第9話
「ねえ、あれどういうことなの? やっぱりマリアと何かあったの? あったんでしょ? ないわけないよね? 言い訳とかいらないから」
神宮寺が俺を副会長にしたいと宣言してそのまま教室を去ったあと。
まるで学校が火事になったかのごとく混乱する教室をさっさと出て行った鷹宮からそんなラインがきた。
そして俺もまた。
誰かに殺されないうちにと教室を飛び出してから人目を避けようと屋上へ続く階段を登っていると。
屋上手前の踊り場に鷹宮がいた。
「……なによ、追いかけてきても許さないから」
「い、いや、そんなつもりは」
「なによ、追いかけてきたわけじゃないの?」
「あ、ええと、あの、それはだな」
「こんな浮気者を彼氏役に選んだとか、まじで最悪なんだけど」
明らかにイラついている鷹宮は、その場から動くことなくひたすら地面を見つめて震えていた。
「だ、だから誤解だって。俺も何がなんだかさっぱりで」
「じゃあなんであんたなんかを副会長に指名すんのよ? 生徒会長と副会長なんて、四六時中ずっと一緒に仕事するんでしょ? それをわざわざあんたにするなんてそれって」
「いや、だからそれはだな……」
多分というか、絶対に鷹宮に対する嫌がらせだ。
昨日の神宮寺の様子だと、俺に興味があるのではなく鷹宮の彼氏に用事があるだけなのだ。
そして昨日俺が突っぱねたことが火に油だったと。
……でもそんなの、なんて説明すればいいんだよ。
「とにかく、指名権は向こうにあったって拒否権はこっちにあるんだし。当然断るわよね?」
「え、そ、そりゃもちろん断りたいよ」
「ほんとに? 実はマリアみたいな美人に指名されて嬉しいとか思ってない?」
「お、思ってないって。でも、その生徒会選挙っていつあるんだ?」
「えーと、たしか来月だったかしら」
「その頃って俺たち、別れてない?」
別に神宮寺と仕事がしたいわけじゃない。
もちろん副会長なんて分不相応な役職につきたいわけもない。
これ以上目立ちたくないし、無駄に働きたいわけがない。
ただ、確認しておきたかったのだ。
今の俺は鷹宮の彼氏という話だから、鷹宮が俺のことについて口出しするのもわかる。
でも別れた後だったら。
神宮寺が俺に何をしてきても鷹宮がいるからという言い訳が通用しなくなる。
それはそれで困ったというか。
……まあ、鷹宮と別れてしまったら神宮寺から興味を持たれることもなくなるのかもしれないが。
「そ、それはそうだけど。今は彼氏でしょ」
「まあ、そうだけど」
「だったら今あんたを勧誘してることに口を挟む権利はあるわ。それとも、私と別れたあとでマリアと仲良くしたいとか考えてるわけ?」
「な、ないない。俺、ああいうタイプ苦手だし」
そもそも得意なタイプなんていないけど、なんて思いながら首を降っていると鷹宮はなぜか嬉しそうに笑った。
「なんだ、苦手なんだ。それならそうと早く言いなさいよ。私、ちゃんと先生のところに行って涼風君がマリアからの誘いを嫌がってるってつたえといてあげるから。ふふっ、心配して損しちゃった」
「心配?」
「わ、私が彼氏をマリアに寝取られたなんて変な噂立てられたらそれこそ不名誉極まりないでしょ? そういう心配よ」
「ああそう」
神宮寺の嫌がらせは続くかもしれないが、とりあえずこの件についてはなんとかなりそうだ。
少しホッとすると、腹が鳴った。
「あ、そういえばお昼だもんね。ここで食べる?」
「弁当あるの?」
「ええ、ここに。どうせ私を追いかけて来るんじゃないかって思ってたから持ってきてたの」
「ああそう」
誰もいない屋上手前の階段に腰掛けて二人で弁当を食べる。
まるで本当の彼女とこっそり水入らずな時間を探しているようで少しだけ俺はドキドキしていた。
「……」
「なによ、早く食べなさいよ。それとも私の作ったものが食べれないの?」
「そ、そんなことないって。いただきます」
まあ、そんな胸の内を晒す日は来ないだろうけど。
来月になったら俺と彼女は赤の他人。
どころか元交際相手という気まずい仲として二度と関わりを持つこともないだろう。
それでも今だけは。
……いや、今だけだ。
せいぜい今はこの関係が嘘だもバレないように努めよう。
◇
「じゃあ私は先生のところに行くから。今日も先に帰ってて」
放課後になると鷹宮はすぐに教室を出て行った。
この時間になると心が落ち着く。
刺すようなクラスメイトの視線もまばらになり、家に帰れば鷹宮と適当にラインして眠ればいいわけだし。
「あ、いたいた。涼風君、ちょっといいかしら」
ただ、俺には一人難敵がいる。
別のクラスなのにわざわざ俺に会いにやってくる神宮寺マリア。
「……生徒会の件なら、今頃鷹宮が断りに行ってるけど」
「あら、自分で行かずに彼女に行かせるとか案外亭主関白なんだ」
「俺にもう用事はないと思うけど」
「ふうん」
生徒会の件についてもなんとかなると思っている俺は少し強気に神宮寺を突っぱねたが、彼女は余裕そうに笑っていた。
「涼風君、何か誤解してるかもだけど副会長を任命する権限は会長にあるの。だから私が会長になったら私に指名された人が就任するのよ」
「それは知ってる。でも拒否権くらいあるだろ」
「ないことはないわ。でもね、断るには相応の理由が必要なの」
「相応の……」
「例えば部活動で忙しいとか、成績優秀者で勉強を優先したいとか」
「せ、成績優秀者じゃなくても勉強を優先したいって言えばいいんじゃないか?」
「そんなこと言ってみんなが断ったらする人がいなくなるじゃない。だから特別な理由で活動が困難な場合を除いては生徒会長の任命権は優先されるの」
「そ、それって」
「帰宅部で成績もそこそこなあなたに断る理由はないってことよ」
逆に強気な態度で俺を見下す神宮寺は、俺の隣の席に座ってから足を組む。
そして、どう言い返そうか悩んでいる俺に話す間を与えないように言った。
「副会長になったら、リアラと遊ぶ時間なんてもうないから。よろしくね」
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