第21話
「デートといえば映画よ。そう、映画に行きましょ」
ポテトとハンバーガーを食べ終わりジュースを飲みながら互いにスマホで行き先を探していると、閃いたように鷹宮から。
「あー、確かに。でも、何見るんだ?」
「んー、それは行ってみてからでいいんじゃない? ほら、今日の目的はデートをしてるところを学校の人たちに目撃されることだし」
「だったらもっと人目につくデートスポットとかの方がよくないか?」
「ダメよそんなの。あくまで私の狙いは彼女がいない男子ども。あいつらが二度と私に寄ってこないためのデートだもの」
「ふむ」
だったらなおさら映画はなくないか?
と言いたかったが、鷹宮は既に映画を観る気満々な様子だ。
映画、好きなのか?
「……ん?」
勝手に浮かれている鷹宮を見ながら呆れていると、視線を感じた。
振り返ると、さっきレジにいた店員さんと目があった。
そしてこっちを見ながらニコッと笑った。
大学生かな、綺麗な人だ。
それにしても、微笑ましく俺たちを見守る感じをやめてもらいたい。
すっかり本物のカップルだと思われている。
顔も覚えられてるっぽいし。
ここ、初めて来たのにもう来れないな……。
「さて、そうと決まったらさっさといくわよ」
俺がまだ飲み物を飲んでいる途中だというのに、さっさとゴミを片付けて鷹宮は席を立ち上がった。
慌てて俺も立ち上がり、さっさと店を出る鷹宮を追いかけた。
「お、おい。いくらなんでもマイペースすぎだろ」
「……さっきの何?」
「は? なんの話だよ」
「あの店員さんとアイコンタクトしてた。やっぱりああいう大人の女性がいいの?」
「な、なんのことだよ。あれは向こうが」
「へー、随分モテるんだ。別にいいわよ、私と別れた後は好きにしたら。でも、今はむかつくからやめてほしいものね」
怒りに身を任せてスタスタと早歩きで行ってしまう鷹宮は何を言っても聞いてくれない様子だった。
しかし俺にも言い分ってもんがある。
「おい、待てって」
少し声を張り上げて呼び止めると、鷹宮の足がピタッと止まった。
「何? 大声出さないでくれる?」
「話くらい聞けよ。その、ちゃんと彼氏役できてなかったんなら謝るけどさ、別に店員さんのことなんか見てねえって」
なんでこんな浮気男の言い訳みたいなことを言わされてるんだと嫌気がさしそうだった。
でも、俺が言ったあと鷹宮はこっちを振り返って、口を尖らせて拗ねたような顔をした。
「じゃあ……あの店員さんはなんであんたを見て笑ってたのよ」
「いや、それは多分だけど……高校生カップルを見てニヤニヤしてただけかなと」
「私たちがお似合いだったってこと?」
「す、少なくともあの人にはそう見えたんじゃないか? だとしたら鷹宮の演技の賜物かもな」
機嫌をとるように褒めてみた。
露骨すぎたかなとも思ったが、鷹宮はようやく少しだけ表情を崩した。
「ふふっ、そうね。ちゃんと彼女に見えてたのかもね。ま、完璧主義だから、私って」
ようやく、彼女から黒いオーラが消えた。
俺はすぐに横に並んでから、
「とにかく、喧嘩してたらデートの意味ないだろ」
今回のデートの意味を考えろと。
そういう意味で言った。
「……なによ、別に喧嘩なんかしてないもん」
「他人からすれば喧嘩にしか見えねえよ。こんなとこ誰かに見られたら逆効果だ」
「わ、わかったわよ。じゃあ、ちゃんとあんたも私の彼氏に見えるようにしなきゃね。ほら、映画館行く前にそのダサい服どうにかするわよ」
また鷹宮は先に歩き始めた。
ただ、さっきみたいな不機嫌そうな早歩きではなく、どことなくだが彼女の足取りは軽かった。
◇
「んー、これじゃないわね。なんだろ、モデルが悪いのかしら」
