンツンした彼女の態度が目に浮かぶ。

 なぜか少し、ホッとした。


「ええと、演説って何分くらいなんだ? 一応、明日までに簡単な原稿くらい考えとこうかなって」

「あら、急にやる気ね。演説は十分程度だからよろしく。ま、私の応援を務めささてあげるんだからそれくらいじゃないとね」


 こうやって自信満々なところも、俺にはない彼女のいいところだ。

 最初はうざいとしか思わなかったけど、見習わないといけないのかもな。


「まあ、頑張るよ。あと、今日は色々とありがとな」

「な、何よ改まって。服のことなら別にいいって言ったでしょ」

「それもあるけどそれ以外もだ。映画とかも、誰かと見たのは初めてだったけど、まあ、楽しかったよ」

「そ、そう? まあ、私となら何しても楽しいのは当然よね」

「あんだけ隣でギャーギャー言われたらな。まあ、それだけ言いたくて。また明日、母さんも楽しみにしてるから」

「うん。じゃあおやすみ」

「おやすみ」


 電話が切れた。


 なんだろう、顔が見えない分、少しだけ話しやすかった気がする。

 少しだけ、素直になれた気がする。


 こんな感じでもっと素直に。


 自分の気持ちを言葉にできたらきっと。


「……演説のネタ、考えるか」

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