第24話

 ズキンと頭が痛んだ。

 あれは多分俺の初恋だった。

 でもあれは恋なんかじゃなかった。

 俺を拒絶した中学の同級生。


 円城調えんじょうしらべ。  

 誰にでも優しく、誰からも好かれるような、そんな子だった。

 教室の隅で読書ばかりしていた俺にも気さくに声をかけてくれた。

 いつからか仲良くなって、二人で話す機会も多くなった。

 時折見せる可愛いらしい笑顔に俺は確かに惹かれていた。

 

 でも、明確に好きとかそうじゃないとか、そんな感情もまだわからないうちに。


 俺は拒絶された。


 ある日のこと。

 彼女に呼ばれて少し浮かれた気分で待ち合わせ場所にいくと。

 彼女はゴミを見るような目で俺を見下しながら。

 一言だけ、「二度と関わらないで」と。

 頭が真っ白になった。

 そして、人と関わるのが怖くなった。


 あの日以来、中学の同級生の顔を見るだけでも頭が痛くなって吐き気がした。

 恋愛の話題になると気分が悪くなり、胃がギリギリと痛んだ。


 でも、不思議なこともあるものだ。

 今は少しだけ頭痛がしたけど、吐き気も腹痛もない。


「……」

「ちょっと、どうなのよ? やっぱり私よりも」

「鷹宮の方がいいに決まってんだろ」


 心から出た言葉だった。

 めんどくさいしわがままだしお嬢様だし図々しいし。


 美人な以外大した取り柄もない鷹宮はそれでも。

 俺を否定しなかった。

 根暗だの引きこもりだのと揶揄しても、俺を引き上げようとしてくれた。

 母さんと仲良くしてくれた。

 一緒に飯を食べてくれて、今もこうして対等に話をしてくれる。

 そんな鷹宮と円城さんのことを比べるなんて。

 バカな話だよ。


「な、なによ急に……か、かっこつけないでよ」

「聞いたのはおまえだろ。それに、俺はやっぱりあの子のことを好きじゃなかったと思う」

「……なんでそう言い切れるの?」

「今、その子のことを思い出したくても大して思い出せない。声も、仕草も。結局、雰囲気に流されて恋愛ごっこをしたかっただけなんだろ。だからさ、そんなやつとならやっぱり比べるまでもないと思うけど」

「……そ」


 髪の毛をクルクルと指で巻きながら拗ねたような仕草を見せると、鷹宮はスーッと息を吸ってから大きく吐いた。


「ごめんなさい。その話はトラウマだって話聞いてたのに、意地悪なこと言って」

「いや、いいよ。むしろなんか吹っ切れた。過去のことでいちいち悩む前に、目の前にあるものに目を向けないとってな」

「なによそれ、意味わかんない」

「大した意味はないよ」

「ふーん。そういえば、その子は今でも近くに住んでるの?」

「確か県外の私立に行ったって聞いたよ。だから多分、二度と会うことない」

「同窓会とか」

「俺が行くようなキャラに見えるか?」

「ぷっ、確かにそうね」

「いや、笑うなよ」


 そう言いながら、俺も少し笑っていた。

 言葉にはできなかったけど、今は少しだけ楽しいと思える自分がいた。


 期限付きの恋人。

 鷹宮な目的が達成されたら、ただの他人に戻る。

 最初から決まっていたこと。 

 だから今更どうこう言うつもりはないけど。


 今は、この瞬間を少しだけ楽しませてもらおう。

 それくらいのわがままは、彼女のわがままを聞いた見返りとして。



「あー、疲れた。デートって疲れるのね」

「それより圧倒的に金欠だ。デートってこんなに金かかるのか?」

「ま、お互いそういうの知らない同士だったから余計ね。でさ、明日はどうするつもり?」

「さすがに金もないし家でゆっくりしたいけど」

「まあ、それもそうね。じゃあ明日はあんたの部屋で勉強しながら選挙のことについて話し合いね」

「いや待て、なんで俺の部屋でやるんだよ。明日くらい家にいろよ」

「だって今日サボったから明日はおばさまに料理教えてもらいたいし。あと、学校だったら色々邪魔が入るでしょ?」


 カフェを出たあとの帰り道。

 鷹宮はなんのこととは言わなかったが、何が邪魔なのかは言うまでもない。

 神宮寺マリア。

 執拗に俺と鷹宮に絡んできて、連休明けに行われる生徒会選挙に俺たちを巻き込んだ女子。

 

 確かに学校では何かと彼女の邪魔が入る。

 外でも、今日みたいに神宮寺に遭遇する。

 確かに家の中ならその心配はない。


「わかった、それでいい。でも、生徒会選挙についての話し合いって何するんだ?」

「あんた知らないの? 立候補者の演説の前に応援演説ってのがあるのよ。だからその台本も作っておかないと」

「ふーん、でも誰に頼むんだ? ミカさんとか?」

「バカなの? あんたに決まってるでしょ」

「は?」

「ミカは基本的に目立つこと嫌いだし、今の状況イチから誰かに説明するの面倒だもの。その点、あんたは当事者だから話が早いでしょ」

「いやだからって俺が演説なんて」

「私が依頼しなかったら絶対マリアがあんたに頼みにくるわよ。それでもいいの? そっちの方がいいの? あ、いいんだ。ふーん」

「いいわけあるか。あーもう、わかったよ、やるよ」

「ほんと? じゃあ決まりね。明日は朝から行くからちゃんと起きていなさいよ」


 そんな会話をしていたら、気づけばちょうど俺の家の前だった。


「じゃあ俺はここで。気をつけて帰れよ」

「今日はありがと。私も、まあまあ楽しめたわ。じゃあまた明日」


 遠慮気味に手を振る彼女はそのまま帰っていった。

 俺もそのまま家に戻りすぐに部屋へ。

 

 ベッドに寝そべって大きく息を吐いたあと、しばらくぼーっとしていた。

 

 ずっと、今日のことを振り返りながら。

 鷹宮のことを、思い出しながら。




 

 

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