第20話


「さあ、いくわよ」

「行くってどこにだよ」

「と、とりあえず駅の方? で、デートなんだから下調べくらいしておきなさいよ」

「知るかよそんなの……」


 朝、ラインの通り鷹宮が迎えに来た。

 初めて見る鷹宮の私服姿は、思っていたよりラフな感じのシャツとジーンズだった。

 母はいつもと違う彼女を見てすぐに「あらー、デート? 今日は帰ってこなくていいわよー」なんてはしゃいでいた。


 母のウザ絡みに耐えられず家を飛び出したが、今はまだ朝の八時過ぎ。


 こんな朝っぱらからデートってするものなのか?

 店なんかどこも空いてないけど。


「と、とにかくまずは今日のプランを立てないとね。マックへいくわよ」


 まず、駅方面へ歩く途中に見えるMの看板が目印のハンバーガーチェーン店へ行くことに。


 ここだけの話、俺は人生初だ。

 うちの親はよく飲みに出かけたりする割にチェーン店を好まないし、俺は一人で出かけるのなんてコンビニくらいのもの。

 友達でもいればファミレスとかこういうとこで溜まって喋ってとかするんだろうけど。


「いらっしゃいませー」


 店員さんが満点の笑顔で出迎えてくれた。

 しかし初めての店は緊張する。

 何がおすすめで、セットメニューはどうなってるんだ?

 とりあえず鷹宮に合わせるか。


「なあ、ここはよく来るのか?」

「は、初めてよ」

「え、まじで?」

「な、何よ悪い? 結構周りのみんなは太るからって理由で来ようとしないし、そもそもミカはハンバーガー食べないし。だから初めてなの」

「ふーん」

「あ、今バカにしたでしょ?」

「してないって。俺も、初めてなんだ」

「……ふーん」

「なんだよそのバカにしたような顔は」

「別にー。今時高校生にもなってマック行ったことない人とかいたんだなーって」

「お前もだろ」


 互いに初めてとあって、顔を見合わせながらレジへ向かう。

 すると店員さんがクスクス笑いながら、「朝のオススメはこちらですよ」と、メニューを見せてくれた。


「なんか色々あるけど、俺はこのセットでいいや」

「じゃあ私も。それ二つください」


 注文を終えて、今度は支払い。

 こういう時、普通は男が出すものだとまとめて支払おうとすると鷹宮が財布を取り出す俺の手を掴んだ。


「ちょっと、割り勘でいいわよ」

「いや、これくらいならいいって」

「だ、だってそこまでしてもらったら」

「デートなんだろ一応? なら、男が出すもんなんじゃないのか?」

「……古いわよ、そんなの」


 なぜか少し恥ずかしそうに。 

 鷹宮は俺の後ろにさがった。


 そんな様子を見ていた店員さんが、「朝から羨ましい」と笑っていたので俺も恥ずかしくなって下をむきながら。


 二人で静かに席についたあとで、いつものように口論になる。


「あ、あんたのせいで笑われたじゃない」

「お前のせいだろ」

「ぜ、絶対カップルだって勘違いされてるじゃん。もう、恥ずかしくてここ来れない……ん、なんか変ね?」

「その勘違いをされたくてあれこれ工夫してたんだろ? だったら正解じゃないのか?」

「そ、そうよね? 私たち、ちゃんと恋人同士に見えてるのよね? うんうん、だったら学校の人間に見られても問題ないわね」


 言い聞かせるように鷹宮は何度も頷いてから、かかってこいと言わんばかりにあたりを見渡した。


 まあ、こんな朝っぱらからそうそう都合よく学校の奴らと遭遇するはずがない。

 なんて思っていたのがいけなかったのか、俺たちの方へ近づいてくる人影が見えた。


「あれー、朝からデート? ほんと仲良しなんだ」

「……出た」


 神宮寺だ。

 彼女もまた、いつもと違う格好だったが、朝のウォーキングの帰りなのか上下とも薄ピンク色のジャージ姿だった。


「何か言った? それよりリアラ、生徒会の件はもう彼氏くんから聞いてるよね?」

「うん、まあ。まだ確定じゃないけど私も出てみようかなって」

「ふーん、そんなに彼氏取られるのが嫌なんだ」

「そ、そんなんじゃない、けど。見てるだけなのも、嫌だし」


 いつもと変わらぬ堂々とした態度の神宮寺に対して、今日の鷹宮はどこかよそよそしい。

 必死に、何かを我慢しているようにも見える。


 そしてよく見ると、手が小さく震えていた。

 なるほど。


「神宮寺さん、俺たちデート中なんで邪魔しないでもらえますか?」

「ふーん、ちょっと垢抜けたわね涼風君。リアラの影響?」

「別に何も変わってませんけど。とにかく、用事があるならまた週明けにしてくれ」


 偶然か、それともこいつのことだから俺たちをストーカーでもしてたのかは知らんが。

 どちらにせよ、休日までこいつに掻き乱されてたまるかという話。


 お引き取り願うと頭を下げると、神宮寺はつまらなさそうな顔をしてどこかに消えた。


「はあ……あの女、どこにでも現れるな」

「やっぱりあんたをストーカーしてるんじゃない?」

「どっちかといえばおまえだろ」

「私? マリアが女の子好きだなんて聞いたことないけど」

「……まあ、どっちでもいいさ」


 この期に及んでもまだ、鷹宮は自分が神宮寺にライバル視されてる自覚が薄いようだ。


 でもまあ、嫌なことが朝のうちに片付いたのは不幸中の幸いと思っておこう。


「で、今日はこれからどうするんだ?」

「んー、このポテトうまーっ! ねえ、食べた? めっちゃうまいよ?」

「話聞けよ」

「だって、初めて来たんだもん。別に時間はあるんだから行き先は後でゆっくりきめましょ。とりあえず冷めないうちに食べた方がいいわ」


 そう言ってポテトをまた一口。

 ファーストフードを幸せそうに頬張る姿はちょっと意外だったけど。


 こんなに幸せそうなら、来てみてよかったかもな。

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る