映画館の手前にあるアパレルショップに連れて来られた。
そして俺が何か選ぶ間も無く鷹宮はメンズコーナーへ行って上着やらなんやらを一通りカゴにいれて、今度は俺を試着室に放り込んだ。
そのあとは試着して脱いでまた試着しての繰り返し。
その度にダメ出しをくらいながらかれこれ三十分以上はここにいる。
「なあ、別に似合うものがないなら無理に買わなくても」
「ダメよ。私がいくら頑張ってもあんたがダサいと台無しよ。誰から見てもカップルに見えるように努力しなさい」
「……」
こいつの完璧主義はほんと厄介だ。
別にジーパンとシャツとかでいいじゃないか。
「とりあえず次よ。これどうかしら」
渡されたのはカーキのパーカー。
そのまま着れそうだったのでカーテンを閉めずにシャツの上から羽織ると、「あら、いいじゃん」と。
「いいの?」
「まあ、今までの中なら一番ましね。てか、前髪あげた方がいいんじゃない?」
「あー。髪型なんか気にしたことなかったからなあ」
「じゃあ、今度ミカに切ってもらう?」
「ミカ? ああ、仲のいい子だっけ。なに、美容師でも目指してるのか?」
「そうそう。私もたまに練習に付き合ってあげるんだけどさ、男のカットモデルが欲しいって言ってたし」
「ふーん」
髪の毛なんて、ボサボサになって暑くなったら千円カットでたまに切る程度だ。
それに、自分の目つきが嫌いで前髪はずっと長いまま。
今更あげるなんてちょっと、なあ。
「ま、とにかくそれはミカに言っておくから。とりあえずそのパーカー、買うわよ」
「ええと、ん?」
脱ぎながら値札を見ると、金額は税込で一万円。
さすがにこれは……。
「どうしたの?」
「いや、値段がさ」
「あー、まあまあ高いわね。じゃあこれ、私からプレゼントで」
「は? こんな高価なもん買ってもらうわけにいかないだろ」
「別に服で一万とか女子なら普通だし。でも、これは付き合ってくれてるお礼を兼ねてよ。私だってお金持ちじゃないし、そもそも男に貢ぐなんて御免だから」
そう言って俺からパーカーをとってさっさと店員に渡そうとする鷹宮を止めようとしたが、「ダサい彼氏連れてる方が嫌なの。私の買い物なんだから気にしないで」と。
聞く耳を持たずに買い物を済ませてしまった。
◇
「ふーん、馬子にも衣装ね」
結局買ってもらったばかりのパーカーを着て、鷹宮と映画館へ向かっている。
着せ替え人形の仕上がりに満足したのか、痛い出費のはずなのに鷹宮はご機嫌な様子だ。
「なんか申し訳ないな」
「気にしないで。元々私が買うつもりで多めに持ってきてただけだし」
「でもなあ。せめて映画代は俺が出すよ」
「じゃあお言葉に甘えて。ねっ、それより映画見終わったあとはどうする?」
「どうするって……」
「映画見てはいさよならなんてカップルいないでしょ? カフェで感想を語り合ったりしない?」
「まあ、普通のカップルならそうかもしれんが」
「今は普通のカップルを演じてるんだから。ほら、何観るか決めたら上映までに次行くところ探しといてね」
鷹宮はすっかりデートモードに入りきっていた。
まあ、やるならとことんって感じの性格だから中途半端で帰れないのは覚悟していたけど。
「ほら、早く早く。映画館はすぐそこよ」
「はいはい」
こんなに楽しそうにしているのも、演技なんだろうか。
いつになく笑顔で俺をリードする彼女を見ているとよくわからなくなる。
このままずっと、こんな関係が続くんじゃないかって。
そんな、ありもしないことを考えてしまいそうになるのを必死に抑えながら。
二人で映画館に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます