第14話


「はあ……なんだろなあ」


 涼風君の家を飛び出したあと、一度家に帰ったけど落ち着かなくて。


 着替えてまたすぐに家を出て学校へ向かった。


 早朝の風は心地よい追い風で、足取りは重かったはずなのにいつのまにか学校に着いていた。


 朝練に励む運動部の掛け声が響くグラウンドを横目に校舎へ向かうと、ふと目に溜まったのは一つだけ半開きになっていた靴箱だった。


「……涼風君、もう来てるの?」


 涼風君のだ。

 靴もある。

 ということはもう、教室にいるのかもしれない。


 私が早く起こしたせい、だろうか。

 いや、別にそうだとしても私が気に病むことなんてない。


 彼には迷惑をかけてる分、お弁当を作ってあげたりお母さんと仲良くしてあげたり、それなりに彼女らしいことをしてあげてるんだし。


 Win-Winとまでは行かなくても、私ばっかり責められる理由もない。


 うん、そうだ。

 気にするのはやめよう。


 そのうちみんな登校してくるだろうし、そんな時に変な空気を出して別れたとか思われたら面倒だから。

 教室では切り替えて普通にすごそう。



「で、こんなとこまで連れてきて何?」


 神宮寺に捕まった俺は今、彼女と二人で生徒会室にいる。

 もちろんついて行くつもりなんてなかったんだけど、「この前、私の足をガン見してたって言いふらすから」と言われて仕方なく従うことに。


 ほんと、男には生きにくい世の中だ。


「つれないのね。そんなにリアラのことが好きなの?」

「それとこれとは関係ないだろ。要件だけ言ってくれ」

「前から思ってたけど、君って陰キャっぽいのに偉そうよね? もしかして学校では猫被ってるだけとか?」

「用がないなら帰る」

「はいはい、わかったわよ。生徒会選挙のことなんだけど、やっぱりあなたの方からリアラにも出馬するように説得してくれない?」

「は? なんでわざわざ」

「ま、このまま不戦勝でもいいんだけどそれじゃつまらないし。それに、一度あの子とは正々堂々と戦ってみたかったの。それで負けたら私も潔く手を引くし。もちろん勝ったらあなたは私のもの、だけど」


 並んでいるパイプ椅子の一つに腰掛けて徐に足を組む神宮寺はまた、俺にその美脚を見せつけてくる。


 スカートの中が見えそうになり、一瞬ドキッとさせられたがすぐに俺は目を晒して話を続ける。


「……なんでそんなにあいつに拘るんだ?」

「別に大した理由はないわよ。でも、男嫌いのあの子が急に彼氏を作ったことには興味津々かしらね。だから私が興味あるのは、本当に君なのよ涼風君」


 わざわざ足を強調するように組み替える彼女はその大きな目でじっと俺を見ている。


 少しパーマがかった長い髪がふわっとなびく。

 ……本当に俺を誘惑してるなこの女。


「まあ、たかみ……あいつが俺を選んだ理由なんて大したことないと思うけど」

「ふうん、それって彼氏の余裕?」

「害がないから、だろ。そのうちあっさりフラれて終わりだよ」

「あら、うまくいってないの? まああの子はわがままだしね」

「いいところもあるさ。少なくともお前よりはな」


 俺はそう言い残してさっさと部屋を出た。

 別にかっこつけたつもりもない。

 

 ただひたすらに、神宮寺の色気と剥き出しの生足と、鷹宮とはまた違った甘い香りに耐える自信がなかったからだ。


 なんであんなに色っぽいんだあいつは?

 同じ高校生だろ?

 鷹宮は美人だけどそういう色気とかは実はそうでもないというか。


 まあ、だからこそ近くにいても接しやすいところもあるんだけど。


 ……ふう。

 神宮寺が追いかけてくる気配もないし。


 教室で一眠りするか。



「あ」

 

 教室に戻ると、一人だけ先客がいた。 

 

「……随分と早いんだな」

「そっちこそ。なにしてたの?」

「別に。誰かさんのせいで早起きだったからな」


 むすっとした様子の鷹宮を見ると小言の一つくらい言わないと気が済まなかった。


 こいつのせいで朝から嫌な気分にさせられた上、終いには神宮寺に絡まれて余計な時間を使わされたんだから。


「……ごめん」


 てっきり、嫌味たっぷりな俺に噛みついてくると思っていたのに鷹宮は蚊の鳴くような声で俺に謝った。

 その様子に目を丸くして彼女を見ていると、よく見れば目の周りが赤くなっていた。

 泣いてたのか?


「……あの、謝るほどのことじゃないから」

「怒ってない?」

「別に怒ってなんか……」

「ほんと? じゃあ今日も家行っていいの?」

「い、いいけど」

「けど?」

「……母さんが喜ぶからよろしく頼むよ」


 まるで喧嘩したカップルみたいだ。

 時々見せる鷹宮の女の子らしい一面は、本当に俺の彼女なんじゃないかと一瞬錯覚させられる。


 もちろんそんなわけはないと頭ではわかっている。

 それでも、なんとなく彼女には冷たくなれない。

 なりきれない。

 情がうつった、のかな。


「俺こそごめん。弁当、いつもありがと」


 精一杯の謝罪とお礼だった。

 その後にまた彼女も何か言おうとしたが、すぐにクラスメイトが数人入ってきて鷹宮におはようと声をかけて、俺たちのやりとりは途切れた。



「ねえねえ、リアラって彼氏とデートどこ行くの?」

「もしかしてもうキスとかした? ねえ、どうなの?」

「リアラってサバサバしてそうだから付き合ったらそういうの早そー」


 昼休み。

 女子達はいつものように鷹宮の囲み取材に勤しんでいた。


 当の本人はのらりくらりと愛想笑いでかわしていたが、俺はそんな彼女の様子を横目で見ながら気が気ではなかった。


 いつになったら終わるんだこの取材は。

 早く鷹宮を解放してくれないと、俺は飯が食えない。


 鷹宮の性格的に、みんなの前で俺の為に作った手作り弁当を出すなんてことはないだろうし、俺だってそんなことをされたらまた嫉妬の槍があちこちから飛んでくるので御免だ。


 さて、どうしたものか。

 会話はずっと同じような内容。

 くだらないと一蹴すればそれまでだが、みんな恋バナというやつが好きなのだろう。


「ねえ、リアラって浮気とかされたらどうするの?」


 一人の女子がそんな質問をした。

 まあ、これもよくあるやつだ。

 ろくに人と付き合ったこともない俺にはわからんが、世の中は浮気や不倫の話で溢れかえっているし、それだけやってるやつも多ければ興味がある人も多いということなのだろう。


 しかしそんな質問を鷹宮にしたところで大した答えはかえってこないだろう。

 一言「別れる」と言って終わり。


 なんて思って聞いていたら、彼女の愛想笑いが消えた。


「え、殺す。彼を殺して浮気相手も殺す」

「え……」


 さっきまできゃっきゃわいわい騒いでいた取り巻きの笑顔も消えた。


 俺は、暗いトーンで放たれた鷹宮の言葉になぜか冷や汗が垂れた。


「り、リアラ? 冗談だよね?」

「なんで? 私を裏切ったんだから死んで当然だよね? そんなことするやつ生きてる価値ないもん。殺す」

「り、リアラ?」

「……なーんちゃって! あはは、そんなメンヘラみたいなのどーかなって」

「な、なあんだびっくりしたー。でも、死んで当然よね、そんなやつ」


 急に我に返ったように笑顔で話す鷹宮に、みんな安堵の息を漏らしながら渇いた笑みを浮かべていた。


 それでも少し変な空気になったのを察したのか、「そ、そろそろお腹すいたよねー」と誰かが言い出して鷹宮の周りから人が散って行った。


 ようやく昼飯の時間だ。

 しかし、さっきの彼女の様子が演技にしたってリアルすぎて少し怖くて足がすくんでいた。


 もちろん俺は本当の彼氏ではない。

 彼女の一人も出来たことない俺が心配することではないけど、もし鷹宮以外の女子と付き合うことになったって彼女に文句を言われる筋合いはないわけだし。

 ていうかなんで俺が自身の浮気の心配なんてしてるんだ。

 半ば呆れているとお腹がぐうっと鳴った。

 くだらない心配をしている前に飯だ飯。


 鷹宮に声をかけて教室を出て彼女の弁当をいただこう。


 そう思った時だった。


 俯いたままの鷹宮が。

 蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「浮気したら、殺すからね」

 

 

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