第18話


「ねえミカ、やっぱり涼風君と別れるのは夏休みくらいにした方がいいかな?」

「えー、知らない。もうそのままずーっと付き合ってたら?」

「ちょっと、私真剣なんですけど?」

「そんなくだらない話を真剣に語られる私の身になれって話よ」


 涼風くんの家を出てすぐ。

 例の如く呼び出したミカと近くの公園で缶コーヒーを飲みながら話を聞いてもらってるんだけど。

 どうもミカがダルそうにしてる。

 なんで?


「くだらないことないじゃん。偽彼氏の存在で他の男たちが寄ってこないようにするためにここまであれこれ頑張ってきたのに」

「だからー、そうこうしてる間に涼風くんの優しさに惹かれてキュンしちゃってんでしょ? だったら正式に付き合えばいいじゃん」

「だ、誰もキュンしてないもん」

「じゃあ聞きますけど、涼風君のことを考えると体が熱くなったらしませんか?」

「……する」

「はい、オーケーこの話はここまででーす。リアラ、おめでと」

「も、もう! ちゃかさないで」


 ゴミ箱に缶コーヒーを捨てながらおどけるミカに怒っていると、彼女はケタケタと笑った。


「ほんと、意地っ張りね。今日、素直に彼からお礼されて嬉しかったんでしょ?」

「まあ、悪い気はしなかったけど」

「それよそれ。あんたも素直になってあげたら、涼風君も嬉しいはずよ」

「な、なんで私があいつを喜ばせないといけないのよ」

「さあ、私は知らないけど。次の休みにご飯くらい誘ったら? 彼氏なんだから普通でしょ?」

「そ、それはまあ、そうだけど」

「ま、そゆことだから。じゃねー」


 軽いノリで手をふってミカは帰っていった。


「はあ……ミカってどうして私と涼風くんをくっつけたがるんだろ」


 私が彼を好きなわけがない。

 むしろ、好きじゃないから選んだまである。

 友達もいなさそうで、特に背が高いわけでもなく、部活の一つもしていないような、なんの特徴もない人。


 足が速いわけでも勉強が特別できるわけでもないのに、そんな人のこと……ううん、そんなんじゃないか。


 足が速くて勉強できて、顔もよくて家がお金持ちみたいな人からも散々告白されてきたけど。

 どうでもよかった。

 むしろ嫌だった。

 男なんて、みんなクズだと思ってた。

 甘い言葉で誘惑してきて、欲求を満たして飽きたら冷たくなる。


 そんな生き物に嫌悪感しかなかった。


 けど。

 涼風君は、どうなのかな。

 私のこと、どう思ってるのかな。

 なんでだろう、気になってしまう。


 なんの特徴もないけど。

 髪、あげたらいいのに。

 顔立ちは整ってるんだし。

 陰キャのくせして、意外とよく喋ってくれるし。


 学校と家の彼しか知らないけど、休みの日はどんな感じなのかな。

 本当に女の子に、興味ないのかな……。


「……デート、誘ってみようかな」



「ねえ、明日の休みなんだけどなにしてるわけ?」


 翌日の昼休みのこと。

 教室を抜け出して校舎の隅の踊り場で一人弁当を食べていると、なぜかツンツンした鷹宮がやってきてそう言った。


「休みの日は別に何もしてないけど」

「ずっと家にいるの?」

「だって金かかるし。それが何か?」

「……デート」

「は?」

「デートするって言ってんの! ほら、休みの日に私が一人でぷらぷらしてるところ見られたら「あれー、鷹宮さんって彼氏に捨てられたのかなあ?」ってなるでしょ?」

「ならないと思うけど」

「なるの! とにかく明日はデートだから。一番上等な服用意しておきなさいよ」

「い、いやそんな急に言われても」

「放課後チェックしにいくからね。休みの日くらい、引きこもりの真似みたいなことやめなさいよ」


 一方的に話してから、鷹宮はまたどこかに行ってしまった。

 

「デートって……急にどうしたんだよあいつ」


 なんか焦ってるように見えたけど。

 もしかして友達の誰かに、俺たちの関係がバレたとか?

 ……まあ、どっちでもいいけどさ。

 デート、ねえ。


 俺、ジャージしか持ってないんだけど。



「何よこのダサい服? え、こんなのしかないの? 信じらんない!」


 放課後。

 この日、神宮寺からの接触がなかったことは幸いだったのだけど、なぜかいつもよりしつこく絡んでくる鷹宮が俺の部屋まできて勝手にクローゼットを開けて俺の服を引っ張り出して勝手にわーわー言っている。


 こっちの方が災難だ。


「別に俺の勝手だろそんなの」

「だ、だめよそんなの。彼氏の私服がクソダサいなんて私のセンスが疑われるでしょ?」

「だったらオシャレなイケメンに頼めばよかっただろ。俺に変な期待するな」

「わ、私だってそうしたいところよ! でも、今更乗り換えたみたいになったら変だもの」

「だから俺を自分好みにするって? そんな虫のいい話」

「な、なによ昨日は私がいいって言ってたくせに」

「神宮寺との二択の話だろそれは」

「も、もういいわよ! せっかくあんたのためを思って言ってあげたのに! そうやっていつまでも引きこもりしてなさいよ」


 バタンとクローゼットを閉めてそのまま鷹宮は部屋を飛び出していった。


「お、おい……ったく、なんなんだよあいつ」


 ほんと意味わかんねえ。  

 急にデートとか言い出して、勝手に俺の服装にまで口出しして。

 俺のためってなんだよそれ。

 俺は別に今のままで困ったことなんてなかったんだ。


 余計なお世話だ。

 そんなに俺に不満があるならほんとさっさと別れて……いや、そういうところだな。


 最後まで責任を持って、か。

 母さんの言う通りだ。

 勝手に向こうが言い出したことでも、引き受けたのは俺なんだし。

 中途半端に放り出していたら、今後も何やったってダメなままだ。


 鷹宮は俺に変わるきっかけをくれているのかもしれない。

 俺も、いい加減閉じこもったままじゃダメだからな。


 それに俺は引きこもりじゃねえし。

 

 

 

 

 

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