第22話

「んー、どれがいいかしら」 

「流行りとかさっぱりだから任せる」

「こら、ちゃんと選びなさいよ」

「はいはい」


 本日の映画のラインナップを受付近くのパネルで見ながら悩んでいると、後ろから数人の高校生男子たちがやってきた。


 そしてそのうちの何人かがこっちをチラッと見て、すごく悲しそうな顔をしながらチケットを買いに受付に向かっていった。


 多分、うちの高校のやつらだ。

 明らかに鷹宮を見たあとに俺に気づいてガッカリしていた。

 なるほど、デート作戦も意味を成してきたか。


「来た甲斐があったな」

「なんのこと? それより早く決めようよ」

「いや、他の男子生徒にデートしてるとこを見せつけるのが目的なんだろ? だったらあいつらと一緒の映画観るべきなんじゃないか?」

「そ、それもそうね。で、何を選んだかわかる?」

「ええと」


 遠目から覗き見ると、買っていたのはホラー映画のチケットだった。


「……ホラーか」

「え、嘘? 怖いのとか無理なんだけど」

「俺も無理。さすがに別のものにしよう」

「……いえ、やっぱりダメよ。やるなら徹底的に。私たちが仲良く映画観てるところを見せつけてやらないと」

「いやいや、そこまでしなくたって」

「するの! いいからチケット買いに行くわよ」

「ええ……」


 結局、ホラー映画のチケットを二枚買わされた。

 俺は怖いのもグロいのも苦手だ。

 最悪な気分だ。

 

「はあ……」

「何よ、私と一緒にいる時にため息とかやめてよね。冷めたカップルみたいに見えるでしょ」

「怖いのは苦手なんだよ」

「わ、私だって嫌いよ。でも、私が我慢してるんだからあんたも文句言わないの」


 チケットを係の人に渡してから、案内された四番スクリーンへ向かう。

 既に上映前のCMが始まっていて、薄暗い中で自分たちの席を探して並んで座る。


 ちょうど、さっきの男子たちの集団の少し前の席で、彼らのヒソヒソ声が少し聞こえてきた。


「まじで鷹宮のやつ男いんじゃん。最悪だわー」

「あーあ、なんかショック。隣のやつ誰だよほんと」

「でもよ、まだ彼氏がどうかわかんねえだろ。ほら、あんな冴えないやつと鷹宮が付き合ったりするか?」


 そんな会話だった。

 眼前の光景に対する悲壮感と、一方でまだ希望を捨てたくないという男子たちの願望が垣間見える。


 ほんと、鷹宮ってやっぱりモテるんだな。


「始まるわよ」

「……」


 CMが終わり、映画が始まった。

 最初のシーンがすでにおどろおどろしい雰囲気で、まばらな客席から小さな悲鳴がちらほら。


 俺ももちろん余裕なんてない。

 この映画が果たしてゾンビものなのか呪い系なのかも知らない。

 だから余計に怖い。

 画面の暗闇の中から一体何が飛び出してくるのか。

 固唾を飲んで見守っていると、


「ひいっ!」


 何かが画面に映った。

 その瞬間、隣の鷹宮は引き攣った悲鳴をあげ、その声に驚いた俺の体はビクンと反応した。


「や、やめろよびっくりするだろ」

「だ、だって怖いんだもん……ひっ!」


 一度恐怖を覚えたらあとはもう、ずっと怖い。

 怖いもの見たさで昔ホラー映画を強がって見たことがあるからわかるが、ホラー映画でも基本的に四六時中おばけが出てくるわけではない。


 ただ、いつどこで出てくるかわからない不安が恐怖に繋がる。

 ああ、怖い……。


「ひっ、ひいっ! やっ、ダメっ」


 それに隣の鷹宮がいちいち小さな声を出しながら体を揺らすせいで余計に落ち着かない。


「おい、静かにしろって」

「だ、だって……」

「もう出よう。こんなの見てても仕方ない」

「だ、だめよ。途中で退室してるとこ見られたら喧嘩してるって思われるでしょ」

「思わねえよ……」

「可能性はゼロじゃないもの。ひっ……」

「お、おい」


 ガタンと音がしたところで、彼女はなぜか俺の手をぎゅっと握った。


「な、何して」

「い、今だけだから……そ、それに後ろの男子共に見せつけるにもいい機会……ひぃっ」


 ガタガタ震えながらも強がる光景がどこか滑稽だったが、そんなことをイジる余裕は俺にもなかった。


 ぎゅっと、俺の手を握る鷹宮の手はとても柔らかく、掌から彼女の体温と少し荒い脈拍が伝わってくる。


 俺の心臓もまた。

 バクンと大きく鼓動して。


 もう、映画どころではなかった。

 


 

 

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