第23話

「あー、死ぬかと思ったー。なんであんなのが流行るのかしら?」


 気がつけば映画は終わっていて、場内が明るくなると同時に青い顔をした観客たちがゾロゾロと出て行った。

 俺たちの後ろにいた高校生たちも、鷹宮や俺のことなどすっかり忘れた様子で「怖かったー」と言いながら退散していったが、俺はなぜか明るくなった館内にまだ残っていた。


「あのさ、そろそろいいかな?」


 体を震わせながら俺の手を固く握っている鷹宮に声をかけると、彼女の顔が一気に真っ赤になった。


「も、もう平気よ! よ、よかったわね私に手まで握ってもらえて」

「……もう立てそうか?」

「も、問題ないわ。そもそも怖そうにしてたのだってあいつらに見せつけるための演技……あ、あれ?」


 鷹宮は俺の手を振り払って立ちあがろうとして。

 なぜか動かない。


「何してるんだよ。早く出ないと怒られるぞ」

「腰、抜けた……」

「はあ?」

「ち、チカラはいんない……」


 きょとんとした顔で正面を向いたまま、鷹宮は呆然としていた。

 演技、ではなさそうだな……。


「だ、大丈夫か?」

「うう……手、貸して」

「え?」

「ほら、早く。べ、別に一回握ったんだから二回も三回も一緒でしょ」


 自力で立てないのに偉そうな鷹宮に思わず笑いそうだったが、堪えながら手を差し出すとまるで高齢者のように「よいっしょ……と」なんて声をだしてゆっくり立ち上がった。


「ううっ、最悪。ホラーなんか二度と見ない」

「……もう自力で歩けるか?」

「まだ無理。もうちょっとだけ、支えてて」


 今度は俺の腕に寄りかかるようにして。

 ゆっくり歩く彼女を支えながら二人で外に出た。


 外の通路には、さっきまで映画を見ていた人がまだちらほらと残っていた。

 俺たちの後ろにいた高校生たちも、つい今し方経験した恐怖を分かち合いながら談笑していた。


 そんな彼らが、俺たちに気づくとまた。

 ホラー映画を見た時のような青ざめた顔をしていた。


「ふふっ、作戦通りね。これで少なくともあいつらは私に付き纏ってくることはなくなったわ」


 そしてなぜか得意そうに笑う鷹宮は、追い討ちとばかりに俺の腕をぐっと引き寄せた。


「お、おい」

「なによ嫌なの? 私にここまで頼りにされて何か不満? あ、もしかして見られたくない人でも」

「いないって。でも、ここまでやる必要は」

「大アリよ。あいつらが学校で噂でも流してくれたらそれこそ話が早いわ。私、男なんてクソ喰らえだもの。結局あいつらなんてみんな、顔が整った女なら誰でもいいようなクズばかりよ」


 急に声のトーンを暗くして。

 鷹宮の顔が曇った。


「……何かあったのか?」

「別に。男とトラブったなんて話じゃないから」

「あ、そ」

「なによ、聞かないの?」

「言いたくない話なら言わなくていいさ。でも、抱えすぎるのもよくないぞ。俺も、その、鷹宮に話聞いてもらったあと、ちょっと楽になったし」


 俺の腕を掴む力が少し強まった。

 そして、買ったばかりのパーカーの袖を千切ろうとせんばかりにグッと握りしめる彼女の手は少し震えていた。


「……なによ、かっこつけちゃって。ま、そのうち話してあげないこともないけど」

「なんだそれ」

「とにかく、早く座りたい。ほら、店。探したの?」

「どこにそんな暇があったんだよ……」


 空いた片手でスマホをいじって店を探しながら。 

 二人で建物の外に出た。

 その間もずっと鷹宮は俺から離れようとしなかったけど。

 これもやはり、演技だったのだろうか。



「でさ、あの時建物からこっち見てたのってやっぱりあいつだよね?」

「んー、どうだったっけ」

「もー、しっかりしなさいよ。あんたまさか寝てたんじゃないでしょうね」


 結局映画館を出て道の反対側に見えたカフェに来たのだけど、座るや否や鷹宮は興奮気味に映画のことを語っていた。

 何が二度と見ないだ。

 しっかりクセになってやがる。


「怖くてちゃんと見れてなかったんだよ。そっちこそ、あんなに騒いでた割にしっかり見てたんだな」

「だって、一応あんたの奢りだったし。人にお金出してもらっといて見ないのも失礼でしょ?」


 言ってから鷹宮はまた、その大きな目で俺をまっすぐみる。


「ねえ、今日のデートどうだった?」

「どうって……デートなんかしたことないから何が正解かわかんねえよ」

「そうじゃなくて、楽しかったかって聞いてるの」

「楽しかったかって……」

「何よ、私とデートして楽しくないの? それとも、やっぱりマリアみたいな子の方が好みなわけ?」


 また神宮寺か。

 急に何言い出したかと思ったけど。

 結局、こいつは神宮寺より自分の方がいいって言って欲しいんだな。


「神宮寺みたいなやつは嫌いだ。嫌いなやつとなんか比べるまでもないだろ」

「ふん、それもそうだけど。じゃあさ」

 

 鷹宮は視線を落として。

 少し猫背になって暗い雰囲気に包まれた。


 そして、恨めしいものを見るような目で俺を見上げながら。

 小さな声で聞いた。


「涼風君が好きだった子となら、どっちがいい?」

 

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