第15話
「……うまい」
俺と鷹宮はいつものように教室を抜け出して廊下の踊り場で弁当を食べているところ。
しかしあの呟きはなんだったのだろうか。
まるで別人のように、あの後「ほら、早く来て」といつものテンションで俺を連れ出した彼女は今も平常運転で「おいしい? 美味しいよね? ほら、感想言いなさいよ」と女王様っぷりを発揮している。
「……うん、うまいよ」
「そ、そう? 具体的にはどれがどう美味しい? も、もちろんもっと料理を上達するために聞いてるだけよ?」
「ど、どれもうまいって」
「だから具体的には?」
「……正直母さんの味付けに似てるから馴染みがあるかな。マザコンとか、言うなよ」
「言わないわよ。誰だって家の味が一番だもの」
「まあ、それならいいけど。で、今日も家来るのか?」
「ええ、もちろん。今日はクッキーを教えてもらうの」
「……あのさ」
放課後に想いを馳せてワクワクする鷹宮に水を差すように俺は聞いた。
「鷹宮は自分の親とも一緒に料理したりするのか?」
さすがに、さっきの教室での殺害予告まがいの発言に着いては踏み込めず。
当たり障りのない質問から攻めてみようと聞いただけのつもりだった。
「……するわけないじゃん」
しかし鷹宮は露骨にテンションを下げながらか細く答えた。
「……そっか」
まずいことを聞いたのだとすぐにわかった。
どうやら、親との関係はよくないみたいだ。
これ以上聞くのは野暮だと、俺は黙って弁当のおかずに箸をつけた。
「うん、唐揚げうまいな」
「……聞かないの?」
「何を?」
「だから、その、なんでしないのかとか」
「別に。高校生で親と仲良く料理してる方が少ないだろ」
俺だって別に両親と仲が悪いわけではないけど一緒に買い物すら行かないし。
でもまあ、鷹宮の様子を見る限りそれなりに事情はあるのかもしれないと思うけど。
敢えて聞かないのがマナーだろう。
俺たちはそんなことを相談しあう関係でもないし。
「……今日も家、行くから」
鷹宮はそう言ってから静かに弁当のおかずを食べだした。
俺は何も言わずに少しだけ頷いてから、そのあとは沈黙に包まれたまま黙々と弁当をいただいた。
◇
「待って。今日は一緒に帰りましょ」
放課後。
いつもは先に用事だのなんだのと言って教室を出て行く鷹宮が珍しく俺を呼び止めた。
「今日は何もないのか?」
「毎日毎日用事なんてないわ。そんなの生徒会の人くらいよ」
「あ、そういえば」
朝、神宮寺に言われたことを思い出した。
「何?」
「ええと、神宮寺がさ、鷹宮にも選挙出ないかって」
「マリアが? 一体どういうつもり?」
「さあ。でも、何か企んでるのは間違いないだろうな」
彼女の本当の目的は知らない。
俺に興味があるのも嘘っぽいし、かといって鷹宮にどうしてそこまで拘るのかも疑問だ。
彼氏が出来て、勝手に人気者の座から落ちてくれた鷹宮と今更張り合う理由がわからない。
「……まあ、考えてはみるわ。このままマリアに好き勝手されるのも癪だし」
「まあ、好きにしたらって言いたいところだけど俺としては鷹宮が選挙に出て勝ってくれたら万々歳だな」
「どうして?」
「そりゃ生徒会なんて入りたくないし」
「何言ってるの? 私が勝ったら私が会長よ?」
「いや、だからそうなったら俺は神宮寺からの副会長指名がなくなるわけで」
「私が会長になったら涼風君が副会長でしょ?」
「は? いや、なんで俺?」
「だって誰かは指名しないといけないルールだし、私他に友達いないし」
「いやいや、だからって俺と鷹宮は別れるんだろ? 元カレ元カノで生徒会とかカオスじゃん」
「べ、別に仕事には私情なんて挟まないし。それに全く知らない人よりは相手の性格がわかって仕事になるかもでしょ」
「いや、気まずいだけだろ。それに、ええと、ミカさんって人は?」
「ミカは絶対しないから無理。それに仲良い人とは仕事したら揉めるって、本で読んだことあるもん」
「だからって」
「なによ、そんなに私と仕事するの嫌なの?」
「え、いや、そんなことは」
「マリアはよくて私は嫌なんだ! そうなんだ!」
「お、大声出すなって」
急に鷹宮がヒステリックになりだして慌てて俺は彼女を教室から連れ出した。
「な、なによ離して!」
鷹宮の手を引いて廊下をしばらく駆けたところでその手を振り解かれて足を止めた。
「ご、ごめん。いや、でも急に大声出すから」
「……それはごめん。でも、マリアの方がいいとか言われたらムカつくし」
「言ってないだろそんなこと」
「あ、そ。じゃあ、もうマリアとコソコソ会ったりしない?」
「もうって……まさか今朝俺が神宮寺に呼ばれてたの知ってたのか?」
「やっぱりそうなんだ」
「あ、いや……あれは偶然で」
「ふーん。でも、もう会わないんだよね?」
「……会いたくない」
俺だって毎度毎度神宮寺に呼びつけられるのはごめんだ。
それにしても、なんで俺が神宮寺に呼ばれたことを知っていたんだろうか。
「なあ、俺があいつに呼ばれたこと、どうしてわかったんだ?」
ただカマをかけただけなのか。
何気なく聞いたら鷹宮は。
じとっとした目で俺を睨みながら言った。
「涼風くんから、私以外の女の匂いがしたもん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます