第16話
「……なんも匂わないけどな」
帰宅後すぐ、俺は部屋に戻って自分の体をくまなく嗅いだ。
少し汗臭い気もしたがそれだけだ。
決して女の子の匂いなんて俺からはしない。
鷹宮の言葉は嘘だったのか?
いや、しかしそんな雰囲気でもなかったし。
「涼風君、着替えおわったー?」
「あ、今着替えてるところです」
部屋の外から鷹宮の声がした。
今日も当然のように家までついてきた彼女だったが、今日は母さんが不在のため勝手に一人で台所に立って料理の準備なんかをしていたようだ。
そんな彼女を置いて俺は部屋に逃げ帰ったわけだが、退屈だから呼びに来たのか?
「早く着替えて。洗濯ができないじゃない」
「洗濯? いや、洗濯はさすがに」
「おばさまに頼まれてるの。ほら、早くして」
扉の向こうからでもイライラオーラが伝わってくる。
俺は慌てて着替えを済ませて、脱いだ制服を持って扉を開けた。
「ほんと、トロいわね。ほら、貸して」
「あ」
脱いだ制服を俺から奪うと、そのまま彼女は一階へ降りていった。
すぐに洗濯機の回る音が聞こえだし、また慌ただしく足音がタタタタと響くと今度はキッチンの方から。
ジューッと何かが焼ける音と共にいい匂いが廊下まで届いてきた。
「……肉でも焼いてるのかな」
いつもいつも、好きでもない男の家で料理ばっかり。
ほんと、何がしたいんだろ。
「……手伝わなくて、いいよな」
勝手にやってることとはいえ、おそらく俺のために料理をする彼女を無視して部屋に帰っていいものかとキッチンの方を気にしたが、やっぱりどうすればいいかわからず逃げるように部屋へ戻った。
そしてベッドに寝そべってふと思い出す。
他の女の匂いがすると俺に言った時の鷹宮の様子。
ちょっと変だった。
なんかこう、ドロっとしたようなというか。
普段はもっとカラッとした雰囲気なのに、あの時はまるで別人みたいに思えた。
よほど怒っていたのだろうか。
いや、だからなんで俺が怒られないといけないんだよ。
ほんと意味わからん。
「ご飯できたよー」
一階から鷹宮の声が聞こえてすぐに部屋を出てキッチンへ戻ると、テーブルにはステーキやらシチューやら、やたらと豪華な食事が並んでいた。
「……今日は何かのお祝いなのか?」
「うわ、あんた最低。今日はおばさまの誕生日でしょ?」
「あ、そうだっけ?」
「その調子じゃ今までちゃんとお祝いしてあげたことないでしょ。ダメよそんなの」
「いや、別に母さんはそういうのしてほしいタイプでもないし」
「おばさまは優しいから言わないだけ。誕生日を子供から祝ってもらって喜ばない親なんて……いないわよ」
なぜか一瞬言葉を詰まらせながら鷹宮は語気を強めながらそう言って唐揚げなどが乗った大皿をドンとテーブルの中央に置いた。
「……わかったよ。まあ、色々としてくれたことには感謝する」
「さっき連絡あってさ、あと10分くらいで帰ってくるんだって。だからそこ座ってて」
鷹宮が指差した席に俺は座る。
そしててっきり彼女も席に着くのかと思いきや部屋を出て行こうとするので慌てて呼び止めた。
「お、おいどこいくんだよ。まさか帰るのか?」
「そんなわけないでしょ。私だってお世話になってるんだからお祝いくらいしたいし」
「じゃあ座ってろよ」
「私は忙しいの。洗濯があるから済ませてくるの」
「洗濯って……今洗濯機回ってるだろ?」
「君の制服。洗ってこないとでしょ」
やれやれと呆れた様子でそう言ってからまた。
少しどろっとした重い視線で俺を見る鷹宮。
あの時と同じ。
何かに嫉妬するようなジメジメした視線で。
俺を睨みながら言った。
「あの女の匂いがついた服、私がこの手で綺麗に綺麗にしてあげるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます