第10話

 俺の放課後はいつも有意義で優雅なものだった。

 コンビニで立ち読みして、お菓子を買って、家に帰ると風呂に入って飯を食べて宿題をして。

 そのあとは夜中までテレビを見たりゲームしたり。


 友人なんていなくても充実していた。

 結局人と関わることは、いいことよりも面倒で辛いことの方が多いんだ。


 最近は鷹宮のおかげで少しだけそんな気持ちも忘れかけていたけど。


 やっぱり、関わらなかった方がよかったのかなと。

 後悔しながらいつもの下校道をトボトボと歩いていた。


 神宮寺は言いたいことを言って帰っていった。

 ただ、問題は山積みだ。

 明日から俺はどうなってしまうのだろうか。


「……今日はマンデーの発売日か」


 いつも楽しみにしている週刊漫画を読んで帰ろうと、帰り道にあるいつものコンビニへ向かった。


 そして店の中へ入ると。


「鷹宮……?」


 俺が読もうとしていた週刊マンデーを睨むように立ち読みするクラスのマドンナの姿があった。


「え、あ、な、なによ涼風君? き、奇遇ね」

「そんなに挙動不審にならなくてもいいだろ。別に立ち読みくらい誰でもしてるし」

「そ、そうね。こほんっ、それより先に帰ったんじゃなかったの?」

「まあ、ちょっと忘れ物があって」

「ふうん」

「それよりわざわざなんでこのコンビニに? 鷹宮の家は向こうだろ?」

「そ、それは、ええと、あっちのコンビニでマンデーが売り切れてたのよ。うん、そうなのよ」


 鷹宮は明らかに焦りながら本から目を離さない。

 変だ。

 何か隠してる?


「なあ、マンデーでいつも何読んでるんだ?」

「わ、私? ええと、まあ、全般好きかな」

「一番好きなのは?」

「え? んーと、あ、この葬儀屋フリーマン? かしら」

「……ほんとに読んでるのか?」


 今の看板作品とも言える人気作を平気で言い間違えるあたり、多分鷹宮は普段こんなものを読んだりはしないのだろう。

 じゃあ、なぜわざわざここにきて立ち読みを?

 

「え、ええと、別にわざわざここに来てあんたを待ってたわけじゃないからね」

「その様子だと待ってたんだな。はあ、わかったよ」

「え、わかった?」

「俺に話したいことがあるんだろ? それに、大体何を言いたいかも見当はついてるし」


 俺が呆れていると、音無はそっと本を閉じて本棚へ戻す。


「……なによ。ほんとに私の言いたいこと、わかってるの?」

「ああ。生徒会のことだろ?」

「え?」

「実は神宮寺がさ、帰る時に声かけてきて。俺に拒否権はないんだと。その話、鷹宮も先生から聞かされたんだろ?」

「え、あ、うん……聞いたけど」

「その話じゃないのか?」

「ええと、まあ……うん、その話だけど」


 鷹宮が少しつまらなさそうにしているのは、俺に考えをズバリ当てられたからか。


 少しがっかりした様子で彼女はため息をつきながらドリンクコーナーへ行き、ペットボトルを二つ手に取る。


「あんた、お茶でいい? ちょっと喉乾いたから出たところで話そ」

「いいよ、自分の分は自分で」

「ダメ。今回は私が巻き込んだみたいな話だし。あ、あんたに借りなんか作りたくないし」


 これだけ面倒なことに巻き込んでおいてジュース一本で貸し借りチャラにしようなんてとんでもない話だが。

 今ここで言い争っても仕方ない。

 大人しく彼女の会計を待って、鷹宮と一緒にコンビニを出てからお茶を受け取った。


「はあ……マリアって、あんがい粘着質なんだなあ」

「昔から仲良いのか?」

「うーん、小学校は一緒だったけど中学はマリアも私立組だから。私よりはミカの方がよく知ってるかな」

「ミカ……そういえばそのミカって人と仲良いんだよな。その人に頼んで説得してもらえば」

「あー、それは無理。ミカとマリアは水と油だもん。それに、中学の時に色々あったみたいで今は口もきかないし」

「ふむ……」

「ま、考えてもしょうがないかな。マリアはマリアで友達多いし、私があれこれ言っても始まらないわ」

「はあ……」


 ため息が漏れた。

 神宮寺の嫌がらせに巻き込まれる形で生徒会なんぞに入るはめになるなんて、この先お先真っ暗だ。

 やっぱり、鷹宮なんかに関わらなければこんなことには……。


「後悔してる?」

「え?」

「だ、だから……私なんかと付き合ったせいでこんなことになったって、後悔してないのかなって」


 鷹宮が珍しく辛そうな表情を浮かべた。

 

「い、いや、そんなことは……」

「じゃあ、このままちゃんと彼氏やってくれる?」

「そ、そりゃあ、まあ」

「やっぱり嫌なの?」

「そ、そんなことないって! だ、だから泣くなよ」

「……うん」


 ぐずっと鼻をすすってから大きな瞳に溜まった涙を拭う鷹宮。

 不覚にも俺は、そんな彼女を見て可愛いとか思ってしまった。

 今の時代、こんなことを言えば怒られるのかもしれないが女は卑怯だ。


 女の涙は男の冷静さを奪う。

 あんな風に泣かれて、冷たいことを言い放てるわけがない。


 ほんと、世の中の男女ってどうやって交際とかしてんだろうな。

 俺には想像もできない。

 彼氏役ですら、ままならない。


「ずっ……とりあえず作戦会議しないとだし、うちに行っていい?」

「え、今から?」

「なに? まずいことでもあるの?」

「い、いや、母さんがそろそろ帰るころだし」

「別にいいじゃん。私、初対面でもないしなんなら仲良いんだし。そーだ、ついでに晩御飯の手伝いでもして、また料理教えてもらっちゃお」

「お、おいおい」

「なによ、別に文句ないでしょ? じゃあ早く帰るわよ」


 さっきまでの涙はなんだったのかと呆れてしまうほどサバサバした様子で鷹宮は先に行ってしまった。


 俺はその少し後ろをトボトボと着いていく。


 ただ家に帰るだけなのに。

 足取りが重い。

  

 母さんが暴走して、変なことにならなければいいけど。


 

 

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